第37話 師匠と呼んでもいいですか?

もしかしてオリヴィアさんは剣道とかやっていたのか?その時ふとオリヴィアさんの姿がユリシーズに被ったような気がした。


「さあ、どこからでも打っておいで!なに!手加減はいらないよ!どうせあんたの剣じゃ私を倒せないんだからね!」


 その挑発にかなりイラっと来た。オリヴィアさんがむかつくんじゃなくて、オリヴィアさんを通して見えるユリシーズの姿にイラつくのだ。


「…なら後悔しないでくださいね!いやあああああああああああ!」


 私はオリヴィアさんに向かって剣を思い切り振った。狙いは胴。勿論手加減というか寸止めできるように調節はしてある。だけど私のそういう気づかいは余計なお世話だった。


「ふんっ!」


「あれ?え?」


 私の剣はオリヴィアさんの振り下ろした剣に阻まれてそこで止まった。それどころかそのまま私の剣は彼女の剣捌きに巻き取られてしまう。そして剣は私の手からすっぽ抜けて柔道場の畳の上を転がっていった。それを私は茫然と見ているしかなかった。


「え…ええええ!今の何ですか!?」


「ユリシーズの使える技の一つをやってみせたのさ。あの子は真面目でね。こういう様々な剣術の型を無数に習得してるんだ。闘技場じゃその技能と諸刃の剣を組み合わせてサキュバスの戦闘スタイルに特化した自分のスタイルを生み出した。わかったろう?今のままでは絶対に無理だよ。ここで一人で訓練するのは時間の無駄だ」


「だったらどうすればいいっていうんですか」


 ショックだった。訓練初日からあっさりと躓いた。敵の強大さに焦りを感じて悲しくなってきた。


「そんな泣きそうな顔するんじゃないよ。私は現実だけ突き付けて若い女の子泣かせるだけの駄目なババアじゃないんだよ。私があんたに戦い方を教えてやる」


「え?オリヴィアさんが?でも今のを見れば確かにすごいのわかるけど。もしかして異能格闘に詳しいの?」


「ああ詳しいよ。なあそもそも一度でも不思議に思わなかったのかい?ここの管理人がなんでこんなババアなのか?この居住区には危険生物サキュバスしかいないから帝国軍の精鋭女性兵士たちが監視と護衛をやっているんだ。なのにこんなババアがなんでここをウロウロ出来ると思う?」


「もしかしてすごく強いんですか?」


「ああ、滅茶苦茶強いよ。序列一桁だってこの私には敵わないさ。もっとも今後あんたたちが成長すれば話は別だけどね」


 ということはここにいるサキュバスたちの誰よりも強いということになる。ならば居住区内にいても安全だろう。というかもしかしていざという時に私たちを粛正するような役割をこの人は負ってるのかな?


「指導とかもできるんですか?」


「帝国の異能格闘協会のトレーナー資格も持ってるし、大学ではスポーツ指導論も学んだ。現役時代には国際大会で金メダルも取ったし、指導者時代にはいろんな国の監督とコーチも務めたよ。すごいだろ?」


「何でそんなすごい人がこんなところにいるんですか?!」


「まあ人生色々さ。思うところがあってパークの管理官に再就職したのさ。さてどうする?私の弟子になるかい?それともやめ…」


「弟子にしてください!お願いします!」


 私は思い切り頭を下げた。誠意の深さはおじぎの深さで伝わると信じている。


「お、おう。そんなに必死にならなくてもちゃんと弟子にするから安心してくれ」


「ありがとうございます師匠!御指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします!」


 私は良く知っているんだ。体育会系ってやつらはとにかく何でも声をデカくするっていう決まりがあるって。そしてはきはきと礼儀作法なるものの見栄えを競う必要があると。じゃないと揚げ足マウント取られて、『お前は生意気だ!やる気ないならすぐに帰れ!』と言われて、すぐに指導を放り投げられてしまう。なお帰ったら帰ったで文句を言われるらしい。体育会系ってハイコンテクストで自分を縛るバカしかいない世界なのだ。


「師匠はやめてくれ。いつも通りにしてくれ」


「そうですか?」


「正直気持ち悪い。あんたはふてぶてしい方が似合うよ。熱血弟子キャラとかまったく似合ってない。私はスポーツで熱血とか根性とかデカい声だすとか苦手なんだ。とにかく指導は科学的かつ効率よくいきたい。あんたみたいなインテリならわかるだろ?」


「ええ、よくわかりますよ。精神論が好きな指導者は須らく生ごみと一緒に捨てるべきです」


 私は体育の授業が大嫌いだった。何の意味もない練習と根性論と言葉の暴力。ただでさえ動くの苦手だったのに、さらに嫌いになったことは間違いない。そういう指導をしないっていうならオリヴィアさんは信用できる指導者なんだろう。


「私はそこまで言う気はないけどね。まあいいとりあえず明日からあんたの指導に入る。実はもうロミオに話は通してあるんだ。シフトの調節はもうしてある。あんたは私の言う通りに訓練してもらう。いいね?」


「もちろんですよ!すごく楽しみです!」


 オリヴィアさんの指導があれば強くなれる。その予感をビリビリト感じて心が躍る。


「…残念だけどあんたには楽しくないと思うよ。明日午前の業務が終わったら、スタッフの駐車場に来ておくれ」


「わかりました!よろしくお願いします!」


 こうして私はオリヴィアさんの弟子になった。

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