④ 町から本が消えていく? ~もも叶の語り~

 中学校生活がはじまって、一週間。

 はじめての授業に部活のオリエンテーション、どたばたの毎日だったけど。

 中休みにあたしたちはようやく、中学生になって初の文学乙女会議を開くことができた。

 場所はもちろん図書室! あたり一面優しい茶色い壁にかこまれて、天井が吹き抜けになっていて。栞町中学の図書室ってモダンだ。

「では、文学乙女会議はじめます……って言っても」

 言いかけて、顔がふんにゃりしてしまう。

「恋も本の中も順調だし、これといって議題ないよね~」

 せいらがふふんと笑う。

「ももぽん、放課後は毎日フェンス越しにカレを見てるんでしょ? 青春だわね~」

「なんのなんの、社会の授業中神谷先生を見放題のせいら嬢にはかないませぬ」

「なっ。いくらなんでも授業中にそんな目で見たりしないわ! 時々しか!」

「二人ともよかったね。……そんなときに悪いんだけど、議題の起案、いいかな」

 おずおずと手をあげたのは、夢だった。

「夢。ごめん」

「どうぞ、話して」

 せいらと二人で促すと、夢はちょっと真剣な顔になった。

「このあいだ、星降る書店で、お仕事中の星崎さんとお話したらね、ちょっと気になることを言ってたんだ」

 ふんふん。

 気になることって?

「最近本屋さんから、頻繁に本がなくなるんだって」

 それって。

「万引きってこと?」

「うん。わたしもさいしょ、そうかなって思ったんだけど……」

 夢がそう訊いてみると、星崎王子はこう答えたらしい。

『いや、そうとも言い切れなくて』って。

 真剣な表情がせいらにも伝染する。

「それは、どういうことかしら」

 夢は静かにうなずいた。

「まるで、みんながきれいさっぱりその本のことを忘れていくみたいなんだって。本が消えると同時に、その本の場所を聞かれることや、電話で問い合わせを受けることもぱったりなくなるみたい。その本がないから困るってことがぜんぜんなくて、それが不自然で不気味なかんじがするって言ってた」

 あたたかいはずの春の室内に、うすらざむい風が吹いた気がした。

「これは、恋愛ぼけしていられるのもあんまり長くなさそうね」

 せいらの声がみょうに胸にずっしりくる。

「でもさ、本にも流行りすたりってもんがあるし、たんにみんなの興味がそれただけかもだよ。今は様子見でいいんじゃない? なにか直接被害がでないうちは、心配しててもしょうがないって」

 場を明るくするねらいもあって、あたしはわざとおどけて言ってみる。

「そうね。ももぽんの言うことにも一理あるわ。ここはモンゴメリさんやケストナー先生に報告して、指示待ちね」

 モンゴメリさんとケストナー先生は、本の中の世界にいる、過去の天才作家。

 本の中の世界の動向を気にかけていて、チーム文学乙女の活動をサポートしてくれるんだ。

「じゃ、この議題はオッケー。次いくね。夢の恋はどうなの??」

 我ながら急すぎたかな、夢がひっと声をあげる。

「ももぽん、すごいわね。あたしだって超気になってたけど訊けなかったのに」

「えーだってさぁ、夢は小学生のとき、星崎王子にキスさせた女だよ?」

「も、ももちゃん声がおっきい!」

 真っ赤になる夢にはいつものことなのでかまわずに、テーブルにひじをつく。

「でも王子も王子だわ~。唇奪っといて好きの一言もないとか。これどゆつもり?」

「夢っち。あれから、カレとはどんなかんじなの?」

 せいらにうながされてぽつりぽつりと夢は話し出した。

「星崎さん、朝は早く出て行って夜はいつも遅いから、最近ぜんぜんお話できてなくて。待たないで先に寝てなさいって言われちゃうから、じつはほとんど話せてなくて……ようやう、今日の夕方、時間がとれるから、星降る書店が入ってる駅ビルのカフェで話そうって言ってくれてるんだけど」

 あ。

 あたしはさっき夢が言ってたことを思い出した。

 星崎王子に本の気になる問題を聞いたのは、星降る書店でって言ってたよね。

 そっか。

 会えなくて寂しいから、一緒に暮らしてるのに、わざわざ仕事場までカレを見にいっちゃったんだね……。

 そう言うと、夢はあわてたように手を振った。

「心配しないで、ももちゃん。さみしいのはあるけど、星崎さんと毎日じっくり話さなくていいのは、ちょっとほっとしてるんだ」

 え?

 なんだそれ、余計心配になる。

「星崎さん、わたしのことなんでもわかっちゃうみたいな、不思議な能力あるから……。顔をあわせると、知られたくないこともばれちゃいそうで」

 ぬぬぬ?

 心配をさらにあおられたのは、あたしだけじゃないらしく、せいらも身を乗り出した。

「夢っち、星崎さんに、隠し事してるの?」

 あって口元を覆っても、もう遅いよ。

「なにぃ?! 王子の知らないところで、ほかの男と会ってるとか! 夢も隅におけないんだから……!」

「夢っちってば、不潔」

「ちがう、ちがうよー」

 泣きそうな顔で、夢が否定する。

 冗談だっつーの。

 でも、夢が語ったことは、ある意味それより深刻だった。

「最近、夜よく眠れないの」

 そう言われて、あたしははっとした。

 夢は基本的にまじめだし、勉強もちゃんとするタイプだ。

 それなのに近頃は、授業中ぼーっとしてることが多い。

 大好きな国語の授業ですらそれだったから、気になってはいたんだ。

 それは眠れてないからだったんだ。

 心配かけたくないから、ほんとは、二人にもひみつにしたかったんだけどなぁって、本人はとほほ顔で言うけど。

 いやそれ、かわいい顔で言ってる場合じゃない気がする。

「怖い夢、見るの?」

「うん。……まぁ」

 訊くのが怖かったことを、せいらが訊いてくれる。

「もしかして、お父さんの夢?」

 夢は困ったように黙った後、一回だけうなずいた。

 きっぱりとあたしは言う。

「夢。王子に話しな。今日の夕方、すぐに」

「ももぽんに賛成。夢っち、これは日常生活と健康にかかわる問題よ。うやむやにすべきじゃないわ」

「夢が言えなきゃかわりにあたしが言う」

 断言すると、夢はあわてて胸の前で両手をふった。

「ま、待って。きっとそんな深刻なことじゃないと思うの。お父さんのこと夢に見るのはたぶん、最近お父さんから連絡があったからだと思うし」

 本日、最大の爆弾だ。

「なんだってぇぇ?」

「たまたまマンションの郵便受けを見たら、手紙が入ってたの。家族で、わたしの入学祝いをしないかって」

 それは……。

 正直、慎重になるべきだろう。

 夢のお父さんは、何度も夢を殴ってる。

 去年の冬だって――。

「さすがにそのことは、カレに相談するつもりだから。だから、お父さんの夢を見ることは、黙っててほしいの。去年の冬にはすごく心配かけちゃったし、星崎さんのあんな顔、もう見たくなくて。だから」

 夢……。

 せいらを見ると、やれやれと首をふってあたしを見返してきた。

 そんなけなげに手を合わせられたら、なんにも言えないじゃん……。

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