⑦ 子ぶたの夢とんショー、開幕

「動物を愛する心を忘れてぎすぎすしている寂しいみなさんこんにちは! 栞町動物園名物、動物ショーの時間がやってまいりました!」

 黒服の大人たちはじーっと暗い表情で見ている。

 司会のももちゃんはかまわずに、舞台袖をさした。

「さっそく本日の主役の登場です! 愛嬌ばっちり、みなさんにほっこりをとりもどす、まぬけなぶたさん、ゆめとんです~」

 指示されたどおり、四つん這いで歩くけど。

 ももちゃんその紹介はないよっ。

 わわっ。

 途中にあった石でこてんと転ぶ。

「さっすがゆめとん! のっけから爆笑を誘うぬけっぷりです!」

 黒服のみなさんは、無表情でしーん……。

 ああこの空気! 泣きたい。

「それではまずは、入浴ショーです。ゆめとんは自分でおふろにはいれます」

 ええっ、そんなの聞いてないよ~。

 さっとやってきたももちゃんに耳打ちされる。

「着ぐるみのままさっさと水槽に入ればいいの! はやくする!」

 ももちゃんの、鬼。

 お湯の入った水槽までたどり着くけど、バスタブが高くてなかなか登れない。

 ようやく上までくると、つるり。

 足をすべらせて、そのまま盛大に中におっこちた。

 ぷっ、くすくすとあたりからかすかな笑いが起こる。

 あれ?

 効率化クラブの人たちが、笑ってる?

 それにしても、このお湯の温度、ちょうどいい。

 いい気持ちだな~。

 このまま浸かってればいいのかな?

 なんてのんきに思っていると。飛んできたハチドリさんが、水差しを加えて水槽におゆを注ぎはじめた。

 うさちゃんたちも一列に並んでバケツリレーでせっせとお湯をたしてくれる。

「ゆめとんちゃま、もっといっぱい、頭まで湯水に浸かるでちゅ」

 しゃべれるのにもびっくり。

 これって、動物さんたちのおもてなし?

 気持ちは、うれしいけど。

 お湯がどんどんあふれてくる。

 このままじゃ。

 案の定、数分とたたないうちに、洪水が起きて。

「わぁぁ~っ」

 あふれてくる水に押し出される。

 手足をぱたぱたさせるけど、水に流されてくるくる回って……。

「ゆめとん、やってくれました! パディントンと同じハイレベルなおまぬけ技! 必殺『お風呂でおぼれる!』」

 司会者ももちゃん、解説してないで助けて……。

 ようやく水がはけると、今度は舞台の上にせいらちゃんがやってきた。

 その手にはおいしそうなドーナツがいくつも。

「お次は、お姉さんが投げるドーナツをたべまくるゆめとんです」

 って、オットセイじゃないんだから!

 ブタさんなのにそんなことするの?

 わたしは身に着けている、ぷっくりした着ぐるみをみやる。

 ちなみにこのコスチューム。

『秘密の花園』からお急ぎ便でとりよせたものなの。

 ヒロインと同じことが起こるドレスのなかに、まさかこんな一着があるなんて。

 この衣装のイメージは『ドリトル先生』にでてくる子ブタのガブガブ。とっても食いしん坊で、食べ物の研究本を書いたりもする、仲間たちの愛嬌ものなんだ。

 そのせいか。

 このぶたさん衣装着てからものすごくお腹が空くの!

 お昼にたこやきと、食後にケーキまで食べたのにっ。

 どうしよう、これじゃほんもののブタさんになっちゃう!

「行くわよ、ゆめとん!」

 わたしはせいらちゃんの投げるドーナツを次々にお腹に収めていく。

 ふぇぇぇぇ。

 おいしいよ~(泣)。

 もう一個、もう一個といつの間にか声援がかかってるし。

 う、気持ちわるい。

 食べすぎちゃった。

 もしかしたら、星崎さんもどこかで見てるかも。

 こんなとこカレに見られたら。

 なんて言われるだろう。

 頭の中で声がする。

『いっぱい食べる夢ちゃんを見てると、幸せを感じるな』 

 顔が赤くなって。耳が垂れて。

 たまらなくなって。

 きゃぁぁっ。

 わたしはごろんごろんとその場に転がった。

「照れてる、かわいい~」

「もっとやって~」

「ゆめと~ん」

 わたしははっと気が付いた。

 いつの間にか、黒服の人たちは客席からいなくなって、代わりにたくさんの家族や友達同士、カップルのみなさんが笑顔で声をかけてくれてる。

 わたしにたいしてだけじゃない。

 ほかのエリアにいる動物たちもきらきらした視線をあびて、さっきまでより気のせいか、生き生きしだしたみたいだ。

 なによりの証は、近くの売店に、『動物会議』や『ドリトル先生』の絵本が戻ってきて、並んでることだった。

 舞台袖から、マーティンがオーケーサインを出してくれる。

「夢未。健闘おつかれさま。作戦成功だ」

 やった……!

 わたしたち、勝ったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る