続きを書かない作品群

ヘイ

歴史物、和風の作品を書きたいけど時代考証が……

「ふっ、はっ」

 一心不乱に剣を振るう若人がいた。

 まげを結い、髭は綺麗に剃り落とした、よわいは二十程の、動きやすい藍染の和服を身につけた、美青年である。

 握った木刀の長さは大凡、三尺三寸程で、重さは約二斤。

 その木刀は風を裂く音を立てながら、右足から踏み込み、縦に力強く振るわれる。

「精が出るな……」

 屋敷の縁側を歩いていた、白髪混じりの高級そうな山吹色の着物を着た男はその様子を見ながら、そう呟いた。

「ああ、的場でございますか」

 その隣にいたもう一人の黒色の着物の痩せぎすの男は、白髪混じりの男の視線を追いかけて、その先にいる木刀を振るう男を見やる。

「的場というのか?」

「的場一右衛門いちえもんでございます。彼奴きゃつの剣技は我流でして、どうにもどの流派も肌に合わん様でして、こうして庭で木刀を振る毎日なのです」

「ふむ、儂が打ち合おうと構わんか?」

佐々木ささき殿がですか?」

 その言葉を確認すると、佐々木と呼ばれた白髪混じりの男が頷いた。

「儂も興味が湧いた。我流はどこまで通ずるのか、味見してみるのも愉快だろう?」

 そう言って、縁側より佐々木は庭に出て、木刀を振るう的場に声をかける。

「的場一右衛門」

 佐々木が先ほど聞いたばかりの名を口にすると、的場は木刀を数度丁寧に振るったのち、落ち着き払った様子で佐々木の方へと体を向ける。

「何でございましょうか?」

 佐々木がその顔を正面から見れば、その顔は先ほど横から見た以上に美しく、汗をかき、拭う、その姿に尋常ならざる色気を感じてしまう。

 それは同性の男であるにもかかわらずだ。

「的場よ。こちらは佐々木殿」

 その背後から、痩せぎすの男が現れて紹介する。

義達よしたつ殿」

 歩いてきた痩せぎすの男を見て、的場は何の用かと思い、名前を呼んだ。

「佐々木殿が是非ぜひ、お前と手合わせを、と望んでおられる」

「お断りします」

 そして、その提案はすげなく的場により断られた。

「何故だ、的場一右衛門」

「……鍛錬になりませんので」

 そう言って木刀を振るという行為に戻る。的場のその態度に佐々木は怒りの形相を浮かべる。

「さ、佐々木殿……!」

 その様子を見た義達は慌てふためく。

 何ということを、と言いたげに的場を見るが、その目を的場は気にするつもりもない。

「的場には悪気があったわけでは……」

「悪気がなければ何だ?」

 冷たい声色で疑問を発する。

 ここで的場の正直が過ぎたなどと言えば、それこそ最大の侮辱であるのだろう。

「的場は少し、人と関わるのが苦手でして」

 誤魔化す様にそう答えれば、佐々木は冷め切った瞳で義達と的場を見てから、ふんと鼻を鳴らした。

「それは義達、お前の教育不足ではないか」

おっしゃる通りでございます」

 それを否定することは義達に許されていない。それを否定して仕舞えば、身分を弁えぬ阿呆だと言うようなものだ。

 佐々木から見た、そのような阿呆は義達の背後で剣を振るっている。

 それがひどく腹立たしく感じてしまう。

「儂は帰らせて貰う。気分が悪い」

「見送りを……」

「要らん!」

 怒鳴り声を上げて、大股で佐々木は出口に向かい歩いて行ってしまった。それでも、流石にそのままはまずいと思ったのか、その後を義達はこそこそと追いかけ、敷地より出たのを確認し深々と礼をしてから的場のいる庭まで戻ってきた。

「一右衛門……」

 溜息を吐いてから、必死に剣を振るう男を見ながら名前を呼ぶ。

「余り、私を焦らせるな」

 痩せぎすな義達の顔色は少し青ざめているように見えた。

「正直であるところは確かにお前の良点でもあるが、敵を作る難点でもある」

「ふう」

 素振りを終えたのか、木刀を振るうのをやめて汗を拭う。

「もし、問題が起きれば俺が排除しましょう。先程の佐々木殿も殺して見せます」

「恐ろしいことを言うでないわ」

 事実、この言葉は真実だ。

 的場と言う男は、義達を守るためにか向かう敵を尽く、斬り殺して見せたのだ。

 その姿はもはや悪鬼羅刹の如く。金棒を持った鬼と形容できるほどに、刀を手にした的場は誰にも止められない。

 無類の強さを誇っていた。

「嘘ではございません」

「知っておる。……なあ、的場よ」

「何でございましょう、義達殿」

「お前はそこまで剣術を磨いて何を目指すのだ?」

 義達という男も武士の端くれ。剣の技量に関してはそこいらの者には負けぬという自信がある。それでも、それは武士として中程度の物。

 的場の剣への執着には理解が及ばなかった。

「俺は……」

 その言葉の先を求める。

「居場所が欲しいのです」

「居場所だと?」

 それはどういう意味であるか。

 居場所ならばあるであろう。

 そう思いながら、義達は言葉を繰り返した。

「もし、俺に剣の能力がなければ義達殿に見限られてしまう。ならば、俺は価値がある人間であらねばならない。頭も良くない俺はこうして剣を振ることでしか義達殿に報いることは出来ぬのです」

 物寂しげな顔を浮かべた的場の顔は美しく、義達はその顔に見入ってしまう。

「俺に意味をください。俺に居場所をください」

 義達にはわからない。

 的場一右衛門という男がこれまで何をしていたのか。何をなしてきたのか。どのような人生を歩み、どのような理由で剣を振るうのか。

 出会って二年。

 今まで的場は義達に良く尽くしてくれた。それはこれからも変わらないだろう。

「ここがお前の居場所だ。的場一右衛門」

 この答えで良かったのだろうか。

 そう思っても、義達の口は止まらなかった。その言葉を紡ぐことに忌避感を覚えなかった。

「ーー感謝、致します」

 的場は深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

「義達殿は善き人だ」

 それは理解している。

 だが、どうにも敵が多い。

 義達の住む屋敷の前で闇に潜むものを的場は見つけた。

「何故、貴様らのような下賤な者に狙われるのか。甚だ検討もつかぬ」

 顔を隠した男たちが闇に身を忍ばせながら、義達の命を狙っている。

 善き人であるからこそ権力者にとって目障りでもあるのだろうか。

「それとも俺の存在があるからか……」

 敵を作るということ。

 それは義達に迷惑をかけているということだ。それが自らの欠点、汚点であることを理解していながらも、言わずにはいられない。

「俺の問題であるならば、俺が排除し、義達殿の問題であったとしても俺が消す。それが俺の意義というものだ」

 目の前には黒い着流しの剣士が二人。

 刀の長さは三尺三寸ばかり。

 鋼が月光を反射し、刀は僅かに光を散らす。

 高速の踏み込みとともに袈裟斬りが迫る。それを即座に見切り左に小さく動き的場は避ける。

 その行動を読んでいたのか、もう一人の剣が迫る。それに合わせて刀を動かし、ギャリギャリと音を立てながらもいなす。

 背後から迫る後頭部に向けた突きをしゃがみ込み、避ける。

「ふむ……」

 それなりにはやるようだ。

 そう思いながらも、挟み込まれた的場は耳を澄ませ、情報を集める。

 距離は二歩で詰められるほど。片方の対処に追われれば、即座に背後からの攻撃が来るであろう。

 それが分かっていれば問題はない。

 体を二人に横に向くようにして、的場は構える。持つ刀は一本のみ。対処できるのは一人ずつだ。

「覚悟!」

 同時に二人が刺突で始末にかかる。

 剣の腕は高く、予備動作も小さい。

 其れを的場は身体を後ろに逸らして避ける。

 その瞬間に二人はお互いの剣の軌道を逸らす。そのまま行けばお互いを突き刺していたはずだ。

 足の背後に着いた手で地面を弾き、的場は起き上がる。

 その瞬間には刺客の二人も体勢を立て直しており、二人の男が的場を睨みつけていた。

「お前、名前を何と言う」

 二人のうち、もう一人と比べて大柄な男の方が警戒を保ちながらも的場に尋ねる。

「答える義理はない」

 冷淡に返すと、小柄な方は舌打ちをした。

「つまらねぇな」

 その言葉にも的場の感情は揺れ動かない。

「俺はそう言う雰囲気を考えない奴が嫌いでね……。やるぞ、いん

 大柄な男は小柄な男に向けて、そう言うと、殺意を研ぎ澄ませる。

「任せろ、よう

 それに答えるかのように小柄な男は下段に構える。上段に構えた陰。

 二人が同時に踏み込み、袈裟斬りと逆袈裟斬りが同時に放たれた。

 それは獣の牙のように獰猛に襲い掛かる。

「それで?」

 完全に終わったと思った。

 だが、的場と言う男はそれほどに生温い存在ではなかった。

「獣が勝てると思うな」

 音速の剣技が油断してしまっていた二人の剣を大きく弾き飛ばす。無手になった二人は無防備で勝ち目などない。

「ーー死ね」

 横一閃。

 地を巻き上げる噴水が二つ出来上がる。その二つを的場は蹴り飛ばす。

 返り血を浴びた鬼は刀を鞘に納め、その場をゆっくりと歩き去っていった。





***


 時代考証が出来ないので、一応、私の中での和風です。本当に勘弁して下さい。ここが間違ってるとか言われても困ります。

 ゆるっゆるなんです、設定も何もかも。男はもれなく髷です。髷イケメンです。

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