⑯ あしながおじさんマジック

 星崎さん


 中学校のクラスで仲良くなった男の子から、一緒に図書館に行こうって誘われたので、明日行ってきます。

 いっぱい楽しんできます! 遅くならないうちに帰るので、心配しないでね。それじゃ。


                                       夢ちゃんより


 え?

 横から除いたわたしは首をかしげる。

 わたし仲良くなった男の子なんていないし、そんな約束もしてないけど。

 ふと見ると、星崎さんが青い顔でこっちを見ていた。

 じっと見つめられて。

 そして、言われる。

「夢ちゃん……だめだ。図書館に行くのは許可しかねる。きみの行く場所としてふさわしくないと思う」

え? でもそれもなんで??

 図書館って、小学生も本読んだり勉強したりするのにいい場所だし、大人だってふつう、行ってきなさいって言うんじゃ?

「誰でもかんたんに涼みに行けるぶん、危ない人だっているかもしれないでしょ。誰かに連れ去られたらどうするの」

 うーんそうだけど。

「それ言ったら、どこもダメになっちゃうわよね」

 せいらちゃんがつっこむ。

 それでも星崎さんの瞳はまだ切なげだ。

「休みの日に遊びに行く場所、星降る書店ではだめかな。本くらいいくらでも買ってあげるから」

「でも、星崎さん、わたしやっぱり図書館には通いたいかなって。お金だってかからないし、

読み終わった本を返せるから収納スペースもいらない。図書館、便利です」

 いつも利用してる好きなスポットをこれから使えないっていうのはちょっと、困る。

「あぁ、夢ちゃん」

 がっと彼は片手に顔をうずめる。

「きみはなんて頑固になってしまったんだ。夢ちゃんに不自由させないためなら、オレはなんだってしたいと思うのに、それなのに……」

 星崎さん?

 彼はますます落ち込んで、力を抜かれたようにしゃがみこんでしまう。

 な、なんかヘンだよっ。

「はははは、かかりましたね。自分のものだとばかり思っていた小さな女の子がほかの人のものになる危険がでてくると、すてきな年上の殿方も、まっさきにおどおどして、みじめな行動をとってしまう。世話をしているという立場すら利用して、理不尽な理由で阻止したくなってしまうのです。これこそ『あしながおじさんマジック』です」

 ずいぶんとめちゃくちゃ言うけど。

 たしかに、これってそういうことかも。

「あしながおじさんは、孤児の主人公の女の子にお金を出して大学に行かせてくれる、正体不明の篤志家。基本的にミステリアスに描かれます。が」

 ジェーブシキンさんはぬっと顔を前に出す。

「その正体は、一世代も年下の女の子に手玉に取られてしまう、しかもその子を独占したい、たんなる、ちょっとかわいい男の人なのです!」

 うん。そう言えば。

 主人公のジュディが大学の休暇中、知り合いの男の子の家に招待されたんですって嬉しそうに手紙に書くたび、あしながおじさんの秘書から返事が届くの。『彼はあなた様がそのお屋敷で休暇を過ごされることを望んではおられません。おじさま所有の農園に行かれるようご希望です』。

 ジュディは憤慨しながらも、従うしかなくて……。

 たしかにこれって。

 せいらちゃんが断言する。

「はっきり言ってたんなるやきもちよね」

「しかも金と権力ふりかざして、自分の手の届くとこにいさせるって」

 ももちゃんもあきれるように、かっこいいイメージのあしながおじさんも、ちょっとトホホな人かもしれない。

「オレは、そんな人間だったのか……」

 あぁ、星崎さんが倒れかけてる!

 そこにもショック受けてるのかな……?

「そんな。星崎さんは、そこも含めて、すてきです!」

 わたしは彼のピンチ(?)を救うべく、すくっと立ち上がった。

「本屋さんのお仕事に忙殺されて、名ばかりの社長の席。実際は残業の日々。くたくたに使い古されて、お風呂は二十分以内しか入れない。唯一の楽しみは残業しながらのコーヒー。

でも飲み過ぎていつも眠れなくなる。気持ち的には更年期(星崎王子ファンクラブ会長調べ)。そんな星崎さんのご老体を、いたぶるなんて許せない! チーム・文学乙女の夢未、いまから本気、出しちゃいます!」

「……今の夢ちゃんのせりふがいちばん痛かった……」

「ありゃ、王子が再起不能になってるよ。夢ってばけっこう言うね」

ももちゃんがなにか言ってるけど、気にしない!

「シャルロッテさん。ジェーブシキンさん。二人は、それぞれ書簡体小説に登場する人物ですね。でも、二人のお手紙のお相手は、本の中でとても不幸になってしまった」

 そう。

 シャルロッテさんは『若きヴェルテルの悩み』の、ジェーブシキンさんは『貧しき人々』の登場人物。

 ジョニー先輩に借りた本、読んどいてよかった。

 二人は、現代の世で手紙で幸せになる人達ばかりではそれぞれの恋人が報われないと考えて、ブラック ブックスのメンバーになって、『あしながおじさん』と手紙が運ぶ幸せをこの時代から消そうとしたんだ。

「ジェーブシキンさん、あなたはワーレンカさんに同じ貧しさを味あわせたくなかったから、自分もお金がないのにたくさん贈り物をしたりしたんですよね。シャルロッテさんも。彼が死んでしまったあととてもショックを受けて気を失ったのは、やっぱり幸せになってほしかったからです。それが友情でも愛情でも」

 書簡体小説『あしながおじさん』のもう一つのマジック。それは読んでるこっちまで幸せになる驚きのハッピーエンドなんだ。

「二人とも思い出して。最初の気持ちを。大好きな人を不幸にしたい人なんていないはず」

 シャルロッテさんもジェーブシキンさんもうつむいて考えてくれているようだった。

 そして、シャルロッテさんが口を開き――。

「あなたになにがわかるのよ」

 その瞳には涙がにじんでいる。

「彼の気持ちにこたえられず、死なせてしまったわたしの気持ちが」

その肩を紳士的に抱きながら、ジェーブシキンさんが静かに言う。

「たしかに我々は手紙の相手を不幸にしたくなかった。あなたの言うことには一理あります」

 再び上げた彼の顔はとても――うつろだった。

「だが、相手を不幸にした社会をあなたがたなら好きになれますか?」

 それは……。

 この場にいる、誰も答えられなかった。

「シャルロッテ。行きましょう。今回は引きますが、我々の心をささげるお方の邪魔を続けるようなら、我々は何度でもお相手いたします」

 ブラックブックスの二人は森影の中に、静かに消えていった。

 盗むはずだった一冊の本を、わたしの手元に残して。

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