鉄火のグランギニョール

 原作は下記になります。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054887650397


 またこちらについても前の作品と同じように、本文が長いので一部のみ改稿させていただきました。


 雰囲気は素晴らしいものの所々にやはり違和感を感じる部分がありました。




 霧雨降りしきる夜、その男は倒れていた。


 その顔は脱力しているものの、眉や口元には意志の強さが見て取れる。 身体は鍛造して研ぎ澄ました様に屈強。 袖無しの黒装束は丈夫な布を取り回し良く縫製され、丸刈りの頭と同様に動き易そうだ。 鉄を入れたであろう底の厚い革靴も、嵩と重さで動きを殺すには至るまい。


 やがて、男は覚醒した。 目を開けた男をまず迎えたのは、吸い込まれるような暗い空と冷たい滴だ。


「……?」


 状況が分からぬままゆっくりと上体を起こせば、造形華やかな街が男の目に映る。 どうやら此処は街の通りの一つらしいと、男は一つ悟る。 各建物を繋ぐ渡り廊下のアーチや防犯用であろう鉄柵の装飾を見るに、文化的隆盛も相当のものだろうと思われる。

 しかし、どの家にも明かりや人の気配が無く、雨の夜の雰囲気も手伝いまるで廃墟のように感じられる。 見える限り、全ての家に頑丈な鎧戸が降りているのがその原因だろうか。


「此処は……?」


 男の漏らした呟きに反応があった。 無人の通りのはるか彼方で重々しく響く聞き慣れた音──空虚な静寂しじまを切り裂くような銃声が鳴り響いた。

 圧迫されるような、不安を掻き立てる空気の中で感じた人がいる確かな証。 しかしそれは、普通なら忌避したい不穏な、厄介事の気配を孕んだものだ。

 だが、彼はそれに誘われる様に立ち上がった。 その両腰に、鋼の輝きを携えて。



 霧雨に濡れる通りを、膝丈のブーツが水滴を蹴立てて走る。 それは、一人の女――動き易い様に身体に張り付く黒い外套コートは、闇にも輝くようなその白い背をざっくりと晒す。

 短くも腰と艶の有る黒髪と、紫の瞳の何処と無く母性を感じる美貌は雨に濡れ、或る種の美を醸していた。 それが焦燥に任せ背後を振り向くと、複数の影が彼女を追うのがその瞳に映った。


 一様に顔を隠した黒服の集団。 街灯を蹴り、屋根を走り、時には建物の壁を足場に、尋常ならざる方法で、尋常ならざる速度で彼女へ至ろうとする。

 しかし、風を巻き、雨水を蹴たて左右に身を振り、野生動物めいた速度で影達を引き離そうとする彼女もまた、常識の範疇にその身を置いていない。


 異常極まる速度の追走劇――集団と彼女は、常人では有り得ない速度で霧雨の街を駆けていた。


「く……ッ! しつこい……!」


 焦りと共に、彼女の手が外套の懐を探る。


「私の邪魔を……しないでッ!」


 吼えると同時、抜き放たれた手には鉄柱の如き前装式の大型拳銃。 クルミ材の銃把グリップを除き全鉄製であり、女性の手にあるには奇形じみた違和感を覚えさせられる。

 重く銃爪トリガーを引くや、影達の前方が轟音と炎に埋め尽くされた。


「……ッ!」


 一同は火力に呻くが、しかし次々、猛火の帳を突き抜ける。 それには銃の反動で大きく跳んだ女も一層焦った。


(……撃つかな、実弾)


 今の銃撃は、距離を取るのと相手をすくませるのを期待した空砲だ。 物騒な武器を持っていながら殺傷を好まないのが、焦りに歪む眉根に見て取れた。

 しかし、その逡巡が彼女の意識を散らしていた。 空を舞う一人に気付かず、銃撃が肩を掠めていた。


「――あぐッ!」


 足がもつれた途端、一際大きな影が走りながら夜にも露わな鉄塊を取り出した。

 束ねた銃身に螺旋の刃と、銃口にノミ状の三枚刃を光らせるガトリングガン――しかし、銃身を回転させるクランクが何処にも見当たらない。 銃弾を装填する弾倉すら付いていない。 にも関わらず、空気と雨とを切り裂いて物騒な銃身が回り出した。


(ダメ……躱せない……!)


 弾倉が何処にも見えないまま、重々しく響く音速超過の嵐が彼女を薙ぎ払った。 火炎放射のごとき銃口炎が眩しく夜闇を切り裂く。 しかし、苛烈なまでの弾着は石畳を砕き、盛大に撒き散らされた火花と破片と粉塵が視界を奪う。

 およそ十秒の斉射に着弾地点の路地は見事に抉り尽くされていた。 だが、粉塵の晴れたその中に女の存在を示すものが無い。


「……!?」


 余剰回転する機関砲を立てる黒服の大男が、鍔広帽とマフラーの隙間から覗く目に驚きを浮かべる。


「くッ、何処へ……!」


 先程、女の肩を銃弾で掠めた女が、眼以外を隠す赤布を思わず下げ、褐色の鋭い美貌を覗かせる。 そのすらりとしながらも豊満な肢体に張り付く黒服の腰から、もう一丁の拳面に刃を突き出す幅広の短剣――ジャマダハルを抜き、刃の両面に一つずつ並ぶ銃口を視線と共に周囲に走らせる。

 他の影達も静かに探し、路地の奥や上を見ても目標たる女は居なかった。


 当然だ。 女は彼らの死角──その路地を成す建物の屋根の上に寝転がっていた。 しかも、あの丸刈り男に口を封じられたまま背後から抱かれて。


「……? ──? ~~~~~~~~!?」


 何故、このような状況に至っているのか、一瞬にして引き寄せられたこと以外何も分からないまま、男の胸で戸惑う。


「××××」


 男が彼女の耳元で囁く。 しかしそれは彼女には耳慣れない、異国の響きを持つ言葉だ。 それがまた不安をかき立て、ただただ男に抱きすくめられ口を塞がれているという事実に慌てるのみ。


「~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」


 声を出せない事がますます恐慌を誘う。 さらに、その男が肩口の血を指で掬い、舐め取った事で、背筋に寒気すら走る危機感により一層の恐慌を募らせていた。


「~~~~~~~~~~~~~ッッッ!」

「――落ち着かれよ、花一輪」


 男の言葉が、先ほどとは違い確かな意味でその耳に届いた。 得体の知れない男から、言葉の通じる相手となったことで、彼女の心は若干の落ち着きを取り戻す。


「私の言葉は分かるな? 今から離すがどうか叫ばないで貰いたい」


 彼女としても黒服たちに見付かりたくはない。 男に従い、静かに離された手にも沈黙を守った。

 抱きすくめていた手も離され、女は何かに怯えるようにゆっくりと身を起こし、正体不明の男へと向き直る。 黒髪と黒い瞳──最初の言葉で予感していた通り、この国の人間ではない。


「あの……助けてくれたのは、貴方ですか?」

「うむ」


「何故……」

「お主が、追われていた故な」


「私が誰だか、ご存じ無いのですか?」

「うむ、知らぬ」


 男は胡坐をかいてうんうんと頷きながら腕を組み、その耳に黒服達が去るのを感じつつしみじみと眺めた。


「私に分かるのは、これほどの花を散らす奴ばらは無粋、と言う事だけだ。 ううむ、実に美しい……!」


 ぱしん、と膝を叩いて彼女の美を称賛する。


「声に至っては銀の鈴がごとし、心根に至っては得難き輝きではないか! それを掻き抱くは何たる役得……あいや失礼! や、その、予想外に大きく……あ──いや、ではなく……!」


 言えば言うほど下世話な本音が漏れるその男に、呆気に取られる一方で思わずくすり、と微笑が零れた。


「おお……笑えば蕾が綻ぶごとし! それこそが何よりの馳走!」

「……何故、私の心が美しいと?」


 かすかに目を拭っての問いに、男は女の握る銃を指差す。


「さもなくば私を迷わず撃っている」


 予想外の冷酷な洞察に、女の笑みが固まる。


「だが、お主は黒服の見も知らぬ男……ともすれば奴らの仲間やも知れぬ私に撃つのを躊躇ったのだ。 それも追われる最中で……お主が万人に誇れる良識を持っているのは、疑いようがないではないか」


 少なくとも邪悪に爛れてはいない、と男は笑って見せた。

 だが、女は応えない――その代わりにほろほろと涙を零す。


「ぬ? 何とした? 何処いずこか痛むか? ああ、そう言えばそうであった」


 男の手が、裂けた肩口を優しく握った。 痛いのは触れた一瞬のみ、それから以降は触れた部分から全身が温まっていく。

 それは、陽だまりを受け止める様な安らぎだった。 痛みと冷えた身体を癒すその感覚に、握っていた銃を取り落としたことすら気付かずにただその温かさに心地良く身を委ねる。


「…………」


 しばしの時をおき、そっと手が離れる頃には、肩の傷が無くなっていた。

 女が温もりの余韻に揺蕩たゆたうままに見ると、男はまるで慈父の如くに優しく微笑んだ。


「うむ、これで良いな」


 患部を確かめるのにかこつけて、外套の破れから覗く白い肩をじっくりと拝んでいると、突然、女がその胸に飛び込んだ。


「?」


 その甘い髪の香りに心の中で喜ぶも束の間――彼女はそのまま声を押し殺して泣き出した。


「ふ……っ……う……ぅう……ッ」


 勿論何故そうするのか男には判らない。 此処が何処なのかも分からず、彼女が誰かも分からない。 彼にしても、己の魂が望む形に動いたに過ぎない。

 そして今、しがみ付いて震え泣く彼女を、やはり魂が望む様に抱き締めて頭を撫でた。


 しばしの時間が流れ、落ち着き加減の彼女が、会ったばかりの男の胸に自分を埋めていた事を悟って赤い顔を離す。


「す……すみません、急に」

「いや、女子おなごすがられ安心されるとはこれこそ役得。 こちらこそ至福の思いであった」


 だがその睦言の様な空気を――はるか彼方のがしゃん、と響く音が無粋に乱した。


「ぬうう……美女との逢瀬に水を差すとは不埒千万! 止めてくれよう!」


 其処で待て、と言い残し、男は屋根の上を彼女や影達にも劣らない速度で飛ぶ様に走って行った。

 それを、しばらく彼女は見送り──満ち足りた様な微笑で銃を拾い上げ、立ち上がる。


「異邦の優しい方……忘れませんよ、今夜の事……」


 そして男と反対方向を向き──


「……きっと、死ぬまで」


 ──小さく、それでも心に刻むように呟く。

 何故、其処まで思いつめるか、今はまだ分からない。 ただ彼女は、舞う様に宵闇に姿を消した。





 切って短くできるしそうした方がいい文をわざわざ繋いで長くなってしまっているところが多いと感じました。



「丸刈りの頭同様動き易そうだ」

 この部分は『頭』『同様』『動き』と漢字だけでくっついていて、一見した時にどこで区切るのかが分かりづらいです。 もちろん読めば分かるのですが、漢字同士で複数の単語が繋がるのはあまり推奨できません。 助詞を入れる、もしくは読点で区切ることが好ましいです。

 ただし、この後の『造形華やかな』という部分のように切ることで逆におかしくなるようなケース、くっつけざるを得ないケースもあるので注意してください。



 倒れていた男が覚醒してまず目に飛び込んでくるのは寝転がった姿勢からだと空や建物の壁になります。 横を向いていた、あるいはうつ伏せに倒れていたならありなのですが作品のハードボイルドな雰囲気にはそぐわないかと思います。



「しかし現在が雨の夜と言う事、家の明かりや人の気配が無い事も含めてまるで廃墟だ」

 明かりや人の気配がないことが廃墟のように感じさせる主因であって、雨の夜というのはそれを助長するような役割になっています。 なのでまずは主因を挙げ、補強するように雨の夜というのを付け加える方が自然に感じられます。



(………撃つかな、実弾…)

 これは三点リーダーが前後とも奇数になってしまっている点が一つの問題。 それと個人的な感覚ですが三点リーダーで始まり三点リーダーで終わる文は美しくないなと感じます。

 また三人称の地の文で三点リーダーが使われるのも美しくないというかどこか抜けた印象を受けるので私は好みません。 間を表現する時は「──」を使っています。 こちらも「─」を偶数個を繋げて使用するものですが奇数の箇所がありました。



「異国の言葉を発するが彼女に分かる筈も無く、ただただ男に抱きすくめられ口を塞がれているという事実に慌てるのみ。」

 これがですね、三人称もキャラの視点に立つことはあるんですが「異国の言葉を発するが」というのは「彼女を抱きすくめる男が」といった感じに頭につけないと男の視点に感じられます。 「慌てるのみ」というのは女性の視点のように感じられて、つまり一文に複数の視点が混在しているように感じられて相当な違和感があります。 もう少し文を付け足して客観的な視点と受け取りやすくした方がいいですね。


 改稿では最後の部分ですが地の文を途中で切り会話文を挟む場合、会話文の後に切った文の続きを入れる方が自然かと。 また切り方として読点で切るのではなく「──」で切り、続きの頭にまた「──」を入れる方が美しいなと。 これは昔の作品では俺もやっていなかったことですけど最近はそう感じています。

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