⑬ 決意新たに
ママに、マーティンといっしょにお散歩でもしてくればって言われて。
お泊りデート二日目は、栞町のセンター街をふらふらしていた。
星降る書店を見て、立ちっぱで疲れたから、近くの通りのベンチに座って。
二人並んで、ぼうっと空を見上げる。
今頃せいらと夢は、あの不穏な空気のパレ駅で待ち伏せ作戦中だ。
二人とも、だいじょうぶかな……。
ふとマーティンを見るけど、なにも言わない。
カレも気づいてたかな。
星降る書店の『名作の部屋』に、『飛ぶ教室』がおいてなかった。
たんに在庫切れってこともじゅうぶん考えられるけど。
でもやっぱり、気になるよ。
今朝ジョニーと別れて家に戻ったらすでにマーティンは起きてて。
なんとなくなにがあったか、察してるっぽいんだよな……。
「もも叶」
ベンチの背もたれに、両手をあずけて、空を見たまま、マーティンが切り出した。
「もし僕が、本の中に無理やり戻されたとしたら」
どきりとして、思わずまじましと隣のカレを見る。
マーティンはやっぱり空を見ていた。
「待たなくていい。もも叶は、もも叶の幸せをつかんでほしいんだ」
あたしは前に視線を戻した。
連休中日。街行く人々はおしゃれで、いつもよりご機嫌に見える。
「マーティンってさ、頭はいいけど、ほんと、乙女心がわかってないよね」
「え?」
「女の子は、ジョニーがするみたいに、強引にオレについてこいって言われると、そうしたくなっちゃうもんなの」
また、気軽な軽口をはじめるつもりだった。
なのにマーティンはがっと身体を起こして、真剣な顔をしはじめる。
「そうか。そうかもしれない」
え?
なんでそこすなおなの?
「ジョニーにもちかけられたんだ。協力してきみを本の中に連れ去ろうって」
!
「ほんとうはそのとき、少しだけそうしたいと思った。でも彼と別れて店を出たとき、雨がふってきたんだ」
雨?
いったいなんの話なんだろう。
「それで思い出した。本の中にいたときのこと。僕が母親に会えないからって泣いてたときがあっただろ」
うん。
それは『飛ぶ教室』のワンシーン。
何度読んでもこっちまで悲しくなってしまう場面だ。
「そのとき、一粒だけ空から雨が降ってきたんだ。本を読んでいたきみの涙だ。そのあとで、僕は本の外の世界と、きみのことを知って、ここまで来たんだって思い出した。時代も世界も違ってもいっしょに泣いてくれた子がいることが、嬉しかった。家族と会えない悲しみをわかってくれたきみを、この手で家族とつきはなすのかって思ったら」
ひざの上で組み合わされたカレの手は、かすかにふるえていた。
パパの前で泣いたあの表情を見たときと同じ、たまらない気持ちがこみあげてきて、そっとそこに手を重ねる。
「マーティンは本の中に閉じ込められたりしない。いつでも自由に行き来するの。ブラックブックスなんかの好きにはさせない」
「もも叶……」
ぱしっと、特技のウインクをかましてみる。
「必ず解決しよう。そしたら……いつか、マーティンの家に、連れて行って」
手の上にさらに彼の片手が重ねられた。
「あぁ。約束だ」
あたたかい空気が流れた――と、言いたいところだけど。
急に凍るような冷たい風がふいて、彼と顔を見合わせる。
「五月なのに、こんな風……」
「それも南の方角からだ」
なにか、おかしい。
あたしははっとした。
もしかして、また雪の女王が現れた……?
そう思ったときにはマーティンは立ち上がって、あたしに手を差し出してきた。
「この南といえば、ちょうど帯紙公園の方角だ。行こう」
はじかれたように立ち上がり、あたしはカレの手をとった。
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