⑪ プランスを訪ねたさきで ~もも叶の語り~
セルニーヌ侯爵はあたしを馬車に乗せると、急いで戻らなければならないと言って一人、屋敷へ戻って行ってしまった。
ついたのはフランス文地方の孤児院。
ここで、プランスと言われる男の子に会えってことだったけど。
なんでもフランス文学地方を収める王子で、今は田舎に身を隠しているらしい。
見上げた王子様で、孤児院にかけるお金を増やしてくれて、恵まれない子どもたちを頻繁に訪問しては 元気づけていて、侯爵おすすめの心がイケメン男子なんだとか。
そりゃたしかに、立派な王子様なのかもしれないけど、だからって強引に恋人にすすめられてもこまるんだけどな。その王子様にしたって、あたしみたいなお転婆娘をいきなりあてがわれたってまいっちゃうだろう。いや、こんな美少女とつきあえるんだって喜んじゃうかな? それはそれで困るな。ま、そのへんはあとでなんとかしよう。
とにかく、そのプランスに会っちゃえば、マーティンたちを釈放する証拠が一気に手に入るんだ。
「セルニーヌ侯爵のもとにおられる、チーム・文学乙女のもも叶様ですね。こちらです」
係の初老の女性に案内されて、やってきたのは、小さな子どもたちが戯れる中庭だった。
中心に男の子が立っていて、みんなにスープを配っている。
「よろしければあなたさまも、どうぞ」
女性から小さなお皿が渡された。
「おにいちゃん。僕のとこにいっぱいくれよ」
「一人分を食べてからな。まだまだじゅうぶんあるから」
「わーおにいちゃん、ルッツがあたちのスープとった~」
「こら。みんなでちゃんとわけなきゃだめだろう」
「おにいちゃん、こっちのスープしょっぱすぎだぜー」
「あぁ、ごめんごめん」
「いつもカノジョにつくってもらってるからだろ! しゃーねーな」
「うん」
「僕の、大切な人なら……もっとじょうずにつくれたかもしれないな」
ガチャンと、手に持ったお皿を勢いよく落とした。
彼のアールグレイの目が、あたしをとらえる。
そのまま、目にもとまらぬ速さで背を向けると、おにいちゃんと呼ばれた彼は駆け出した。
でも、関係ない。
そのますます細くなった腕を、あたしはがしっとつかんでいた。
「マーティン」
「……人違いだ。僕は、ここのプランスで――」
あたしの平手打ちが、彼の頬にクリティカルヒットした。
子どもたちが驚いて瞠目するなか、彼は腫れた頬を、あたしに向けた。
「……あいからわず容赦がないな、もも叶は」
そうつぶやいたあと、しまったと口元をおさえる。
「ばか。ばか――ばか! いったいどこでなにやってんの! こんなに、胸のつぶれる想いさしておいて」
小さく息を吐いて、とうとう観念したように、彼は言った。
「……僕の名前は、この地方では重罪人になってしまったから、僕がいたままでは、きみもそのうち」
「……っ」
声を殺すことすらせずに、あたしはしゃくりをあげて泣いた。
彼は困ったように笑って、
「そうやって、泣かせることになるって思ったから」
あいかわらずだ。
あいかわらずすぎて泣けてきて、腹が立ってきてしょうがない。
「もし、マーティンと追われる身になったとしたら。泣いて泣いて、一緒に逃げる。全力疾走だってできる! でも」
あたしは口をつぐんだ。
風すら、その場に音をくわえるのを遠慮したようだった。
「マーティンがいなくなっちゃうかもって思ったあたしは」
はっとして彼がこっちを見る。
「泣くことすらできなかった。心が空っぽになって。なんにも感じなくなっちゃって……。セルニーヌ侯爵がいなかったら今頃」
「セルニーヌ……」
マーティンはうめくように言った。ルパンの偽名だ、と。
でもそんなことは、もうどうでもよかった。
「……ごめん」
「許さない」
「ごめん」
「何回言われても足りな――むっ」
涙を流したまま抱き寄せられて、抵抗する間もなく。
あたしは、彼に唇をふさがれていた。
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