少女水色世界~Alice addiction~

幽山あき

ユメとゲンジツ

いつもと変わらない日常。〆切に追われる現実。リテイクの日々。

私は何が書きたかったんだっけ。そんなことを思いながら、何の変哲もない、他人を食い物にしたような論文を閉じた。手元にあった先ほどまで冷たかったはずのストロング缶に手を伸ばす。気が抜けている。作業を始めて何時間たったのだろうか。今は…深夜二時を回ったところか。

残っているまずくなった飲み物を一気に流し込む。一服してから寝たかったが酔いが回った私は布団に倒れこんだ。



気が付くとそこは森の中。これは夢だ。

自分の混沌とした思考と、現実から逃れたいという願望が具現化したかのようなごちゃごちゃとした色。そこが森であるということも一瞬では理解できないくらい、自然にないような色たちに溢れていた。ピンクのキノコ、ブルーの木、蛍光みどりの花たち。しかも何となく形状も違和感のある、絵に描いたような偽物感の強いものだった。


だからすぐに夢だと気づいた。


何かネタにならないか。夢の中でも、仕事のネタばかり考えている自分があまりに気持ち悪くて笑いが込み上げてくる。周りに誰もいないことと現実ではないことで今まで笑っていなかった分、大笑いをしてしまった。

完全に、森の中で笑っている、頭のおかしい奴になっていた。


しかしここには、こんな頭のおかしな奴に話しかける、頭のおかしい奴がいた。

「あのぉ。時計を持っていませんかぁ…?」

[はい?]

「なんでしたっけ…?あぁ、そう。時間。時間を知りたいんです。さっき笑猫ちゃんに時計を取られちゃって…。急がないといけなかったのに。あれ、何を急いでいたんでしたっけ…」


意味の分からない内容をゆっくり、一息ずつ話すマイペースな少女。服装は何ともだらしがないが、可愛らしくクラシカルなものである。そんな中でも一番異質なもの。

その頭には噛み傷のたくさんついた長くて白い、まるでウサギのような耳が生えていた。


「にゃはは。お探しの時計はこれかにゃ?」


そんな典型的なにゃんにゃん言葉を話す猫耳ゴスパンク少女(?)が、先ほどまで誰もいなかったはずの木の上にこつ然と現れた。

「あら。笑猫ちゃん。私何か探していましたっけ…?」

相も変わらず、マイペースな彼女は先ほど自分が探していたという時計も、急いでいたという事実も記憶にないといった様子だ。

「相も変わらず忘れっぽいヤツだにゃぁ。噛車。オマエさんは道化のヤツにオチャカイのお誘いを受けて、急いで向かってたんだろう?行かなくていいのかにゃ?」


さすが私の夢。ちゃんと状況説明してくれるあたり、ありがたい。

今のところ出てきた名前は、[笑猫 エネコ][噛車 カムル][道化 ミチカ]の三人。状況から察するに、猫耳少女が笑猫、マイペースウサギちゃんが噛車、そしてもう一人、ウサギちゃんの向かう先に、道化という人がいるという感じだろう。

「なぁに難しそうな顔してるんにゃ。お前さんはここいらの人間じゃねぇニオイがするにゃぁ。」

ニヤリ、と、すべて見透かしたような笑顔に、背筋がぞくっとした。

「クルイモノって感じでもないにゃぁ。ナニモンだ?」


急な真面目なトーンと、猫のように鋭い瞳孔に睨まれたことで声が震える。

[あ、有栖川 水色(アリスガワ ミイロ)]


「「アリス」」


さっきまであんなにぼんやりとしていたウサギちゃんと、ギラリと目を輝かせた猫ちゃん。そこで、 復唱された切り取られた名前に、今の世界が何者であるかを理解した。

[私はアリスではなく、有栖川です。名前は水色のほう。紛らわしくてすみません。]


きっとここはルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」に影響されているのだろう。

そしてここでは私がアリスに仕立て上げられているようである。何とも面倒だ。

「アリス!アリスだわ!時計を探さなきゃ!!!オチャカイに行くのよ!」


さっきと打って変わって興奮して目がどこかに向いてしまっているウサギちゃんの異様さに恐怖を覚えた。アリス。それは表現されるたびに性格や立場が変わっている。今回はどうやら歓迎されるような人だったらしい。

「にゃぁ…にゃんでもいいけどよぉ。ここはそろそろ離れたほうがよさそうにゃ。噛車もそんにゃ様子じゃあんにゃいもままならないだろうから、ついてこい。」



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