夢もも探偵事務所 事件ファイル5 ~さがしものの正体~

さがしものの正体

この話を、いつもの語り手であるあたしの助手夢ソンではなく、探偵のあたし、ももロック自らお届けすることを、読者のみなさまにはさいしょにお許しねがいたい。

 というのも、あたしも驚いていることなのだが、今回の事件の容疑者となったのは、ほかならぬ我が助手だったからなのである。

 大晦日のその日、いつものレギュラーメンバーで忘年会をしようということになり、手土産の和菓子を手にあたしは星崎王子のマンションのインターホンを押した。

 右どなりには厚手のダウンコートのせいらと、普段のスーツを返上してセーター姿のかみやせんせいがいる。左どなりの我がカレ、マーティンの、かがみもちがでかでかと描かれたパーカーにはもはや言及したくはない。

 扉を開けてくれた星崎王子は真冬だというのに薄手のTシャツにジャージのようなズボンをはいていた。首をかしげるあたしたちに照れたように笑って言う。

「みんな、ごめんね。大掃除が思ったより長引いて。今ようやく終わったところなんだ」

 それを訊いてなっとくするが、続く言葉がやけに余韻を残すものだったのが気にかかる。

「あくまで、オレの担当箇所は――なんだけど」

 さ、入ってという言葉に甘えて玄関の敷居をまたいでいると、すぐ横の部屋からぱたぱたはたきでもはたく音がきこえてきて、ああそうか、と思いいたる。

 夢ソンに割り当てられた箇所がまだ終わっていないのだ。

 何事も丁寧なのが我が助手のいいところだが、効率という意味においてはいささか弱いのはいなめないだろう。

 年末掃除に関しては、毎年ママにやらされているのでこのももロック、ちょっとした覚えがある。ここは一肌脱ぐか、と思っていると。

「夢っちのお掃除、あたしも手伝いましょうか?」

 高級マドレーヌのお茶菓子を手渡していたせいらに先をこされてしまった。

 お茶菓子の袋を受け取りつつ、王子はちらと隣の部屋のドアに目をやり、

「気持ちは、とても嬉しいんだけど」

「遠慮はなしです、星崎さん! 掃除なら得意です、母に鍛えられているので」

 またまた言おうとしたセリフを、マーティンにとられてしまった。

「しょうがねーな、年末も大学のレポートにバイトのデスクワークにって、運動不足だったからな。協力しますよ」

 腕まくりをしながら神谷先生もやる気十分だ。

 なのに星崎王子は困ったように首をよこにふった。

「ありがたいんだけどね。それには少し、問題があって」

 あたしたちが首をかしげたその傍らからは、物を動かしたり、またもやはたきでぱたぱたやったりという音が持続的に響きつづけていた。

 ひとまずリビングに通され、みんなで持ち寄ったようかんやらカステラやらを囲みながら、事情をきくことにする。

 お菓子をテーブルに並べ終えて、ようやく席に着き、放った王子の一言めは、じつに奇妙なものだった。

「じつは、夢ちゃんがきかなくてね。彼女がオレの部屋を掃除し終えるまでは、ぜったいに部屋の扉を開けないでほしいって」

「……掃除するときはほこりが舞うから、部屋の窓や扉は開けるのが基本だ。夢ソンはそんなことも知らないのだろうか」

「もも叶、そこじゃないだろう」

「わかってるよ、今のあえてのボケだから!」

「これは、なんだか、事件の香りね!」

「あっ、せいら~」

 なんだか今日は、セリフを奪われてばっかりだ。

「はは~ん、さては先輩」

 まあるいお団子をかじりながら、からかいの目をしたのは神谷先生だ。

「つまみ食いして、しかもボロをだしましたね?」

 えっ! ま、まさか。

 信じられない想いでいると、横でマーティンがカステラを前にうーんと考え込んでいる。

「だが、少し部屋でつまみ食いした程度の菓子くずならば、掃除にそう長くかかるとは思えない……」

 その頭に、しゅたっと神谷先生の軽い手刀がとぶ。

「ばか、ちげーよ」

 頭をかばって首をかしげる天然カレシに、助け船を出す。

「つまり、王子が浮気して、夢はその調査に躍起になってるって推理だよ」

 頭をおさえたまま、目をぱちくりさせるカレシは、もう放っておく。

 一方で王子は腕を組んで、

「それはない」

 きっぱりと断言した。

「オレがそんなことをすることはおろか、夢ちゃんがオレの裏切りを疑うなんてことだって、万に一つもあり得ない。オレのことをとても信頼しているんだ。それこそ、忠犬ハチ子のように」

 すごい自信だ。それにしてもハチ子なんて犬いたかな?

「それもそうだ。……もも叶は、どうしてだと思う? 夢未が星崎さんの部屋に誰にもいれずに一人閉じこもって掃除をしているわけ」

 マーティンにさしむけられて、ようやく出番がくる。

 もったいぶってあごに手を当てつつ、推理披露だ。

「人を締め出して掃除。ここから導き出されることは一つ――夢は、王子の部屋でなにかを見つけ出そうとしている。そしてそれは、人に見られたくない探し物である可能性が高い」

「そこまではオレも考えたぜ。問題はそれがなにかって話だよ」

 急かす神谷先生に右手をふって、あたしはその答えを、口にした。

「一般的に言って、こういう場合、一番考えられるのは、お金だね」

 あたりが、騒然となった。

「ひどいわももぽん! 星崎さんのお金を狙っているなんて。夢っちにかぎってそんなことあるわけないでしょ!」

 憤慨するせいらをマーティンがとどめる。

「いや待て。これは案外、わからないぞ。『舞姫』の豊太郎とエリスという例もある」

 ん。なんじゃいなそれは。

 せいらにはその例えがわかったようで、はっとして、それは、たしかに……とか呟いている。

 マーティンにヘルプの視線を送ると、うなずいて解説してくれた。

「『舞姫』は日本の文豪森鴎外の人気のある小説だ。出世街道を走るエリートの豊太郎と、留学先のドイツで出会った踊り子エリスとの恋模様を描いた作品で」

 そのさきを神谷先生が付けくわえる。

「豊太郎にお金を助けてもらったことがきっかけでいっしょに暮らし始めるエリスは、純真な踊り子に描かれているんだけど、じつは、豊太郎を金づるにしている悪女だったって説もあるって、大学の講義で習ったぜ」

 そのとなりでは青白い顔をしたせいらが、

「カレに助けてもらったのをきっかけに、一緒に暮らすって、やだ……夢っちと星崎さんに、ちょっと似てるじゃない」

 うんうんとうなずき、あたしは結論を出した。

「つまり、夢も純真に見えて、じつはマニー目的で王子に近づいた、ということですな」

 うん。我ながらなかなかおもしろいジョークだ。お団子をほおばる。一つ、二つ。

「そんな。……夢ちゃん。『星崎さん、助けて』と子猫のような目で言ってきた、あの日のきみにはたしかに、オレしか映っていなかった……」

 三つ目のおだんごをほおばりながら王子の言葉を流し聞く。今度は忠犬じゃなく猫なのか。

「好きだと言ってくれたあの言葉は、うそだったと、いうのか……」

「あ! ガラステーブルの下になんの本かと思えば、『シャーロック・ホームズさいごのあいさつ』だ! 夢のだね。読みたかったんだ~これ。王子、見てもいいですか?」

「あぁ……かまわないと思うよ……夢ちゃん。だがきみにならたとえ金づるとして利用しつくされてもオレは……かまわないんだ……」

「ほ、星崎さん。元気出してください」

「ねぇかみやん、ももぽんの悪ふざけだって教えてあげたほうがよくない?」

「おもしろいからオレそのまま希望」

 マーティン、せいら、神谷先生のつぶやきを横に、あたしは嬉々として、シャーロックホームズ短編集の一ページをめくる。――と。

 ぱらり、となにかが落ちてくる。

 ルーズリーフの紙のようだ。四つに折りたたまれたそれを開いてみると、見慣れた丁寧な字がびっしりと書き込まれている。この文字の密度は、メモというレベルのものではなく――どうやら、小説のようだった。


 タイトル 五年後の春


 桜舞う、真っ白い教会のチャペルの祭壇の奥。

 白いタキシードをきたカレが、両手を広げて待っている。

「夢未。おいで」

 そして、まるで太陽をみたかのように片腕をかかげ、

「まぶしいほどに、きれいだ」

 そう囁くの。

 わたしはちょっと恥ずかしくて首をかしげたけど。

 華やかなウエディングドレスとベールごと、彼の胸に飛び込んだ。

 わたしをうけとめて、彼が囁く。

「今日から君は、オレの妻だ」

「はい。星崎さん」

 指輪を交換する二人。

 背景には、高らかにイメージソングが流れる。

 ピアノの後奏が鳴る中、二人は誓いの――。

 そこまで読んだときだ。

「おかしいなぁ。どこにもないよぅ」

 途方にくれた声が、廊下からきこえてきて。

 そののち、ガチャリと言う扉の音。そこには、三角巾にエプロンをつけ、はたきをもった大掃除ファッションの夢ソンが立っていた。

 あたしを見るなり、失礼にも彼女は指をさして叫ぶ。

「あ~っ!」

 そして、そっか、昨晩は星崎さんのベッドで落書きしてたからあの部屋だと思い込んじゃってたけど……見つからないようにホームズの本に挟んで、夜中にお水を飲みにきたとき、ついでに片付けたんだったとか、つぶやく。

「ももロック、それ返して!」

 あたしはもちろんのこと――。

 にやりと口元をつりあげた。

「やだ」

 夢ソンがとたとたとかけてくるまえに、逃げ出す。

「返してったら、返してよ~っ(;O;)」

「こんなおもしろいもの、早々に返せますか~(^^)/」

 ソファに乗り、テーブルの奥に回り。ぐるぐると、リビングを逃げ回る。

 かくして、かなりありきたりな形で、事件は解決したのであった。


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