⑱ わたしを鎮める言葉

 わたしは、栞町の町中を歩いていた。

 スマホで調べながら、レストランを目指す。

 今日は、お父さんとお母さんと、お食事をする日だ。

 二人と会うのはほんと久しぶり。

 なんて言ってくれるかな。

『夢未、大きくなったな』

『ちょっとかわいくなったんじゃない? 中学の話、聴かせて』

 とか……。

 もしかしたら。

『今まで、ほんとうに悪かった』

『これからは、また家族に戻れるかしら』

 なんて。

 レストランの扉の前まできたとき、立ち止まった。

 扉はガラスになっていて、奥にいる二人が、見えた。

 少し前は、見慣れた後姿――。

 あ……れ。

 わたしは反射的に下を見た。

 足が動かない。

 凍っちゃったみたいだ。

 ほっぺたや身体のあちこちに受けた衝撃が蘇る。

 お父さんの怒った顏。

 お母さんの失望した顔。

 夢の中で、いつも見る、顔。

 あの後ろ姿の向こうに、その顔がわたしの目にはほとんど見えていた。

 息がつまったようになって、倒れそうになる。

 その場にしゃがみこんだ。

 逃げなきゃ。

 わたしは走っていた。

 レストランに背中を向けて。

 遠くへ。

 向かったのは、事務室の扉だった。

 星降る書店の。

 察していたかのように出てきた彼が、荒く息をする肩に手を置く。

「ほし、ざきさん……、星崎さん」

 わたしは、彼の胸に顔をうずめた。

「できなかったんです」

 抱きしめられる感触が伝わって、それで安心したかのように全身が震えだす。

「いざお父さんたちに会うってなったら、身体が震えて、わたし、おかしくなって。怖くてたまらなくなったの」

 機能をおかしくしたみたいに、汗も涙も、言葉もとまらない。

「いや。二人に会う勇気がでないわたしがいや。前にあったこと、思い出すのもいや。ぜんぶがいやなの。星崎さん……」

 背中をたたかれながら、声がかけられる。

「よく、ここに戻ってきてくれたね」

 ゆっくりと諭すように、言われる。

「当然のことなんだよ。きみはなにも悪くない。怖くなったら、そのたびにおいで。震えが止まるまで、抱いてるから」

「あ……うっ、あぁっ」

 どうしても思っちゃうの。心のすみのほうで、お父さんとお母さんは、わたしのこと愛してないんじゃないかって。

 そう言うと、彼はゆっくりわたしと向かい合った。

「お父さんとお母さんがいろいろともつれてしまったのはきみのせいじゃない。ゆっくり、ほどいていくしかないんだ。でも、確かなことが、一つだけある。オレはきみを傷つけるものは許さないし、何を置いてでも幸せにするつもりでいる」

 ぎゅっともう一度抱きしめられる。

「愛してる。夢未」

 目を閉じて。そのまま身を任せた。

 ずっとほしかった言葉。

 まだ、身体はがちがちいっているけど。

 心の荒波はだんだん、静まっていく。

 星崎さんがいてくれるから。

 もう、怖くない。

 だいじょうぶ――。

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