第24話 風の国 人の立場について

 風の国は広い国土を持ち、山岳地帯を多く含む国だ。北方限界国との交易も盛んで、親交が深い。白灰騎士団は風の国王に歓迎され、東部にある王都、その郊外に拠点を構えた。


 各種手続きの調整のため、ガストンや騎士団の面々のほとんどが王都へ出向いていた。シェルウはここしばらくの間調子が良かったが、その揺り返しで再び朦朧としていた。キリとイオは荷ほどきをしながら、他愛のない話をしている。

 キリが馬の走る音を聞いた。こっちへ向かっている。

「イオ!」「姉御、あんたは大将と一緒に下がってな。あたしが行くよ」


 馬を駆る鎧の騎士が、そのまま白灰騎士団の拠点へ侵入して来た。イオは馬ごと薙ぎ倒せる斧を携えて迎えた。風の国の若い騎士は言った。

「白灰どのにお目通りいただきたく参った」

「おかしいねえ。接触の禁を知らないのか」

「無論知っている。しかしその委細は伝えられていない。ここは我らが守護する土地だ。好き勝手な真似は許さん」

「えーと、あんた誰だ?」

「我は銀の竜の血を継ぎし、風の国南方白土領を治めるデイジ族の嫡男、キッチ・デイジ・ルイースだ。貴様も名乗るがいい」

「わかった、上司の言うことも聞けない馬鹿な下っ端ってことだね。こっちは名乗るまでもねえ、帰んな」

「…異形の肉と毛皮をぶら下げた、得体の知れぬ連中が我が物顔でやって来たのだ。王都の住民たちも畏れている。ウクバルの国では邪な術を使って亜神をやり込めたという噂もある。接触の禁とは後ろめたさ故のものだろう。そうでないのなら、この場で明らかにしていただきたい」

「あのさ、下っ端相手に毎回一から説明しろってか?街の警備として、知らん相手を疑うのは結構なことだ。でも行動する前に、少しでも自分が間違っているかもとは思わなかったのかい」

「…わたしはわたしの立場で正しいと思ったことをしている」

「へー、それは別の誰かの正しさを踏みにじってまで貫く正しさなんだね。おめでたいこった。その正しさでもって、亡者と亜神を討って来い」イオは平然と言い放った。

 血気にはやる若い騎士であっても、自分のやっていることの不味さに思い当たってきた。相手を胡乱な流れ者の集団であるかのように過小評価していたのだ。騎士は自信を失いつつも言った。

「お目通りはいただけないのか」

「当たり前だ、ボケ。そもそも国のお偉い同士で話はついてるんだろ。だったらあんたは、あんたの上司に文句を言うべきだった。王さまのとこに行って来い、ぼくは間違ってませんってな。今この場のあんたは、正しさだなんだと理屈を捏ねて、八つ当たりに来ただけのガキだよ。とっとと失せろ」


 戻ったガストンたちに、イオは若い騎士の件を報告した。

「わかった。白灰どのは何と言っておられる」「いいや。大将は今アレだ、かなり具合が悪い」

「…そうか。では我々で話を付けよう」「誰に言うんだい。あいつの上司かい?」

「そうだ。このような場合の作法がある。幸いにも風の国王陛下は我々に対して好意的でおいでだ。何故、そしてどのように集団というものを律するか、周知させねばなるまい」


 風の国王を経由して自国騎士団長に、白灰への申し開きが命じられた。組織同士のやり取りにおいて、下の者の規律の乱れは上の者を通じて下知される。対外的な活動経験に乏しい若い田舎騎士には、こうした組織の基本がわからなかった。自分たちの目分量で物事を運ぶのが当たり前になっていたのだ。

 翌日、血の気の失せた騎士団長と、付き人二人が白灰の拠点の前までやって来た。イオとガストンがそれを出迎えた。

「青びょうたんの次は髭っ面かい。明日は大臣か、それともいよいよ国王陛下が来られるのかね?化粧しとかないとね」

「昨日の件の申し開きに参った。あの者は処罰させていただく」

「へー、処罰ってのはなんだい」

「今は自室にて謹慎させておる」

「…おい、ナメてんのか。首を持ってこいとまでは言わないが、手首足首のひとつは土産にするもんだろ?わかったら出直して来い」

 騎士団長は絶句した。イオは続けて言った。

「こっちはな、危険を承知で慈善事業やってんだ。亜神を討つか、そうでなくても話を付けてやるってんだよ。邪な何某だ?だったらどうした。。あんたらが得られるその見返り以上に、こっちは何か迷惑かけたのか?金でもせびったか?言ってみろ」

「貴様、下手に出れば…」「待て!これ以上、わたしを困らせてくれるな…」騎士団長はか細い声で付き人の騎士を制した。

「すっこんでな三下。下手に出れば付け上がりやがって、か?威張り腐ってケチ付けるだけがこの国の騎士の仕事か。接触すんなって通達を無視したのはそっちだ。まあ、そっちがその気ならいい、もう取り返しは付かねえぞ。この地の亜神は、あのトンチンカンな正義に燃える騎士様にでも討ってもらえ。こっちとしても手間が省けて助かるぜ」

「あの者には厳罰を約束する。…騎士達の代表として謝罪する。どうかお許しいただきたい。我々ではどうやってもあの邪竜に勝てん」

 騎士団長は頭を深く下げた。付き人は、微動だにしないイオと団長とを交互に見比べた。自国の一騎士団長と、王と直に連絡を取る他国の密使、どちらの立場が上なのか。それが彼にもようやくわかった。

「あんたに頭を下げられたって、嬉しくもなんともないね。ましてやうちの大将にとっちゃ…」

「まあ待て、イオどの。この立場の人間が頭を下げるということは、我々の思う以上に大きな意味のあることだ。白灰どのもあるいはご考慮くださるだろう。この場は一旦持ち帰らせていただく」

「どうか、どうか寛大な御処置をお願い申し上げる…」

「しかしいずれにせよ、二度とあのようなことがないよう部下には徹底していただきたい。上の決定に敬意を払い慮ること、それができねば組織というものは成り行かん」ガストンは念押しした。

「ふん。後ろの口出したボンクラにもキッチリ教育しておけよ」


「儂の出る幕がほとんどなかったではないか。イオどの、全くやりおるわ」ガストンはにやりと笑いながら言った。

「…白灰様のご意見として言いそうになったのはやり過ぎだったかね。ありがとよ、将軍」

「うむ。まあ一種の茶番とは言え、こういう段取りを組んだ方が運びやすいだろう。面子に拘る連中だ。上の者が部下の前で頭を下げる意味は実際大きい」

 騎士団長の手土産の酒樽を開けて、二人は杯を交わした。

「イオどのは手荒ではあるがわかっておいでだ。対してアズランめは、やり手司祭の弟子の癖に、どうにも気弱でいかん。あれは駆け引きの出来る男ではない」

「そうさ、こういう役回りはあたしが適任ってことだね。将軍は仲裁役で、優男のアズランは"飴役"だ」


 若い騎士たちの手首が落とされる前にアズランが団長の元へ赴いたため、彼らの処分は"白灰の寛大さによって"降格だけで済んだ。それからアズランは、白灰騎士団への皆様の疑念ももっともだ、しかし亜神を討つ上でその地の人々の信頼は不可欠である、どうか疑念を堪えてご協力いただきたい、そして住民たちを安心させてやって欲しい、と語った。

 この一件以降、白灰騎士団の風の国での連絡の取次ぎ、補給や卸しなど諸々の活動は非常にやりやすくなった。ましてや彼らに楯突く兵など誰一人いなかった。

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