② 天の川徐行区域へようこそ
ようやく開いたもも叶ちゃんの瞳が映し出したのは、あたり一面の星空だった。
「ん……あれ?」
目をまんまるくして、あたりの風景に見いる。
「わぁ。すごくきれい。リアルにプラネタリウムの天井の中を散歩してるみたい」
そのとおり。
僕らは今、宇宙の中をボートでこぎまわっている。
「宇宙? あはは。ジョニーってば。それは専門の免許とって訓練受けないといけないとこだよ。あたし、夢を見てるんだね」
心地よさそうに、ボートのへりにもたれる彼女の髪飾りが揺れる。
「そうかもね。たった一夜の夢。それでもデートはデートだから。ちゃんと笑顔を見せてくれなくちゃね」
さらりと言ったのは甘い言葉のつもりではない。
一種のかまかけだ。
魔法がほんとうに効いたのか、確かめるための。
もも叶ちゃんはさっとほほを赤らめて、かるく顔をしかめた。
「何回デートしてもそういう心臓に悪いこと言うんだから。未だ慣れないからほどほどにしてって言ってるのに~」
かすかに抱いていたおそれが、闇夜に溶けて消えた。
「彼女にときめいてもらう努力をするどこがいけないの?」
それでもダメ押しをしてしまう自分に苦笑したくなる。
もも叶ちゃんは激しく両手をふった。
「だからー。彼女とか恥ずかしいから! 口に出すのは勘弁してよ」
好きな子が、自分を見てくれている。
「……心の中なら、いいから」
はにかみながら。
その笑顔を見たら、かすかな罪悪感の痛みさえ、宇宙のかなたへとかけ去って行く。
僕はきみに、魔法をかけた。
カレではなく、僕のものになってくれる、魔法を。
いつまでも見つめていたくて、彼女の目を見ているとあるとき、はにかみの表情が恐怖に変わった。
ふりかえって彼女の視線の先を追うと、馬の半身を持ついて座のケンタウロスの種族たちが大群で天の川の向こうからこちらへ押し寄せている。ぶつかるのは時間の問題だ。
力強くオールを漕いで、なんとか方向転換して事なきを得たが、種族の一人がこちらに近づいてきて言った。
「この大星雲をのろのろと運行されては交通の邪魔だ。罰金を支払ってもらおう」
むっとしてなにか言おうとするもも叶ちゃんを押しとどめ、あえて落ち着いて言う。
「へぇ。織姫と彦星の橋渡し道路が、いつから暴走族のなわばりになったんですか」
彼は太い眉をつりあげる。
「きさま。我ら種族を侮辱するか」
「天の川は歩行者優先の徐行区域です。交通違反はそちらでは」
「なに?」
ケンタウロスのこめかみはひきつって震えている。
ひるまず見返していると、ちょんちょんと、袖をつつかれる。
「ちょっとジョニー。やばいよ。この足が馬のおっさん、弓もってるし、めちゃマッチョだし」
「たしかに、そうみたいだね」
ケンタウロスはとうとう、手にした大きな弓矢をこちらに構えだした。
しかし、その程度で僕をあわてさせることができると思うのは、誤りだ。
「レディがいるこちらにその態度はいただけないな」
オールを大きく振り回し、無防備な足元にしかけると、ケンタウロスのたくましい馬足はあっけなくバランスをくずした。
「ぬおっ」
そのすきをついて、彼の武具を奪う。
「この、返すのだ小僧っ」
「次会うときは、星空交通法にもう少し詳しくなっていることを期待します」
そう挨拶すると、となりにきていたもも叶ちゃんの肩を抱く。
「少し、とばすよ。つかまって」
「えっ。ジョニー、さっきここ徐行区域って」
「逃げるときは別さ」
ぱちりと片目をつぶってみせる。
オールで天の川を滑走するのは、スケートに似た心地よさだ――。
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