おまけの章 おつきあいは?

 みんなが帰って行って、二人きりになって夜。

 お風呂を終えたわたしは、星崎さんのお部屋に向かっていた。

 一日の終わりのあいさつをするため。

 廊下を歩きながらふと、マーティンとももちゃんが言い残していったことが気にかかる。

『星崎さんは夢未から病気をもらえなかったことで、地味にへこんでいるんだ』

『うん。もも的にもわかる。ま、王子のプライドってやつよ』

『……そういうわけで、言動には気をつけたほうがいい』

 気をつけろって言われてもなぁ。

 ノックして返事があると、そっと扉をあけて、言う。

「おやすみなさい、星崎さん」

「うん。おやすみ」

 おじぎをして、扉を閉める。

 その扉がまた、空いた。

「待って」

 まだお仕事をしていてシャツ姿の星崎さんが、わたしの手を引いて、部屋に入って。

 ベッドにすわって、突然、ぎゅっと、抱きしめられた。

「怖い夢を見るかもしれないから」

「えっと、もう、だいじょうぶ――」

「いや、違う」

 そっと自由になった視界に、いつになく切羽詰まった彼の顔。

「今日は離したくない気分なんだ」

 ……。

「きみの運命を、オレがかわるって決めたのに」

「星崎さん、それは」

 ふたたび、視界が暗くなる。

「言わないで。少し黙って、きいてほしい」

 彼の心地いい香りがする。

「……はい」

「はじめは、不憫に思ったからだった。でも、笑顔を向けられるたび。想われるたびに。

この中で、きみのことが大きくなっていって」

 くすぐったい香りに身をよじる。

 星崎さんてば、ほんとにどうしちゃったんだろう。

 大事に思ってくれているなんてこと、もうとっくにわかってる。

 だって。

 病気をもらいうけてくれるなんて、大切な娘とか、妹にじゃないとしないもの。

 そう言うと、彼はわたしの身体を離した。

 頬に手を添えて、正面から見つめてくる。

 困ったように笑った。

「もうわかってくれていると思ったけど」

 そして、ちょっぴり大人な笑いを浮かべる。

「こんなに小さくなかったら妻にするって言ったよね」

 ……。

 あ。

「あれ。――本気だったんですか」 

 わたしをなぐさめる言葉じゃなくて?

「オレが冗談を言ったことがある? いつでも本気だ」

 ……その真偽はともかく。

 星崎さんが、わたしを好き。

 ほんとうに?

 いぶかりながらゆっくりと、その事実が、身体に落ちてくる。

「あの」

 わたしは顔をあげた。

「じゃぁ……お付き合い、してくれますか。わたしと」

 笑顔のまま、彼が固まる。

「え」

 視線が宙をさまよって。

「あぁ、そういう、こと」

 がたがたと、なにかがわたしのなかで崩れていく

 え?

 ええっ?

 なにこれ。

 思ってたのとちがう。

 ぜんぜんちがう。

「そういうの、ちゃんとしてくれない男の人はだめだって、せいらちゃんが言ってました」

 ぷくっとふくれて彼の視線を追いかける。

「いや」

 まだそらされる彼の視線をやっぱり追いかける。

「とりあえずキープしとこうとか、そういう都合のいい女の子にはなるなってももちゃんも」

「……」

 こほんと咳ばらいして、ようやく彼がこっちを見てくれる。

「ちがう。きみの友達が言うようなことじゃ絶対に、なくて」

 あ、また目そらした。

 その顔はどこか、ほんのり赤い。

「つまりその、親代わりでもある身としては、その年のきみをどうこうしようっていうのが少し抵抗があるというか」

「わかりません。星崎さん、どっちなんですか。わたしとお付き合いしたくないんですか」

 ……。

 ふうっと息を吐いて、彼は言った。

「高校生になって、きみにまだ気持ちがあったら、もう一度そう言って」

 ああ。

 力が抜ける。

 やっぱりこうなるの。

 耳元にさらに、ささやかれた。

「そのときは逃げない。遠慮もしない。約束しよう」

 何度目かの未来の約束。

 なのに、毎回胸がどきどきしてしまう自分が、ちょっと悔しい。

「ううん」

 そしてわたしはいつも、こうして彼に抱き着く。

「そのときは、わたしのほうが逃がしません!」

 星崎さんが笑い声をあげて、頭をなでてくれる。

 秋月がほんのりほほリンゴ色に染めて、窓の外から見守っていた――。

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