⑧ ルーシュンと漆黒のナイト

 栞町動物園の本部ビルの最上階のガラスから、おもしろいものが見える。

 ブタの着ぐるみを着た少女が大勢の人の笑顔をあびていた。

 彼女の名は本野夢未。

 わざわざ見にきただけのことはあった。

 部屋にはさきほど撤収の指示を出した黒服の部下たちがそろっている。

 ワイングラスを傾けて、正面にいる人物に話しかける。

「彼女、僕のことを漆黒のナイトだって。最高だよね。きみのことは一ミリも疑ってないみたいだったよ、ほんものくん」

 漆黒の王子の服を着て、仮面の下の顔を隠しているその彼は黙っている。

「ここでまでだんまりを決め込むこともないだろう。仲間内なんだからさ」

 そばにひかえた雪の女王が補足する。

「ルーシュン様。ナイトは不機嫌なのです。彼女を危険な目にあわせるとは聞いていないと」

「はは。自分の立場わかってるの?」

 グラスを揺らして、傾ける。

「ブラックブックスに志願した時点で、きみはぼくの部下なんだから、そこをわきまえてもらわないと困るな」

 漆黒の王子は口を開かない。

「第一、きみが頼み込むからあの子にチャンスをあたえて、テストしてやったんじゃないか。まぁ、良質の実験道具が見つかって、僕だって得は得だけれどもさ」

 部下のナイトは立ち上がると、誰に断るでもなく、扉から姿を消した。

 星崎さんとはスマホで連絡をとって、さっきのベンチでおちあった。

「夢ちゃん、探したよ。カフェから急にいなくなるんだから。それもみんないっぺんに」

「ごめんなさい。ちょっと、白クマさんを見に行くつもりが迷っちゃって」

 頭を下げてから、訊いてみる。

「あの星崎さん」

「ん?」

「さっき、見てましたか」

「なにを?」

「えっと、動物ショーで、わたしがぶたさんになってお風呂に入ったり、いっぱい食べたり」

「……なに、それ」

 うわっ。

 さすがに、迷子のときになにやってるんだ! って怒られるよねっ。

 でもカレの次の言葉は。

「そんなの、すごく……見たかったじゃないか」

 へ?

 にっこり星崎さんは笑った。

「家に帰ったらやってみせて」

 ぎょっ。

「だ、だめです!

 さっと、歩き出すついでのように右手をとられて。

「いや、強制だよ。心配かけたおしおき」

 ひゃーん。

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