⑨ 逆プロポーズ ~side:神谷~

 見開かれた、化粧っけのない目を見て、頭をかかえたくなる。

 あちゃ。

 やっぱり怒っていやがる。

「……なんでここがわかった」

 年頃甲斐もないスニーカーでおそるおそるというように、彼女が近づいてくる。

「ももぽんが、倒れたって聴いて、かけつけたの。ひとまず大丈夫だってきいて、帰るところだったんだけど。『かみやん』って呼ぶ男の子の声が、聞こえて」

 かみやん。

 そう言うと、彼女は。

 せいらは、オレのベッドのふちで、頽れた。

「その右手と、右足。こんな、こんなのって……わーんっ」

「その泣き方どうにかしろ。わかってるか、お前一応年頃まっさかりだぞ」

 大声で膝に顔をうずめて泣く。

 やっぱりだ。

 愛しさがこみあげてくて、どうしようもない。

「あたし、司法書士の勉強やめる。ずっとかみやんについて、お世話する。ね、いいでしょ?」

 やれやれ。

「それを言わせないための嘘だったのに、これじゃ形無しじゃんか。あーあ、オレ超かっこわり」

「なに言ってんのよ!」

 きっと顔をあげて。

 泣きながらの説教のはじまりだ。

「生徒かばって大けがして、あたしの夢をつぶさないために、嫌いになったって嘘つくなんて。かっこよすぎるのよ、ばか」

 きれいな髪を撫でたい衝動は抑えきれなかった。

「子どもじゃねんだ、入院生活くらい一人でできるよ」

 彼女の額と額を重ねる。

「だから、夢をかんたんにあきらめるなんて言うな」

 そのまましばらく時がすぎる。

「……あたし、司法試験受ける」

「よし」

「そのあいだに、きっとかみやんも治るわ。そしたらプロポーズしてくれる」

 事故にあう前だったら、即答していた。

 でも今は。

「それは、どうかな」

 震えながらそう言うのが手一杯だ。

 ごめんな、せいら。

 そう言おうとした言葉は、彼女によって遮られた。

「あるいはもし、治らなかったら。そのときは」

 すっと、男前に、せいらは息をすう。

「あたしから言うわ。結婚して。――龍介」

 首に抱き着いてくるその背中を抱えながら、返事をする。

「まぁ、考えとく」

「断っても、かみやんのマンションまで家財道具一式持っていっちゃうんだから……」

 ふっと笑ってつぶやく。

「押しかけ女房か、きらいじゃないぜ」

 せいらの頭をぽんぽんとたたいたとき、片方の手の無事をはじめて、喜ばしいと思った。

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