第40話 共感と拒絶の深奥
気を取り直してティッシュ配りを再開した。例によって女性を主に狙っていくつもりだが、今回はちょっとアプローチを変えることにした。さっき男たちに群がられて気がついたことがあるのだが、どうも私女性からすごく警戒されているみたい。男たちと一緒にいる私のことをなんか怖いものを見るような目線で見ていたんだ。多分だけど、発情した男に群がらている女をみる女性の目線は嫉妬とかモテていることの僻み以上に恐怖とか警戒っていう感情が先に立つのだろうと思われる。私自身は男にちやほやされている女を見て僻む期間が長かったから気がつかなかったけど、よくよく考えたら男を周りに集めまくってる女って普通に怖い。もしその男たちが女の指示で襲い掛かってきたら?なんて想像をさせているような気がする。それは暴力の匂いだ。私は男と言う暴力装置を集める危ない存在に見えてる。つまり私が女性客の心を掴むには男たちを遠ざける必要がまずはあるのだ。というわけで。
「ふしゃー!しゃー!しゃーーっ!!」
「わっ!?なんだこの子!?」
近づいてくる男たちに私は威嚇を繰り返していった。男たちはたじろいで私の傍から離れる。ふふふ、完璧だよね。そして通りかかった女の人にティッシュのアプローチを行ったのだが。
「え…キモ…」
私が威嚇していたのを見た女の人は、警戒感を露わにしつつ、同時に嫌悪感丸出しで横を通り過ぎて行った。女の人からキモいって言われるの…すごく心が傷つくなぁ…はは…。
「あんたって本当にアホだね。言ったろう?ふしゃーなんて言っても仕方ないだろ、猫じゃあるまいし。言葉じゃないんだ。体で表現するんだよ」
「でも毛を逆立てる気持ちは表現しましたよ!」
私がネコだったら髪の毛とか逆立ってるレベル。
「その気持ちは買うけど、そうではないんだ。そうだね。ヒントを出してやろうかね。あんたたちサキュバスは共感を使って相手の精気を吸うだろう」
「ええ、まあ。よくやりますね」
「次に男が近づいてきたら、その男と視線を合わせて『心の中で共感』しな」
「でも相手のことを知らないと共感は出来ないんですけど」
レンタル彼女をやるときは相手と可能な限り会話を弾ませるようにしている。そして相手の悩みや好みを把握して、それと自分の中のエピソードと紐づけて共感を示すようにしている。まるっきり知らない相手に共感なんてできるわけがない。
「相手のことを知らなくても共感は出来るよ。心の中で共感してやればそれは自分の体に伝わっていくんだ。そして体がその感情で微かに震えて相手に伝わる。相手は『あんたが共感してくれた』と感じてくれる」
「またスピリチュアルですね。…でもオリヴィアさんは証明してるしなぁ。やるしかないよね」
「そうそう。ふてぶてしいけど目的達成には素直なあんたは好ましいよ。そして共感をしたら、名残惜しさを感じながら、さようならの笑顔を相手に送りつつ視線と共感を外しな。それで男たちはあんたに群がらなくなるだろうさ」
「ああ、なるほど。共感して仲良くなって、今日は忙しいからまたねバイバイって感じをやるわけですね」
「そういうこと。言葉を使わずに体だけでそれをやるんだ。そうしたら男たちは納得して離れていく。そうしたら女たちがあんたに抱いている警戒も解けて、あんたの営業に興味を持ち始めるはずだよ。ではチャレンジタイムだ!」
オリヴィアさんは言うだけ言ってまた私から離れて行った。私は再びティッシュ配りを再開する。お誂え向きになんかチャラそうな男が私を見てニヤニヤとしながら近づいてきた。私は男と視線を合わせて、笑顔を浮かべて…男に共感を始める。その時不思議な感覚を感じた。目の前の男の感情の波の震えが私に伝わってきたのだ。
「…っ…あ…」
その波が私の体を包む。そこには私への性的欲望の波長が強く感じられた。サキュバスの私にとってそれはとてもとても心地の良い揺らぎに思えてしまった。だけどその中に微かな寂しさと悲しさ。そして後悔の念が混じっているのを見つけたのだ。私は性欲の波の中からその感情たちだけをフィルタリングして取り出してくる。具体的な情報が含まれているわけではない。だけど何となくそれは異性絡みの物だって見当がついた。…私はその感情に身を委ねる。一筋の涙が私の頬を伝った。
「…なんで泣いてるんだい?」
チャラそうな男が私の前に立って、心配そうな顔を向けている。私はその涙を指で拭って。
「あなたの代わりに泣いちゃたんです。…多分最近好きな人と別れちゃたんですよね?違いますか?」
「なんでわかるんだ…。たしかにそうだけど」
「何となくです。辛かったんですよね。でも自分のせいだから仕方がない。そんな感じでしょ?」
「そこまでわかるのか?!確かに調子に乗って浮気して、彼女にフラれたよ。死ぬほど後悔した。あんたはその気持ちをわかってくれるのか」
「やらかして失敗して自分を責める気持ちはわかります。でもずっと自分を責めるのは駄目です。同じような女遊びを繰り返して自分は悪い男だから仕方がないって言い訳しようとしてますよね?もう自分を責めたり、自分を責めるために他の女の人を利用するようなことはやめてください。大丈夫ですよ。私はわかってあげます。だからこれからやり直してください。次に出会う女の子には誠実に優しくしてあげて。お願いだからね」
本当は共感して優しく拒絶するはずだったのに、私は目の前の男の人に共感して、あまつさえ会話してしまった。何もお互いのことを知らないくせに私はこの人の過ちに共感してしまった。助けてあげたかった。
「…あんた…いい人なんだな…。俺…俺は…変われるかな?」
「大丈夫。変われるよ。だって変わりたいって思えたんでしょ。なら変われるよ。頑張ってね」
男は少し涙を流しながら頷いてくれた。そして静かに私の前から姿を消した。
「驚いたよ。何も会話せずに共感してみせた。そして相手のことを救っちゃったわけだ」
「…あの人がこれから前向きに生きられるならそれでいいです。救えたなんて自惚れるつもりはないです」
「サキュバスは共感能力が高い。それを今あんたはフルに使って見せたんだ。それもとても素敵な使い方をしてみせたあんたは立派だよ。まあ修行としてはやり過ぎだと思うけどね。でも共感のやり方は掴めたね?」
「はい。再現はできます。でもちょっと疲れるかな」
「人間が一番疲れるのは他人の感情に付き合うことだと思うよ。だからそれは無理からぬことさ。今後はコントロールやオンオフを掴んでいけばいい。言葉に寄らない共感ができたらな。それを優しく外すこともできるはずだよ。やってみな」
再び私はティッシュ配りに戻る。新たに近づいてきた男に『共感』の波長を合わせる。男と共感が繋がったことを感じた。そして名残惜しさを感じつつ。
「またね」
私は近づいてきた男にそう言った。本当は口に出すべきじゃないけど、自然と出てしまった。男はふっと笑って私の横を通り過ぎて行った。この感覚を残したまま、次に寄ってきた男に共感の波長を合わせる。そして心の中で『またね、バイバイ』と呟き視線を外す。すると男は自然と私の横を通り過ぎて行った。男たちに群がられないための感覚を私は掴めた。オリヴィアさんの方を見ると、笑顔で親指を立てていた。こうして修行の第一段階はクリアできたのだ。
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