番外編 どっきりは恋のスパイス
プロローグ いたずらな恋カツ
春休みまっただ中の今は、メルヒェンガルテンも花盛り。『みどりの指』ふうにバラやツリガネソウで彩られた道を通った先にある本の中の世界にあるカフェ『秘密の花園』にて、わたしとももちゃんは、ティータイムを楽しんでいた。
チーム文学乙女のもう一人、せいらちゃんは塾の春期講習で今日は欠席だ。
恋愛中の神谷先生と会えるから幸せ、とか言ってたけど。
「無事本の中の事件も解決したし、ここんとこマンネリだよね~」
白いテーブル席に、春らしいレースのテーブルクロス。赤毛のアンのいちごを使ったパフェを長いスプーンでつつきながらももちゃんがぼやくのは言わずもがな、恋のこと。
「マーティンは相変わらず優しいけど、デートに誘うお店とかわりとパターン化してきちゃって」
う~ん。
スプーンをふりながら、カレとの恋模様のことを話すももちゃんの気持ち、なんとなくわかる。
「星崎さんもあいかわらずで。クリスマスに無茶してから、毎朝きかれるの。体調はどう? とか、変わったことはないだろうねって……」
もちろん、心配してくれるのは嬉しい。
けどこう同じ状態が続くと、ちょっと新しい出来事がほしくなるよね。
「恋にもスパイスが必要というものね」
そう言ったのは、いちご柄のティーポットを持ってきてくれたこのカフェの店主、モンゴメリさんだ。
今日は黄緑の小花散るワンピースに、まとめ髪には桜の輪をかざってる。よく見ると、ふちなし眼鏡から垂れる鎖にも金の桜が。モンゴメリさん、今日もおしゃれだ。
「キュンキュンを補充するのに、なんかいいアイディアないですかね~。モンゴメリさん」
わたしと、言葉を発したももちゃんの前のティーカップに、湯気のたった赤い紅茶を注いでくれながら、ゆっくりとそのうすピンクの口の端が持ち上がる。
「そうね。物語も恋も、中だるみには、小さな驚きがとても有効よ」
「驚き……サプライズ?」
「プレゼントってことかな! カレが喜んでくれるように!」
ぱちりと手をたたいたわたしに、チチっとモンゴメリさんは唇を鳴らした。
「十割喜びの驚きもいいけれど、そこに少しだけ焦りやハラハラドキドキを演出するのもまた一興。小説のクライマックスを思い浮かべてみて」
そう言われてももちゃんと顔を見合わせて、うーんとうなる。
「『飛ぶ教室』のクライマックスは、学校同士のけんかとか、マーティンが里帰りできないかも! っていう危機が訪れるよね」
「それ、ほかの本でもそうかも。『小公女』でセーラがいじわるされたり、『シンデレラ』でお姫様の魔法が解けちゃったり」
「じらしたり、からかったり。ちょっとしたお茶目も恋に必要ということ」
紅茶を注ぎ終えて眼鏡越しのウインクとともに踵をかえしたモンゴメリさんの後姿を目で追って、ももちゃんがぽんと手をたたいた。
「わかった! どっきりだ!」
「へ?」
いきなりなワードにピンとこなくて首をかしげると、
「だから、今度の文学乙女の活動! カレにどっきりをしかけるんだよ!」
「え、えぇ~っ!?」
どっきりって、嘘の危機的状況を演じたりして驚かせる、あれ……?
「わたしが星崎さんに? できるかなぁ……」
なんかものすごく、自信がない。
「せいらには報告書として提出すれば神谷先生とのデートで参考になるかもしれないし! うへへっ、マーティンにどっきりか~。楽しそう。やば、いいの思いついちゃった……」
そうこうしている間にも、ももちゃんは思いついた計画を語り始める。
ももちゃんのカレのマーティンは、本の中からやってきた男の子。
正義感が強くて少し天然。うん。考えてみると、どっきりをしかけるにはむいている人材かもね。
でも、星崎さんは……。
わたしは一緒に暮らしている十三才年上の好きなカレのことを思い浮かべる。
完璧で隙がなくて、星崎さんが騙されるところなんて、想像できない。
「だーいじょぶ! あたしも一緒に考えたげるって! 自慢じゃないけど、いたずらには自信あるから」
どんっとももちゃんは胸をたたいて……それってほんとうに自慢にならないような。
「まず、あたしの計画をきいて! マーティンへのどっきりにはね、こんなのうってつけだと思うんだ――」
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