お祭り1/2

 あとはお祭りを楽しむだけ……ではあるものの、その前に僕はひとまず寮の自室へと戻っていた。

 いつの間にか人混みの端の方で赤ずきんちゃんが透明になってうずくまっており、今にも吐きそうな感じになっていたからだ。

「疲れた……」

 赤ずきんちゃんは実体化するとベッドに倒れ込む。

 僕はトロフィーを机の上に置きながら、すっかり疲れ果てた様子の赤ずきんちゃんに労いの言葉をかけることにした。

「応援ありがとう」

 すると、赤ずきんちゃんは「……うん」と一言だけ返事をしてシーツに丸まった。

 僕は苦笑する。

 その時、窓の外で花火が上がるのが見えた。

 空が段々と暗くなって来ている中での花火であり、どうやら、お祭りの夜の部が始まったようだ。

 折角だから、少し街中を見て回りたい――けれど、こんな状態の赤ずきんちゃんは連れていけないので一人で回ることになりそうだ。

「僕はちょっとお祭り見てくるよ」

「……うん」

「何か欲しいものはある?」

 僕がそう問いかけると、赤ずきんちゃんはごにょごにょと、非常に聞き取りづらい音量で何かを呟いた。

「……練乳と卵白……があれば白いドロドロ作れるかも」

「れ……何? なんて言ったの?」

「……やっぱりなんでもない。特に欲しいものはないよ」

「そっか」

「うん」

 赤ずきんちゃんは、眼を細めて僕をじとっと見やると、それからすぐに寝息を立て始めた。

 シーツでの丸まり方が悪かったのか、素足が出ているのが見える。

 魔法である赤ずきんちゃんが風邪を引くのかは分からないけれど、とりあえず僕はもう一つシーツを被せてあげた。

 襲ったりはしない。

 いつもはえっちな事に意識が行くことも多い僕だが、だからといって、常にえっちな事だけ考えているわけではないのである。

 寝ている女の子には優しくする、というのが持論だ。


※※※※


 部屋を出て、寮を出て、夜の学校都市の街中へと僕が紛れていくと、色々な人から声を掛けられた。

「よくやった! 俺の所の寮も落書きされてて、壱番寮にムカついてたんだよ!」

「新入生とは思えなかったぜ」

「良いもの見れた!」

 対抗戦のインパクトがよほどのものだったらしく、すっかり顔と名前を覚えられてしまった感じだ。

 ただし、声を掛けて来る人の十割が男である。

 女の子はと言うと……

「やだ……見なよ」

「……鬼畜」

「鬼畜っていうか、変態。壱番寮を倒したのは気分よかったけど、やり方があるよね」

 ……僕に変なあだ名をつけて、こちらを見るや否や、小声でヒソヒソと噂話をし始めた。

 壱番寮を下したことについては肯定的に思われている一方で、王女殿下をあんな姿にしてしまったことについては話が別なようで、女の子の間では僕は”ヤバイ男”という認識になっているのが見てとれる。

 まぁその、別に女の子から人気になりたかったわけではないので、構わないと言えば構わないのだ。

 ただ、そう強がっては見ても、変態や鬼畜というレッテルが精神的に効かないと言えばウソになる。

 普通に傷つくのだ。

 だから僕はそのうちに、女の子の視線を掻い潜るように、道の端を歩くようになっていた。

(……お祭りに出てこなければよかったかも)

 周囲からどう思われているのか、というのを考えずに出てきた自分自身の愚かさを僕は呪い、気づけば街道の隅を歩くようになっていた。そうして人目に触れないように移動していると、偶然にもティティとミアの二人と遭遇した。

「あっ、ジャンバ! 対抗戦、凄かったね!」

「……びっくりしました」

 どうやら二人は、女の子であるのに僕のことを”変態”とか”鬼畜”とは思っていないようだった。いつも通りだ。

「……僕のこと変態って言わない?」

「い、言わないよ。だって、ジャンバがわざとやる男の子じゃないって、知ってるもの。ね、ミア?」

「う、うん」

 ある程度は僕の事を知っているからこそ、あれが誤解だと、きちんと理解してくれているようだ。

 ありがたいことである。

「……助かったよ。それと、応援ありがとう。旗、ちゃんと見えてたから」

「ううん。全然大丈夫だよ」

「応援したくてしたのですから、気にすることはありません」

「そうそう、やりたくてやったことだからね。……ところで、そういえばジャンバの使っていた魔術だけど、あれは凄い変わった魔術だったよね?」

 ティティは両親が魔術を扱う人間で本人もある程度は造詣が深いこともあってか、まだまだ新入生という時期であっても僕が使った魔術に興味を示した。

 目を輝かせるティティとは対照的に、家柄的にも魔術とは関わりの薄い一般市民出身のミアは僕の魔術のおかしさに気づいていなかったようで、ティティの興味深げな態度に首を傾げていた。

「ねぇティティ、解説の人も言っていたけどあれは凄い魔術……なの?」

「少なくとも、世の中には出回ってない類の魔術だと私は見たかな。周りの人が全員が驚いていたのも、だからだと思う。上級生も教師も全員が凄い顔してたのは、みんな知らないからだよ」

「そうなんだ……」

 そんな二人の会話を聞きながら、僕はあれがどういう魔術かを二人には伝えるべきか悩んだ。仲が良い二人になら、少しくらいなら教えても構わないかも……と思わないでもないのだ。

 けれど、少し考えてやっぱり言わずにいることに決めた。秘密が必ず守られる保障はないからだ。本人にその気がなくとも、ついうっかり、なんて可能性だってある。

 それに、万が一にも興味を持って自分も使ってみよう、という話になられても困るのだ。僕の創った魔術を他の人が使ったら、赤ずきんちゃん曰くは『脳みそが焼き切れる』。仲の良い女の子が興味本位で僕の魔術に手を出して廃人にでもなったら、きっと僕自身が後悔する。

「凄い気になるな。だから教えて……?」

 ティティが上目遣いで僕を見る。男の子の僕にこういうねだり方をするのが効果的だ、と思っていそうな計算高い意外な一面が少し垣間見えるような……。

 まぁいずれにしても、僕は口が軽くない男なのだ。こんなことをされても、答えは変わらないのである。

「あの魔術は秘密。意地悪をしているわけじゃなくて、色々と事情があって教えられないんだ」

「そんなこと言わないで、教えて欲しいな……?」

 駄目、と僕が何度も首を横に振ると、これ以上食い下がっても時間の無駄になるとティティも理解してくれたようで、「そっか……」と諦めてくれた。

「そこまで拒否されたら、無理に聞けないな~」

「聞かないでくれると助かるかな」

「そこまで言うなら仕方ないね。……とりあえず、折角会えたし三人で一緒にお祭り回ろうよ」

 あの魔術については教えるのを拒否したけど、お祭りの誘いについては拒否する理由も特にない。

 僕はティティやミアと一緒にお祭りを見て回ることにした。


※※※※


 二人と回り始めたお祭りは、普通に楽しかった。

 ティティとミア――つまり女の子と一緒なお陰で、周りの僕への視線の質が少し変わり始めたのも大きかった。

 他の女の子からの「変態」的な視線が、若干和らいだのである。

「……女の子と一緒だ」

「普通変態には近づかないよね? ってことは、もしかしてだけど、ジャンバ君って本当は変態じゃない……?」

 もしかしなくても、変態ではありません――というのはさておき、少しずつでも改善されている様子は本当に助かった。

 ただ――その代償としてなのか、今度は男側から変な視線を貰った。

「王女殿下をあんな姿にさせた後に、すぐ女を引っ掻けるとは。……ムラムラしたんだろうな。火照りを鎮める為か」

「夜の試合が待っているんだろうな」

 好き勝手言ってくれているようで、そんな言葉が聞こえて来る。

(……いい迷惑だよ。でも、人のうわさも七十五日と言うし、大人しくしていればそのうちに話題にされることも無くなる)

 僕はそう考え、なるべく気にしないことにした。

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