第9話 区別の感情

 出発前に装備を点検する。武器、水、レーション、ビバーク装備一式、救急キット、他。

 開拓者の船は、この星唯一の緩衝地帯、この砂漠の真ん中にある。それは古い取り決めだったが、頑なに守られていた。今日は事前に打ち合わせた合流地点まで移動する。いつもは利便性を優先してビークルの装甲やドアは取り払っているが、基地の装置を使って装甲仕様に戻す。久しぶりの密閉空間は圧迫感がある。定刻どおりにビークルを発進させた。もうすぐ夜明けだ。



 星は定刻どおりに集合場所に現れた。


「良かった、来てくれて」


 星のビークルも装甲仕様に変わっている。敵国の車両と無線通信できる仕様にはなっていないため、窓を開けて声でやりとりする。


「行こう」


 遮るものなど何もない砂漠を走る。日中に車両を太陽の下に置いておけば、それだけでエネルギー供給としては十分だ。時々休憩して、準天頂衛星の電波を傍受して現在地を確かめる。


 予定の地点まで移動を完了して、ビークルを停めて夕陽を眺めて、簡単な野営の準備をする。お互いのレーションを取り出し、見比べる。行動に必要なカロリーと栄養素を補給する目的は同じなのだろうが、いかにも不味そうで実際に不味い栄養ゼリーがシリウスのものは蛍光イエロー、ベテルギウスのものは蛍光グリーンで興味深い。半分ずつ交換するが、不味さは甲乙付け難くて2人で笑う。味気ないがとりあえず必要なカロリーは補給できそうなクラッカーにそれほど違いはなかった。食後に湯を沸かして簡易コーヒーを作り、それも交換する。ひと口飲んだ星が顔を顰める。


「これは、酷い」


 自分では結構気に入っているコーヒーの味を全否定されて少々腹立たしいが、ベテルギウスのコーヒーは確かに美味かった。福利厚生ではベテルギウス軍に1ポイントだな、などと言って笑い合う。


 気がつくと、我々はほんの少しの空間を隔てて隣あって座っていた。ほんの身じろぎひとつで触れることができる距離に。そのことに気がついて、思わず黙ってしまう。


 この感情はなんだろうか。ある誰かを、他の誰かとは区別されているように感じるのはなぜなのだろう。


 私は無造作に砂の上に置かれている、星の手を握った。

 星が目を見開いて私を見上げる。どうしてそうしようと思ったのかは全く説明することができないが、私は星に顔を寄せて、その唇に、唇で触れた。

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