○○○からの卒業
ゆーり。
○○○からの卒業①
暗く漆黒な部屋で吸血鬼のように起き上がる。 部屋全体には鴉の羽があしらわれており、黒い遮光カーテンもあるため朝になってもほとんど陽の光は届かない。
床に敷かれた黒いカーペットは更に異様な雰囲気を際立てる。 といっても、この部屋の住人は普通の人間だ。
目覚めた史暗(シアン)は服装は普通とは言い難いが、顔立ちそのものは至って平凡な少年だった。
―――・・・緊張して眠れなかったな。
―――まぁでも、いい緊張感だ。
転ばないようゆっくりと起き上がり窓を開ける。 寝ている時も付けているあるもののせいで簡単なことも容易にこなせない。
「卒業に相応しいいい天気だな」
今日は3月13日。 中学校三年生である史暗の卒業式だ。 それとは別に他に二つ程大切なことがあるのだが、今のところは関係がない。
史暗は顔を洗いに廊下へ行き階段を下りていると、思い切り滑りこけてしまった。
「いってぇッ!」
家族はいるはずなのに誰も心配してやってくることはない。 日常茶飯事だから慣れたのだろう。 腰をさすりながら洗面所へ行くと、姉の明南(アキナ)が歯磨きをしていた。
大人びた雰囲気を放ち始めているが、史暗以上に普通の大学生である。
「あ、おはよう史暗」
「おはよう、姉さん」
「アンタ、また転んだの? 物凄い音がしたけど」
そう言って明南は笑い史暗の背を指差す。
「ソレが原因で転ぶのさ」
指差した先には大振りな漆黒のマントがあり、史暗はそれをはらりとさせた。
―――いや、これは長ければ長い程カッコ良いんだ。
―――分かってないなぁ。
明南はうがいをし始める。 ガラガラガラと派手な音を立て、女性とは思えない激しめのうがい。 そのようなことからも分かるように、明南は男勝りで強気な性格をしている。
まだ口元も拭わないままにニカッと笑うと、史暗の肩を激しく叩く。
「今日告白するんだろ? 頑張れよ」
「うん、ありがとう」
大切なことの一つ目は、卒業を機会に好きな人に告白をすることだ。
「もし付き合ったらアタシに一番最初に紹介して」
「もちろんさ。 姉さんは自慢しても恥ずかしくないから」
「お、言ってくれるねぇ」
笑って明南は去っていった。 史暗も顔を洗いリビングへ行くと、既に母と父と姉が朝食をとっていた。
「史暗おはよ。 あとでブレザーが届くから、学校から帰ったら二階へ持って上がってね」
―――高校からブレザーか・・・。
―――学ランの方がカッコ良いんだよな。
―――ブレザーとかダサ過ぎる。
―――・・・いやでも、いいんだ、これで。
「ちょっと、さっきから一人で百面相して何してんのさ? テレビが見えないから邪魔なんだけど」
「あぁ、ごめん」
促され椅子に座った。
「史暗。 いらないものがあったら一階まで持ってきてくれ。 まとめて売るから」
「・・・分かった」
家族の仲はいい方だろう。 階段からこけても様子を見に来ないのは仲が悪いからではない。 ただ部屋にあるものを“いらないもの”と言われるのは嬉しくなかった。
―――いや、いらなくはないんだよ。
―――全て俺の大切な宝物だから。
―――まぁまだガラクタだと言われないだけマシだけど、いらないものって言われるのは聞き捨てならない・・・。
―――あぁ、いや、だからこれでいいんだって。
葛藤しながら朝食を終えると、ゴミ袋を持って自分の部屋へ戻った。
「よし、やるか」
天井まで張り巡らされている鴉の羽を全て取り始めた。 徐々に表れる本来の壁の色。
「・・・俺が一面羽にした理由はこれだよ。 壁色がピンクだからだ」
鴉の羽を取るとは決めたが、溜め息をつきたくなるのも無理はない。 家を建てる際、壁は何色がいいか聞かれたが『何でもいい』と答えてしまったため明南に勝手に決められたのだ。
こんな部屋にいれば、いつか頭がお花畑になってしまうと思いカッコ良さを求め鴉の羽を張り付けた。
「そうだよ。 元はと言えば俺のせいじゃない。 姉さんがピンク色を選ばなければ、俺は今頃健全に――――」
―ドンッ。
その声が聞こえたのか、隣の明南の部屋から壁ドンを食らった。 確かにピンク色を選ばれてしまったが、あの時決めなかった自分が一番悪いのだ。
「・・・ごめんなさい」
聞こえるはずもないが、自然と謝りの言葉を口にしていた。 作業を終えると学ランに着替える。
―――あの段ボールの中身、どうしよう。
―――アレだけ思い出として残しておこうかな。
―――綾音(アヤネ)さんにも隠していたらバレないでしょ。
窓を開けて思い切り叫ぶ。
「今日をもって俺は、中二病を卒業します!」
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