② いきなり戦闘シーンです!

「お待ちなさい!」

 あたしの一言で、お店は騒然としだした。

 栞町駅ビルの最上階にある、星降る書店。

 ターゲットはブラックブックス。

 彼らに盗まれた本は、この時代の人々の記憶からも消え去る。

 時代を行き来する謎の集団。

 素性と目的は不明。

 でもなんにしろ、文学のなかにある愛と夢と友情と。

 すてきなものを根こそぎ奪おうとするなんて、あたしたちチーム文学乙女が許さない。

 ケストナーさんから連絡を受けたあたしたちは、星降る書店のフロア全体が見渡せる七階の手すりの上に参上していた。

 眼下に広がるはひとつ下の六階。

 その出入り口から、今まさに出ていこうとしている黒いゴスロリ風ファッションのカップルに向かって、呼びかける。

「あなた方がバッグに隠して持ち出そうとしているもの。ちゃんとお金を支払ったのかしら?」

 ふっとほほ笑んで、指をつきつける。

「『ロミオとジュリエット』。古今東西に通じる、感動的で悲しい恋の物語をこの時代から消し去ろうとするブラックブックス。あなたたちの正体はとっくにわかっていてよ!」

 うーん、気持ちいい。

 アクションアニメ好きとしては、一回言ってみたかったのこんなセリフ。

「チーム・文学乙女の露木せいらが、水の都をまるごともってきて、頭を冷やしてあげましょうか?」

 我ながら、今回の決め台詞もばっちしだわ。

 あ、みんな知ってる?

『ロミオとジュリエット』ってイタリアのベローナって街が舞台のお話なのよ。

 イタリアといえばベニス。水で囲まれてる街よね。

 なんて、満足感に浸って解説してる場合じゃなかった!

 カップルがすきをついて逃げようとしてる!

 そこへ躍り出たのは、入り口で張っていたあたしの仲間。

「させるか! もも・アタック!」

 カップルの男の人に頭突きを食らわせて、転ばせる!

 横になった彼のバッグからはやはり、このお店の商品『ロミオとジュリエット』が出てくる。

 さっとその本を拾ったももぽんだったけど、

「くそ。返せっ」

 男の人の力のほうが強く、もみあって本を奪われそうになってる……!

 そこへ、新たな声がひびいた。

「ももちゃん、パス、パス!」

 六階の少し奥にいた、チーム最後の一人、夢っちだったの。

 ももぽんはうなずいて高く本を放り投げる。

 夢っちはそれをナイスキャッチ。

 盗人カップルは夢っちに視線を移して追いかけようとする。

 そのときには、あたしは夢っちと彼らのあいだに回り込んでいた。

 入り口近くのももぽんと、挟み撃ちよ。

 男の人は悔しそうに歯ぎしりする。

 その背中をすばやく彼女がたたく。

「今日のところは引き上げましょう」

 男の人は女性にうなずくと、二人そろって店の外へ消えていった。

 あたしとももぽんは目を見かわして微笑む。

 一件落着。

 そう思った直後だった。

「きゃぁっ」

 店の奥から、これは夢っちの声だわ。

 ももぽんと一緒に、あわてて夢っちのいるほう――新刊の棚の裏のあたりまで駆け寄る。

 夢っちは、何者かに突き飛ばされて、転んでいた。

 許せないわ。

 あたしのダチに手荒な真似をするなんて。

「けがはない?」

「うん。……でも、本が」

 夢っちの視線の先を追うと、そこには。

 黒い帝王のようなマントと、仮面。ところどころ金の装飾がついた王子のような服装。

 あいつは。

 ももぽんが叫んだ。

「漆黒のナイト!」

 ブラックブックスの手先の一人なの。

 くっ。こいつまで紛れ込んでいたとは、うかつだったわ。

 漆黒のナイトは、本を持ったまま逃げる――かと思いきや、こっちにゆっくりと近寄って来た。

 とっさにあたしとももぽんは、夢っちをかばおうとする、けど。

 彼は夢っちの手を取ると、そこが擦り切れているのを見てとって、マントから出した絆創膏を、張った……!?

「あ。あの、ありがとう、ございます」

「夢っち何言ってるの!」

「そうだよ、油断しちゃだめ! どんなワル魔法が仕込んである絆創膏か知れたもんじゃ」

 そう言うけど、夢っちは首を横に振った。

「大丈夫。ナイトさんは、悪い人じゃないよ」

 また、おひとよしなんだから……。

「あの。『ロミオとジュリエット』、返してもらえますか?」

 夢っちが静かにそう言う。

 漆黒のナイトはその仮面でじっと夢っちを見て――首を横に振った。

 そして。

 すばやくマントをひるがえしたかと思うと、もう次の瞬間には、星降る書店のどこにも、彼の姿はなかった。

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