走れ!!!

三浦花

第一部

曇天

1

「8分16,17,18,19,20,21.....」

マネージャーによってカウントされる数字が一瞬で遠ざかる。左手を見ればサッカー部がなにやら基礎練習のようなものをみんながぞろぞろと列をつくって行っている。反対側では短距離ブロックの生徒たちがハードルを使って練習をしてる。そして足元には真っ赤なタータン。

そんな中、二宮華は少し前を行く男子生徒の背中を見つめながら、淡々と走る。


華がこの桜ヶ丘高校に陸上の推薦で入学したのは去年のことだ。それから、練習方法が身体に合っていたのか、面白いようにタイムを伸ばし、二年になった今では女子では華よりも前を走る部員はいなくなった。


「三池!ラストー!二宮!ラストー!」

顧問の声に、ギアをあげようと足元を見てぐっと力を込める。前を走る三池という男子部員の背中が少しずつ近づいてくる。喉に血の味がする。息が苦しい。けど、大丈夫だ。もう少しで追い付く、そう思うと同時にラインを越えた。

「9分30!」

すぐには止まらず、コースのすぐ内側を流すように走る。一番乗りで走り終えていた長距離ブロックリーダーの三年男子、燈真先輩がこちらを振り返る。

「相変わらず、女子ではぶっちぎりな!耕治もあとちょっとで負けるとこだったぞ、がんばらんと!」

男子で3000m9'30"は陸上部としては速くはない。面白くなかったのか、三池耕治は小さく、うす、と返事するとそのまま歩いていってしまった。

「たく、しょーがねーやつ。どうよ?もうすぐ東海大会だけど、調子は。」

「悪くはないと思います、たぶん。」

去年の記録会で華は3000m, 9'26"という自己ベストをマークした。一年生ながら、部でトップのタイムだ。ただ、それ以来少し調子を落としていた。けど、今は大会に向けて調整する期間だし、この調子で行けば、本番にはちゃんと合わせられる予定だった。

燈真先輩もいろいろ心配はしてくれたが、調子の上がらない理由はよくわからなかったし、そんなもんだろう思う。


ただ少し、

最近ほんの少し、前より陸上が楽しくなくなっている気がしていた。

6月になったばかりの、暖かい少し湿った風が吹いていた。

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