第1話 ハイスクールライフとオリエンテーション

校門に植えられている桜が一番美しく咲き誇る四月。その舞い上がる花びらによく似合う真新しいブレザーの制服。生徒の期待と不安の表情が見え隠れする講堂。


 「えー、新入生の皆さんは晴れてこの四月から烏ヶ辻商業高校の生徒となるわけですが……」

 校長先生らしい人の新入生歓迎の挨拶がそろそろ長く感じ、楓は見つからないように欠伸をする。

(早く終わらないかな……)

なんて思いながら、ふと外の景色を眺めてしまう。

春らしい陽気の空に小鳥も嬉しそうに飛び立っている。

いつの間にか校長先生の長ったらしい演説に終止符が打たれ、吹奏楽部による校歌演奏の第一声により楓は現実世界に引き戻される。服装は揃っていてもその演奏の音は絶妙に揃っておらず、果たしてこの在校生には歓迎の意思がどれほどあるのだろうかと楓は首を傾げる。


 市立烏ヶ辻商業高等学校。創立一三〇周年を間もなく迎える伝統ある商業高校。歴史ある学校にふさわしく校舎はその当時では最新の技術を結集させたモダンな造りの校舎だったのだろうが、現代となった今ではその古さは隠しきれず、深夜には肝試しで使われそうな外観となっている。内装もご多分に漏れずワックスすら塗られていない昭和な香りが鼻腔をくすぐりそうな教室の床。木製で出来た、お世辞にも趣のあるとはいえない古びたロッカー。そして、何といっても立て付けの悪い教室のドア。まさかドアまで木製とは。楓は、自分がジブリの世界の作品にでもタイムスリップしたような気分だった。こんな所で三年間、私は青春の高校生ライフを過ごすのかと思いながら、担任になるであろう先生が二名教室に入り、最初に担任・続いて副担任の先生が自己紹介をすると、クラスメイト一人ひとりの名前を確認するように出席をとり、各々が一言ずつ自己紹介をしている。


クラスメイトの誰かがただの人間には興味ありません。とバカげたことを言って教室内をドッと沸かせている。楓はそんな笑いにも目を向けず、教室の窓から外の景色をぼんやり眺めながら、物憂げに目を落とす。

 (本当はこんな学校来るつもりじゃなかったのに。)


 新しい環境というのは、どのような人間にとっても大なり小なり苦痛がある。少しでも早く新しい環境に慣れるようにと学校側は様々なオリエンテーションを用意する。本日はクラブ活動紹介。

 「どの部活に入ろうか悩んじゃうなー。」


楓の隣でそわそわしながら部活紹介のパンフレットを読んでいるのはクラスメイトの並河 藍子だ。活発そうな褐色の肌の少女はニコッと楓に笑顔を向ける。色白で表情も表に出にくい楓はそんな藍子の顔を見て少しドキッとする。女の楓でもときめいてしまうのだから、この表情を世の男達に向けられた日には、それはもう藍子を巡って戦争でも起こるのではなかろうか。

 一時間程の部活紹介が終わり、教室に戻った楓達新入生一同はどの部活にしようか各々の友人としゃべっている。藍子が目を輝かせて楓にこう言った。


「私、少林寺拳法部に入る!楓も放課後一緒に観にいこうよ!」


 楓は少し考える仕草をし、


「うーん、私はやめとこうかな。」


 確かに、部活紹介では派手な演舞や型の説明をしていた先輩も人柄が良さそうに見えた。

ただ自分が胴着を着て演舞をしている姿が楓にはどうも想像できなかった。そこに担任の小郡先生がやってきて、今日から二週間は仮入部期間であり、どのクラブも自由に見てもいいこと・正式な入部届は担任から受け取り、顧問の先生に渡すことを告げてオリエンテーションは終了となった。

放課後。楓は一人クラブ掲示板の前に立つ。商業高校らしく珠算部やビジネスマネジメントクラブ・〇〇なんてのもある。商業科や情報システム科が備わっているこの学校ではその手のテーマに興味がある生徒がいてもおかしくない。いやしかし、楓はこの学校において商業科にも情報システム科にも属していない。彼女の所属は英語を中心に学ぶグローバル科というここ数年前に新設された学科だ。

ゆえに興味は湧かないのだ。迷いあぐねた楓は一つのチラシに目がとまる。


『一緒にお芝居しませんか?トリ商演劇部・4階講堂にて絶賛活動中。』


 楓は考える。演劇部っていえば……ロミオとジュリエット的な?

部紹介でもそんなに目立つ感じでもなかったし気楽な遊び要素強めの部活だろうな。なーんて思ってみた。でもちょっと気になるし仮入部だからいつでも辞めちゃえばいいし、一回くらい覗きにいこうかな。楓はじっとそのポスターを見つめる。4階講堂。入学式でもオリエンテーションでも使われた場所だから知っている。楓は階段を上り講堂へと向かった。

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