第22話 牢屋の女子会

 懲罰房に放り込まれた次の日。私はベットの上に寝転がってひたすら論文を読んでいた。この懲罰房、なぜか外からの物品の持ち込みが許されてる。それってお仕置にならなくない?みたいな感情が湧くのだが、よくよく考えればここにいると男から精気が吸えないわけで。だからそのうちにどうせきつくなって根を上げるのだろうと思う。あのひもじさはもう味わいたくない。かと言ってパークで働くのもいやだ。にっちもさっちもいきそうにない。


「おい!新入り!」


 取り留めもない思考に囚われていたとき、隣の房から声が聞こえた。私はベットから起きて鉄格子に近づき、隣の方へ目を向ける。すると隣の隣の房の鉄格子の間からにょきっとウサギの耳が生えてきた。鉄格子越しだし真横だから見にくいが、あの銀髪のバニーガールのようだ。鉄格子の間に顔を出している。


「何か私に用?」


「おうよ!お前が噂の新入りやろ?大学出のエリート様っちゅうんは!」


 正確に言うと飛び級で大学院で修士号を取得した状態であり、今はまだ付属校の学生のみである。とは言え世間的には大卒で十分に通用するから間違いではないか。


「それが何か?」


「お前の話はよう聞いとるで!ウチらのことを見下しとるってもっぱらの噂じゃ!曰く自分はサキュバスじゃないだの、ビッチでないだのってな!」


「否定はしない。今でも少しはそう思ってる」


「少しだぁ?どういうことじゃい?」


「サキュバスになったことに今でも納得はしてない。男たちに媚びないと生きていけないここでの生活が正しいものとは思えない。だけどよくよく考えたら外の生活でもどうせ男の目を気にしてびくびくしながら生きてる女ばかりだった。私たちの生態はそれが極端なだけとも言える。悲しいかな私たちは女らしく生きねばならないわけよね?そうよ、極端なだけ。そう思わなきゃやってられない」


 サキュバスでないハルソールはサキュバスみたいに生きていた。男を魅了し取り入り自分の身を守っている。私たちだってそれとやってることはさして変わらない。当然やりたくはないけど。


「ほう、外の女もここと同じか?ほうほう、外の世界っちゅうんも大変なんやなぁ…。サキュバスだけやと思うとったで。男に媚び売るんわな」


 なんか変な言い回しだ。まるで外の世界を知らないみたいな。


「あなただって元は外にいたでしょ?ならわかると思うのだけど」


「ウチは外の世界はよう知らん!おかんと一緒に小さいころからあっちこっち放浪してて、気がついたらパークに預けられたんじゃ」


 預けられた…?母親に捨てられたみたいなニュアンスを感じる。


「もしかして母親はサキュバス?」


「そうじゃ!ウチは先天性のサキュバスじゃ!子供の頃からパークにずっとおる!」


 なんとも不吉な印象を受ける言葉だった。だがここの隔離施設の趣旨から言えば子供のサキュバスだって当然いてもおかしくはない。


「ねぇ?もしかして外には行かないの?外出は出来るでしょ?」


「出たことはあんまない!危ないって管理官は言ってる!それに出てどうすればいいんじゃい?外で何が出来るんじゃい?」


 思わず絶句してしまう。想像を超える現実がここにある。外の世界に関わりがほとんどない存在。ここだけですべてが完結しているなんて…。


「新入り!大学ってどんなとこなんじゃ!?ウチはパークの中の学校しか知らん!お前みたいな大卒のサキュバスはここじゃ珍しいんじゃ!ウチに教えい!」

 

 興味があるようだ。声に楽し気な雰囲気を感じる。


「そうね…大学っていうのは…」


 私は大学での生活を話した。楽しいこと。嬉しいこと。辛かったこと。悲しかったこと。色々なことを話して聞かせた。


「ほうほう。そうなんかー。なかなかおもしろいのう!外にはそんな場所があるんか!行って見たいのう」


「だったら外出許可を出して行って見たらいいわ。大学のキャンパスは誰でも自由に出入りできるのよ」


「そうなんか!授業もか?!」


「それは無理。でも覗くくらいなら別に平気」


「そうかぁ…でも外に出るのはのう…。おかんもここが一番安全だって言うとったんや。ウチは出てもええかのう?」


 外の世界はサキュバスにとっては安全ではない。それはこの間から私が色々やらかしていることを差し引いてもそうだろう。サキュバスは男の目を惹き寄せる。それが同時にトラブルも引き寄せる羽目になる。このバニーガールだって外に出たら男共を引き寄せてしまうだろう。本人には責任がないのに、周りが勝手にヒートアップして暴発する。隔離するのはサキュバスの安全を確保するためでもあったわけだ。


「なら今度私が連れて行ってあげましょうか?」


「…なにい?お前が連れてってくれるんか?」


「そう。一人だったら何かあっても困るけど、私がいれば大丈夫でしょ?元々は外で暮らしてたしね。勝手はわかる」


 なんというかこのバニーガールを私は憐れんでしまった。外に出たことがない。本当に囚人みたいじゃないか。そんなのどうしたっておかしい。


「新入り…。お前はいい奴なのか?懲罰房におるのに?」


「いや、あなたもここにいるわよね?人のことは言えないんじゃない?」


「それもそうか!お前はおもしろいやつじゃのう!気に入ったで、新入り!」


「新入りはやめて、私は夢咲操っていうの」


「ゆめさきみさお?それは本名じゃろ?源氏名は?」


「…まだないの。考え中」


「そうか。すまんがウチの本名は言えん。パークの決まりごとはできるだけ守らなあかん。ウチの源氏名はハーキュリーズじゃ!客や同僚はリズって呼んでくれてる。お前もそう呼べや!」


「ハーキュリーズのリーズからリズ?わかったわ、リズ。でも女の子っぽい名前は駄目なんじゃないの?」


「仇名ならセーフなんじゃ!そこのアイドル気取りのチンピラも源氏名はアリスター、仇名はアリスって言うんじゃい!女っぽいやろ?」


 私は隣の房に顔を向ける。どうやらアリスとやらは房の奥にいるようでここからは姿が見えない。だけど何か息遣いのようなものと足踏みの音は響いてくる。


「おいアリス!お前もこっちにこいや!新入りはけっこういいやつだったぞ!」


「うるせぇよブスウサギ!あたしがレッスンしてるときは黙ってろっていっただろうが?!ぶっとばすぞ!」


 房の奥からリズへの暴言が飛んでくる。昨日はレッスンと称してダンスしてたけど、今もやってるみたいだな。


「お前も行かんか?操が外の大学に連れてってくれるんじゃと。お前も外に全然でえへんやろ?ウチらと遊びに行かへんか?」


「行かねぇよバーカ!アイドルに大学なんて必要ねぇんだよ!だいたい遊ぶ時間があったらレッスンするのがアイドルだ!邪魔すんな!」


「カリカリすんなやアリス。そんなにがむしゃらにやっても結果が出るとは限らんで。アイドルみたいな人気商売なんて運やで運。ちょっとくらい遊んだって罰なんて当たらん。こっちこいや。トランプあるで。新入りの歓迎会しようや」


「だから黙ってろクソウサギ!言っておくけどな!アイドルの人気は運じゃない!実力がすべての世界だ!どんなに運が良くても出来るのはステージに立つことだけだ!その先の実力がなきゃそもそもステージに立ち続けられないんだよ!てめーみたいに間抜け面でカードだけ配ってればいいカジノ組とはわけが違うんだよ!」


「んだとー!この野郎!ウチらがカード配ってるだけだと思ってたんか?!舐めんじゃねぇぞ!こちとらカジノの収益からゲームの難易度設定とエンタメのバランスを考え抜いて考え抜いて毎日毎日客と真剣に勝負してるんじゃい!尻を降って歌ってるだけのお前らアイドル組と一緒にすんなや!」


 リズの挑発に載せられてアリスは鉄格子の所まで出てきた。そしてとうとう二人の罵り合いが始まった。私は額に手を当てて溜息をついてしまう。


「尻だけ振ってるだと?!あん?!やんのかこら!アイドルのダンスの振りつけはな!一朝一夕で身に着けられるもんじゃねんだよ!てめーらがカードを無駄に弄って悦になるのとはわけが違うんだよ!」


「なにをー!カードのトリックほど難しいもんはないんじゃい!知らなければ騙されるし、知っていても騙される!知識の深さと体の記憶の鮮やかさがトリックの切れや他人の隠蔽を見抜く力になるんじゃい!それこそ長年の積み重ねがモノをいうんじゃ!」


 互いに鉄格子越しに罵詈雑言をぶつけ合う。いくら美人同士でもひどい絵面だ。


「あー。リズ、それにアリス。あまり騒がない方がいいと思うわよ」


「黙ってろ操!こいつにはわからせないといけないんじゃい!いつもうちらカジノ組にこいつらアイドル組は突っかかって来るじゃ!ここでケリをつけたるわ!」


「うるせぇんだよ!新入り!だれが仇名で呼んでいいって言ったよ!?あたしを仇名で呼んでいいのは同じアイドルの仲間たちとあたしを推してくれるファンだけだ!しばき殺すぞ!」


 互いの牢に手を伸ばして髪を引っ張り合ったり、頬をひっぱったりと、見苦しいキャットファイトを二人は始める。


「だいたいなんでカジノはバニーガールなんだよ!なんで素の首にシャツの襟だけ付いてんだよ!意味わかんねんだよ!だせえんだよ!」


「カジノの様式美なんじゃいこのやろう!だいたいアイドルとかキモいんじゃい!なんだよあのファンとか言うとるキモオタ共はよう!トイレ行かないとかほざく童貞どもばかりやんか!握手すると手も洗わんし!いみわからん!キモいんじゃ!」


「ざけんなこら!あたしのファンを馬鹿にすんじゃねよ!てめぇの所の客の方がキモいだろうが!リスクジャンキーの借金持ちばかり!不健康極まりないんだよボケ!」


「大金稼げる夢見せてるだけじゃ!そっから先は自己責任!それがギャンブラーっちゅう生きもんの美学なんや!」


 もう聞いてて居た堪れない。そう言えば派閥がこのパークにはあるらしい。カジノ組、アイドル組。確かに分かれて別の派閥をやってるのはごく自然な話だろう。ギャーすかぎゃーすかと二人の声が懲罰房に響く。


「なんだアリスターとハーキュリーズもぶち込まれてんのか?相変わらず元気だなぁ!ははは」


「やあ2人とも元気にしてるかい?」


 そんな時だ。新たなる声が響く。廊下の奥からなんとロミオとロメロ先生が歩いてきた。2人は私の房の前でその足を止めた。

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