第23話 お迎えと新たなる生活の始まり


 リズとアリスの二人は取っ組み合いをやめて鉄格子を掴み、外の二人に手を伸ばす。アリスは瞳を輝かせてロミオを可愛らしくそしてしおらしく見つめてる。


「ロミオ様!?もしかしてあたしのこと迎えに来てくれたんですか?!」


「んにゃ。すまんが違うんだ。オレのが迎えに来たのはそっちのイキリブスの新入りちゃんだ」


「そんな!?」


 イキリブスって言われるのは心外…ではあるんだが、今までの自分の行動を振り返ると若干反論しづらい。


「ロメオおじきはウチのこと迎えに来てくれたん?!」


「すまない。リズの懲罰はまだ終わってないんだ。今日来たのは別の用事。期間が終わったら身元引受に来るから大人しく待っててね」


「そんなぁ…おじきぃ…」


 リズの声が悲しく沈んでる。ロメロ先生は私以外の子たちにも慕われてるんだな。サキュバスにモテるっていうのがいいこととは思えないけど。


「やあ。昨日の騒動については聞いたよ。でね。さっき警察から事件の立件の見送りが通達されたよ。それと被害者たちも民事での訴訟を見送ってくれた。だから君の懲罰事由は消滅。自由だ」


 ロメロ先生がそう言うと牢の電子錠が開いた。私は扉をくぐり廊下の方に出る。私は思い切り背伸びをする。開放感がすごい。たった一日とはいえ閉じ込められていたことはやっぱりストレスになっていたわけだ。


「さて。ゴリラハゲが言うにはお前は多少は弁えるようになったらしいが、そこんとこどうなの?これから先ここでやって行く気ある?」


 ロミオが私に真剣な目で問いかける。嘘は通じない。そんな力強さを感じる。


「納得いかないことばかりだけど、自分がこうなってしまったことは受け入れるほかはない。そう思うことにするわ」


「ふむ。なるほど。まあツンケンした態度はないみたいだし。これなら大丈夫そうだな。オーケーオーケー。じゃあ寮に戻るぞ」


 ロミオとロメロ先生は何かを話しながら先に歩く。私も歩こうと思ったのだが、その前に言っておきたかった。


「リズ。約束は守るから。外に出てきたらまた会いましょう」


「おう。楽しみにしとる」


 リズは優しく微笑んでくれた。年相応と言った感じの何の屈託もない綺麗な笑顔だった。


「おい。新入り」


 もう牢から出ようと思ったその時だ。良く通るアリスターの声が私の背中にかけられた。私は振り向いたが、アリスターはもう牢の奥へ引っ込んでいた。


「なにかしら?」


「ロミオ様は誰にでも優しいんだ。特別扱いされた思って勘違いすんなよ?もしロミオ様に迷惑かけたり顔に泥塗ったりしたらしばき殺すからな」


 それはひどく冷たいそして誰にでもわかる怒りの滲む声だった。どうやらロミオもここではとても慕われてる。そういう人が迎えに来てくれたんだから幸せなのかもしれない。私は牢を後にした。




私はそのまま管理棟にある診療室に通された。なぜかナース服に着替えたロミオと白衣を着たロメロ先生。すみません、二人のヴィジュアルのせいで、正直エロ漫画の風景みたいに見えてしまいます。あるいはポルノとか。


「さて。ちょっとカウンセリングさせてね。パークの規則で定期的なカウンセリングが君たちには義務づけられてる。君の場合新入りだし、積極的には様子見させてほしんだよね」


「それはわかりましたけど。なんでロミオもいるんですか?」


「そりゃおめぇあったりめぇよ!オレはパークの牢名主だぜ!囚人共のことは全部知っておく義務があんだよ!」


「あなたは医療従事者でもなんでもないでしょう」


「一応ロミオは政府が認めたサキュバス専門のカウンセラーの一人だ。問題児が出てきたときにはロミオがサポートに入ることになってるんだ。自覚はあるよね?」


 まあ問題児だってことは自覚がある。これからは気をつけていきたいとも思ってはいるが。


「さてカウンセリングとは言ってるが実はこれは説教なんだよ。昨日の騒ぎなんだけど、上の連中がピリピリしてる。オレから言わせればお前のがやったことはいいことだった思うぜ。差別主義者どもなんざいくらでも痛い目を見るべきだ。だけど如何せんオレたちはサキュバスだ。政府の連中はオレたちにビビってる。もう実感はしてるだろ?どんなに取り繕ったってこの世界は男社会のままだ。その男たちをコントロールできる俺たちは潜在的には世界の敵なんだよ。だからこんな場所を作ってオレたちを社会から隔離した。だけどサキュバスの美味しい所は楽しみたい。そしてこんな歪な遊園地ができちまったわけだ。信じられないよな?世間じゃヤリまくりなイメージのサキュバスたちがヴァージンのままで接客してるんだ。まさに矛盾極まれり」

 

 ロミオが皮肉気な笑みを浮かべてやれやれと首を振る。確かに実感としてはもう理解できた。私たちの存在は社会の脅威そのものだ。


「僕に言わせればその脅威論自体が幻想だと思うけどね。野良のサキュバスたちは大抵能力を隠してひっそりと生きてるし。社会の敵になるような野望なんかも持ってない。慎ましく生きてる。もっともそれがすべての人たちに理解されるかと言えば、そうではないあたりにこの問題の根深さがあるんだけどね。というわけで君にはしばらくは大人しく過ごしてほしいわけだ。政治家たちは目の前の問題にはすぐに熱くなるけど、喉元を過ぎればすぐに忘れる生き物だ。君にはしばらくパークにいるサキュバスらしいことをやってもらって上の目を誤魔化してほしい」


「サキュバスらしいことですか?遊園地で働けってことですよね?」


「そういうことになるね。だからこそロミオがサポートに入ってくれてるわけだ。知ってたかい?ロミオは派閥のトップの一人だ。主にレンタル彼女とかキャバクラとかガールズバーとかの接客業の統括をしてる」


「そういうこった。夜の女王とはオレ様のことよ…ふっ!」


 なんかロミオがドヤ顔してる。世の紳士の皆様方はこういう笑顔好きそう。私は腹にパンチを食わせたくなるくらいにうざく見えるけどね。


「つーわけでさ。なんか仕事に希望ある?オレが統括してる仕事ならいくらでも割り振ってやる」


「希望ねぇ。そう言われても…。とくに思いつかない。強いて言うなら体を触られたくない」


「パークには体を触らせるような仕事はねぇから安心しろ。ここは曲がりなりにも政府機関だ。不埒な真似は絶対にさせねぇよ。せいぜいレンタル彼女でお手手つないだり、腕組んだりするくらいがマックスだよ」


 そもそもここに隔離してるの自体、男に接触させないようにすることが狙いなわけだし、ここでやるサービスなんてたかが知れてはいるのだろう。


「まあそれくらいなら大丈夫かな」


「オーケーオーケー。あとオレ以外の派閥の仕事も興味があるなら紹介してやるよ。そういえばカジノ組とアイドル組の両陣営のトップと牢で一緒になったろう?あいつらのどっちかのお世話になるのも悪くないかもしれないぞ」


「え?あの二人って派閥のトップなの?あれで?」


 あんな風にすぐに喧嘩する奴に派閥のトップやらせていいのか?不安が尽きない…。


「そうなんだよなぁ…あれでも派閥トップで序列一桁の実力者なんだよ。序列9位サキュバス・バロン、ハーキュリーズ。あいつはカジノの親分だな。んで序列4位、サキュバス・プリンセス、アリスター。アイドルたちのリーダーをやってる。だけどあんなアホどもを派閥のトップにしちゃうのはオレもどうかと思うぜ。あいつら昔からどうにもこうにも喧嘩っぱやくてな。もっとも気が強いからこそのし上がったってこれたのかも知れんがね」


「序列ってなに?日常生活だとあまり聞きなじみがない言葉よね」


 それにバロンとかプリンセスとか大仰な肩書までついてる。何か意味がありそうだが。


「パーク内のサキュバスたち全員に序列順位が割り振ってあるんだよ。一応有事の際にはこの序列が軍隊の階級並みにきつい上下関係になるってことになってる。この序列は様々な基準によってランク付けされていて、上位30人は常に公表され続けてる。ちなみにお前はまだ入所したてなんで計測不可能で序列外だ。まあ本人以外に順位は公表されないから普段は俺も含めて皆あんまり気にしてないけどな」


「基準はなんなの?仕事の売上とか?」


「基準は非公表になっていて正確にはわからないが、仕事の売り上げは関係がある。例えばレンタル彼女で指名数ナンバーワンの奴は序列も高くなることが多い。でも一番効いてそうなのは、戦闘力なんだよな…」


「戦闘力?…でもたしかにあの序列三位のユリシーズとかいう奴はすごく強かった」


「あいつはまさしく戦闘力だけでのし上がった奴だからな。元は帝国軍人で、今はここの闘技場のスターであり興業の仕切りもやってる。あいつはたまに外のプロ闘技家なんかともバトルしてるような生粋のバトルジャンキーだ。サキュバスの中でも変わり者だよ」


 闘技場なんてものもここにはあるようだ。魔法などを使った異能格闘技戦闘はプロリーグが設けられている。この国だけでなく世界的に人気のある競技だ。弟の勇もよくテレビで中継される試合を喜んでみていた。私はあまり好きでなかったが。


「闘技場なんかも案外いいかも知れないな。サキュバスは体が丈夫だ。怪我してもすぐに治る。ここの闘技場は実際盛り上がってるぞ。ユリシーズもお前のことを気に入ってたし、話しとおしてもいいぞ?」


「…遠慮しておくわ」


 何度か戦って思ったが、あれは良くない感覚だ。闘争と性的快楽とが入り混じった高揚感に酔わざるを得ない。もうそんなことはやりたくない。


「そうだね。闘技場はやめておいた方がいいだろう。戦うことを考えるよりも、今はここでの生活になれることを優先した方がいい。ロミオ。とりあえず希望もないようだし、軽い仕事からさせてあげてやってほしい」


「そうだな。わかった。軽いやつをいれてならしてやるさ」


 ずっと静かに私たちの話を聞いていたロミオ先生がとうとう口を開いた。でもなぜかほんの一瞬だったけど、闘技場のことを口にした時に先生の顔が気まずげに歪んだように見えた。異能格闘技とかが嫌いなのかな?男の人はみんなそういうのが好きなイメージなんだけども。


「できるだけ君の監督下で仕事をさせてやってくれ」


「わかってるさ。新入りを放置するような駄目上司じゃねよオレはな!さてこれで方針はだいたい定まったけどな。お前の源氏名がまだ決まってない。希望はあるか?基本的には他と被らなきゃなんでも通るけど」


「…まだ決めかねてる」


「左様か。ならしばらくジャンとでも名乗れ。一応アドバイスしてやるけど源氏名は別に一度決めたら変えられないってことはないから、深く考えずにこれがいい!って思うような奴にしておけばいい」


「わかった。そうするわ」


 源氏名なんてものを自分が使うことになるとは思わなかった。ネットのハンドルネームのようなものだと思えば抵抗感もないのか?だけどこの源氏名を名乗り始めたら本当に社会とのつながりが切れるような、そんな得体の知れない戸惑いも感じたながらカウンセリングは終わったのだった。



 

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