⑪ ブラックドールの過去

 声がやんだとき、わたしはエレベーターの中にいた。

 力がぬけて、その場に座り込む。

 せいらちゃんも、ももちゃんもいなくなっちゃった。

 じんわり視界がにじむ。

「あとのことを任せられたということは、露木様も園枝様も、本野様を信頼していたということです。とても深く」

 ボタンの前には、黒いドレスのブラックドールさんの後姿。

「それは、大好きという言葉に変換することも可能です」

 ぽつり、言葉が落ちた。

「ありがとう」

「お気になさらず。あなたさまはお客さまです。プログラムにしたがい、もっとも必要だと思われる事実を抽出し、発話したまで。お客様のもとめる言語情報の提供は、わたくしめの主たる責務です」

 ふっとうつむいて、ぽたりと落ちるしずくを隠す。

「ブラックドールさんもです」

 たっぷり一秒くらい間があいた。

「不完全な文章。よって解読不能です」

 わたしは顔をあげた。

 そこには相変わらず完全に後ろを向いた受付嬢さんの姿がある。

「ブラックドールさんも、ブラックブックスのほかのメンバーさんと同じです。悪い人に思えません」

 それなのに。

「よけいに、わからなくなりました。どうして、現代から本を消し去るなんて、とても悲しいことをするんだろうって」

 淡々とした声が返ってくる。

「その動機はメンバーによりさまざまです。この時代に生きる人々が文学にふさわしくないというルーシュン様のご意向に賛同する者も、あるいはまったく別の理由から当社に加わった者もおります」

 ブラックドールさんは、なんでも答えてくれる。

 それでわたしはつい、きいてしまった。

「ブラックドールさんは、どうしてこの組織に?」

 また、間があいた。

 今度は、二秒くらい。

「本野様の読書量ならばご一読なさっていることとぞんじます。『くるみ割り人形とねずみの王様』なる童話を」

「はい。すてきなお話です」

 ブラックドールさんは完全に静止している。

 瞬きもしないみたい。

「わたくしめの出身本でございます」

 それは、主人公の女の子が人形にされた王子の呪いをといて、結婚するお話。

「ねずみたちと王子率いる人形軍が戦争する場面があるでしょう。わたくしめはあの場面で人形軍の兵士として戦っていた一人です。主人公たちのような運命は用意されておりませんでした。体中ひきさかれたうえ、人生の終わりを迎えたのです」

「そんな」

「わたくしめの肢体を修繕したうえで、あの方は。ルーシュン様は約束してくださいました。わたくしを意義のある存在にしてくださると。人体に詳しいルーシュン様はわたくしを無限容量の書物記憶装置に改造してくださったのです」

 どこまでも機械のような口調に、たまらない違和感を覚える。

「世界中の書物の記録に成功したあと、盗んだ本を焼き払うためです。二度と、この時代の人々の目にふれぬよう」

「そんなの……ブラックドールさんも、それがいいことだと、ほんとうに思ってるんですか?」

「その問いの解析履歴がありません。ゆえにお答えいたしかねます。ただ、それがかなってはじめてわたくしめは、意義のある存在になれるのです」

 そんな。

 そんなのって……。

「意味のある存在になるために、ぜんぶ言うことをきくんですか」

 そんなの、悲しい気がする。

 頭の片隅から、声がする。

『きみはお父さんのおもちゃじゃないんだ』

 大好きな優しい声。

 わたしは、その声にうなずいた。

「ブラックドールさん。ルーシュンさんから、離れたほうがいいです」

きっと、彼はドールさんをおもちゃや便利な機械としか思ってない。

「わたしも、わたしのことを利用しようとしている人から、離れることに決めました。その人のこと、とても好きだから、すごく、つらいけど。そうしたほうがいいって、言ってくれた人がいたんです。それで、そうすることにしました。わたしのことをずっと、大切にしてくれてる人だから」

 ドールさんの表情はやっぱり変わらない。

 でも、相変わらず、言葉は返してくれた。

「その方のくださったという言語情報は、本野様にとって、宝物に分類されるものなのですね」

 その言葉に、顔を上げる。

 そう。

 彼のくれた言葉のひとつひとつは、今も、わたしのなかできらきらと光っている。

「ですが、ご忠告は受けかねます」

「どうして……」

「わたくしにとって、宝物に分類しうる言語情報をくださるただ一人の方は、ルーシュン様なのです」

 そうか。

 心に言葉がすっとはいってくるあの感覚。

 ブラックドールさんがそれを感じることのできる相手が、あの人なら。

 ……それなら、どうしようもないのかも。

 わたしはもうそれ以上は言わなかった。

 愛してほしい人から離れる。

 そのむずかしさはよく知っていたから。

「ですが」

 再びつむがれた、ドールさんの声に耳を傾ける。

「本野様の心から発せられた何物かを受信いたしました。受けた波動の名前は蓄積データにありませんが、応答すべき言語は抽出できました」

 この言語が導き出された過程は解析中であり、お答できませんが。

 ドールさんはそう前置きして、行った。

「お心づくし、感謝いたします」

 そのとき、エレベーターのドアが開いた。

「四天王最後の一人が、最終会場までご案内いたします」

 四天王ナンバー1がアイリーンさん。

 ナンバー2と3が白雪姫の継母さん、シンデレラの継母さんだった。

 対戦すべき、最後の一人ってこと。

「2階 実験室です」

 扉の前で待っていた人を見て、わたしは立ち尽くした。

 黒いマント。金色のふちどりのしてある衣装。素顔のわからない仮面。

「漆黒のナイト。お客様を頼みました」

 そのマントがひるがえる。

 その中には、きれいな装丁の本がいくつか――。

 取り戻さなきゃ。

 せいらちゃんとももちゃんのために。

 同じ時代のみんなのために。

 わたしがわれに返ったとき、ナイトさんはフロアの奥に走り出した。

「待って!」

 わたしは、エレベータを飛び出した。


             夢っちの読活ちょっといい話 その②


 わたしとももちゃんのビブリオ漫談、どうだった? なかなか健闘したんだけどなぁ~。

 ビブリオ漫談のほかに、ビブリオバトルっていう、知的書評合戦もあるよ。

 数人のバトラーと呼ばれる人たちが、自分のおすすめする本を5分くらいで紹介して(通常そのあと2~3分の質問コーナーを設けます、)観客の人たちがその中でいちばん読みたくなった本にそれぞれ投票を行うの。一番得票の多かった本はチャンプ本に輝くよ!

 大好きな本の紹介が、誰か一人の心にでも響いたら嬉しいよね。

 人前での発表がちょっと……という人も、お客さん兼りっぱな投票者として参加できるのもいいところ。

 全国の図書館や書店で実施しているから、興味があったら参加してみてね。

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