第39話 ティッシュはもちろん必需品です
「…っあ…くぅ…そこ…いいよ…すごくいい…ううっ」
「監督…。ここ凄く硬くなってる…」
「あっ…そんなこと言うもんじゃないよ…」
私の目の前で女が男に責められて喘いでいる。私はそれを指を咥えてじっと見ていた。男の手は服の上からにもかかわらず、女の緊張して固くなった体を柔らかく解きほぐしていった。うらやましい。女の顔はすごく気持ちよさそうに和らいでいる。ズルい…。私も…混ぜて欲しい…。
「監督ぅ!あの子の目がすごく潤んでるし、指くわえてる顔がすごくエロい!気が散る!すっげぇ気が散ります!なんとかしてくださいよ!」
「操!いい加減にしゃんとしな!このマッサージにはユリシーズに勝つためのヒントがあるんだよ!」
オリヴィアさんの私を叱る声を聴いて私ははっと我に返る。サキュバスのエロ思考にハマるとなかなか抜け出せなくなるからいやになる。そもそもよくよく考えたら目の前で責められてるのは老女さまで、しかも健全なマッサージを受けているだけだ。なんで私は中学生男子並みにお猿さんな妄想にドはまりしているんだろう。私は首を振って、冷静さを取り戻して院瀬見さんの手をよく観察する。彼の手のひらからは気功が淡い光を放ちながら溢れていた。それはオリヴィアさんの服を貫通して、彼女の体に作用していっている。
「もしかしてこれって浸透頸って奴ですか?」
「そうさ。これが今回お前さんに覚えさせたい技だ。この気功は物質をすり抜けて直接相手の肉体に作用する。それがどれほどすごいことか魔導士のあんたならわかるだろう?」
「ええ、選択的に透過させて相手に作用させる技術は魔法ではかなり難しいです。鎧を透けて相手の体に直接作用させる攻撃手段は現実的じゃないです。でもこの気功なら」
「そうさ。ユリシーズの鎧を超えてダメージを与えられる。つまり服を脱がさずにすむんだ。功久は治療術が専門だが、当然気功による攻撃法も身に着けてる。この浸透頸はユリシーズ相手には大きな武器になるはずだよ。あんたたちサキュバスは生命力も高いから気功は高出力で使えるしね」
「素晴らしいですよオリヴィアさん!流石です!ナイス指導!」
私は親指をグッと立てて感謝を示す。オリヴィアさんも何処か得意げなドヤ顔を見せた。
「監督。教えるっていうかコピーされるのは別に構わないんですけど、ちゃんと約束は守ってくださいよ」
「わかってるよ。ちゃんとお礼は出すさ」
マッサージを終えて、オリヴィアさんはベットから下りた。
「さて。操。今の私はどうだい?どう見える?」
「どうって言われても。いつもと…あれ?なんかテカってる?」
オリヴィアさんの顔が何処か艶々しているように見えた。シャワーの水をそのまま弾きそうなモチモチ感がある。
「功久のマッサージの御蔭でこの年寄りの肌にも弾力が帰って来た。すごいだろ」
「凄すぎると思います…!」
エロとか抜きにそのマッサージを受けたい気分になってきました。金を出してもいいくらい。
「そう。この男のマッサージはすごいんだ。だけどこの男、商売が下手でね。客を集めるのがうまくない。普段は奥さんがマーケティングとか営業とか受付をやっているんだが、今は身重でね。そこであんたの出番さ」
「私が帝大で取った修士の学位は物理化学です。マーケティングは専門外なんですが」
「隙あらば学歴自慢するのはやめんかい!本当に可愛くない!まったく。あんたにやってもらいたいのはとりあえずお客さんを集めることだよ。駅前でティッシュ配りとキャッチをやってお客さんを集めてもらいたい。それがこの男からスキルをコピーするための条件だ」
「オリヴィアさん。今更ですけど私のパークとの雇用契約って副業禁止なんですけど」
私たちサキュバスとパークとの間には芸能人みたいな業務委託契約に近い労働契約が結ばれている。その中には副業の禁止が盛り込まれている。
「それなら問題ないよ。この仕事には金銭は発生しない。あくまで知り合いの手伝いをするだけ。政府もあんたたちサキュバスの映像媒体への進出にはピリピリしてるけど、キャッチくらいならいちいち関知しないよ。先例もあるから安心しな」
「それなら構いませんけど、私が集められるのって男性だけですよ。女性には魅了は効きませんから」
このマッサージの効能を考えると、ターゲットは女性になると思うのだ。例えば彼氏とのデートの前にこのマッサージを受けるとかね。そういう需要はいくらでも掘れそうだ。
「いんや男の客には声をかけるな。女だけ集めてくるんだ」
「ええ。上手く行くかなぁ…」
「操。優良誤認って言葉を知っているかい?」
オリヴィアさんがすごく悪そうな笑みを浮かべている。それはとても頼もしく見えた。
「確か実際の商品の効能以上の効果を宣伝でアピールして顧客を騙すことですよね」
「そうさ。いいかい。あんたはこのマッサージのチラシとティッシュを女相手に配るんだ。相手の顔をよく見ながらね。それだけでいいよ。あんたたちサキュバスの肌はとても滑らかで綺麗だろ。それが最大のアピールになる」
「ああ。なるほど。このマッサージを受けると私みたいになれるって錯覚させろってことですね」
詐欺っぽいやり口だな。だけど効果は高そうに思える。それにこのマッサージは実際すごいから他人に売り込むことに抵抗は感じないけど。
「そういうこと。あとついでに修行も加える。あんたが駅前に立ったら間違いなく男たちが群がって来る。そいつらを気配を消して躱すんだ」
「気配を消して躱す?忍者みたいな感じですか?」
「そこまでしなくていい。あんたに男が近づいてきたら、感情を消して『視線を外へ置く』んだ。身体表現を使って男を遠ざけるんだ。ボディランゲージを使って『あなたには用はありません。離れてください』って情報を相手の無意識下に送り込むんだ」
「すみません。説明がすごくスピリチュアルな感じがします」
「残念ながらここらへんの知識はちゃんと科学に落とし込めていない領域の話でね。いわゆる身体動作の秘奥ってやつなのさ。人間の体っていうのは様々な情報を常に発している。それを意識的にコントロールして相手に言葉を使わなくても情報を伝えるんだ。空気を読むって言葉があるだろ。その逆で空気を読ませるって感じだね。この身体表現の技法を身に着けると戦闘の時にとても役に立つ。あんたたちサキュバスの魅了は異能ではなく身体動作の極致だって知っているだろう?あんたたちの体は身体動作を通して男たちに常に発情のサインにも似た原始的感情を刺激するような情報を常に発しているんだ。それを意識的に反転させるような感じだ。とは言えあんたたちサキュバスの場合、その呪いじみた魅了の力を意識的に抑え込み続けるのは容易ではないんでそこは注意して欲しい。そもそも意識するとか訓練だけで押さえ続けられるのならば、あんたたちを捕まえておくような遊園地なんて作られることはなかっただろう。まあ気楽にやんな。男を避けて女に渡す事だけ考えろ。それだけで修行になる」
「わかりました。がんばってみます!」
こうして修行を兼ねたティッシュ配りを行うことになったのだ。
私は院瀬見さんのお店のエステユニフォームに着替え、ティッシュとチラシの入った籠を持って駅前に出た。近くにはオリヴィアさんがいて私のことを見守っている。だけど緊張のせいですごく心臓がバクバクしていた。
「すぅーはぁーすぅーはぁーよし!」
私は気合を入れて、ティッシュ配りを始める。狙うは仕事で疲れてそうな感じの人。
「すみません。こちらお願いします!」
私は近くを通りかかったOLさんにティッシュを渡そうとしたが、露骨に避けられてしまった。なんだろう。すごく傷ついた。でもあれって私もやったことある奴だ。…今度からはティッシュは優しく受け取ろう。そう決めた。その後も何度かチャレンジした。だけどササッと躱されるか。私の顔も見ずにティッシュだけ奪って去っていくか。そのどちらかだ。逆に男の人たちはすごく沢山寄って来た。
「君マジで可愛いね!どこの店のなの!絶対行く!」「いくらでも指名するよ!」「マッサージしてほしいんだけど。え?するのは君じゃないの?ならいらね」
一応オリヴィアさんに言われた通りに、感情を消して身体表現での拒絶をやってみたんだけど、ぜんぜん駄目。私は群がって来る男たちにティッシュとチラシを押し付けてオリヴィアさんの所へ逃げた。
「助けて!オリヴィアさん!」
オリヴィアさんの背中の後ろに隠れたが、男たちはそれでも私の方へ寄ってくる。
「あーやっぱり最初はこんなもんだよね。まったく仕方ないねぇ・・」
オリヴィアさんと私は男たちに囲まれてしまった。
「おいババア!俺たちはその子と話したいんだよ。隠すんじゃねぇぞ!」
ヒートアップした男たちがオリヴィアさんに怒鳴り散らし始める。だがオリヴィアさんは全く動じていなかった。
「あんたたち。悪いことは言わない。
オリヴィアさんはただ静かにそう言った。だけどその体からはなにか溢れ出んばかりの気配を感じたのだ。上手く言葉にできない何かが発せられて、それが目の前の男たちに作用した。そういう風に感じた。男たちもオリヴィアさんの尋常ではない気配を感じたらしい、じりじりと後ずさりしてそのまま解散してしまった。そして私とオリヴィアさんだけがそこに残った。
「精気みたい…?」
それは普段見慣れている精気に似ているように思えた。そう言えば精気は実体化した感情の情報そのものだった。似たような現象なのか?でも精気ではないのは間違いない。サキュバスの目には精気はキラキラと輝いて見えるのだから。具体的に何かが出ていたのが視覚的に見えていたわけではない。だから今さっきオリヴィアさんが出した気配はオーラとかみたいな、そういうスピリチュアルな概念の産物に見える。
「おや。サキュバスの子たちは私のこれを見るとみんな精気みたいっていうんだよね。もちろんそんなものを出しているつもりは私にはない。これはあくまでも身体表現の力に過ぎない。迫力とかオーラとか気配とか雰囲気とかそんな大雑把な何かでしかないよ」
「でもその力は本物でした」
「本物のように見せかけただけさ。でも今のを見たんなら話は早い。私は特別な力を何一つ使っていない。だからあんたにもこの方法はすぐに真似できる。やってみな。今と同じことをね。できるだけ言葉に出さないように、自然に男たちを退けるんだ。頑張れ」
オリヴィアさんは私の肩を軽く叩いて、私から離れた。私は今見たことを忘れないうちに再チャレンジをはじめた。
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