⑧ 幕間のお菓子休憩

 ちょうどお昼頃、それぞれの作業がひと段落ついたところで、棚卸は休憩時間に入った。

「みんなほんとうにご苦労様。休憩用のお菓子買ってきたよ」

「お子様たち、ジュース支給するから、順に並べ」

 星崎さんと神谷先生の声に、みんなが歓声をあげる。

 7階児童書コーナーの半円形の大きなカウンターには、いっぱいのお菓子と紙コップに注がれたジュースがあふれてる。

 お疲れってみんなに言いながらジュースを配ってくれていた神谷先生はわたしの番のと き、よく肩ほぐしなよ、って言ってくれた。 

 お礼を言って受け取ったジュースはすごくおいしい。

 これが労働のあとの味っていうものなのかなっ。

 隣でももちゃんが身を乗り出してる。

「特大チョコもーらいっ」

 カウンターに盛られたお菓子の山に伸ばした手は、すんでのところで目標をとらえそこなう。

「だめだ、もも叶。これは夢未に」

「えー」

「マーティン、わたしなら他のでいいよ」

 そう言ったけど、マーティンは首を振って、大きめのチョコを渡してくれる。

「大量の本の読み込みお疲れ様。ずっと同じ姿勢でがんばってたから、疲れをとらないと」

「ふふ。ありがとう。じゃもらっておくね」

 マーティンの肩のあたりにはももちゃんのぷくっとふくれた顏が。

「ぶー。マーティン、本を一生懸命探したあたしもいたわってよー」

 余裕で、マーティンは微笑んだ。

「千円くれたら考える」

「う、それ出されたらなにも言えないじゃんー」

 千円?

 二人の間でなにかあったのかな?

 まぁいいや。相変わらずいい雰囲気だし。

 ぱくっとわたしはチョコを齧った。

 甘くてちょっとだけビターな味が口いっぱいに広がる。

 幸せに浸っていると、夢っちって、小声で呼ぶ声がした。

 声のしたカウンターの向こうに、向き直る。

「どうしたの? せいらちゃん」

「その。そこにある粒いちごグミの袋、こっちに投げてくれるかしら」

「いいよ」

ぽーんと投げると、せいらちゃんはグミの袋をナイスキャッチ。

「ありがとっ」

 そして袋を開けて、一粒手に取るけど。

 どうしてか、口に入れないの。

 食べたいんじゃなかったのかな?

 不思議に思ったけど、せいらちゃんの視線の先を見て、わたしわかってしまったんだ。

 神谷先生が星崎さんに、人気のお菓子、ピノコの山の素晴らしさを力説してる。

「チョコクッキー系の神っていえばピノコですよ。ツチノコの里派の気が知れないですね」

 星崎さんは隣で椅子に座りながら聞いてる。

「そうか。ツチノコのほうが、クッキー生地の高級感はある気がするけど」

「あー、出た。里派の代表意見。先輩とはちょっとわかりあえないな」

「別に、オレはどちらかの肩をもっているわけじゃないけど」

「そのあいまいな態度どうにかしたほうがいいですよ。恋愛にも思い切り出てると思います」

「やれやれ」

 星崎さんは立ち上がった。

「午後戦の準備もかねて、そろそろ機械の処理に戻るよ。お前の談義につきあってたらきりがない」

 星崎さんはそう言うと、せいらちゃんにそっと片目をつぶって、カウンターの隅に設置したパソコンの方に歩いて行った。

 さすが星崎さん。

 せいらちゃん、チャーンス!

 粒いちごグミを一粒手に、せいらちゃんは思い切ったように、神谷先生に声をかけるっ!

「か、かみやん。あの、あーんし、て」

 ところが。

 向き合った神谷先生の握った片手に、その口を塞がれて。

「口、開けろよ」

 せいらちゃん。

 ばっちり、先越されちゃったね。

「ほらはやくしろ。今なら誰も見てねーから」

 せいらちゃんはちら、とわたしを見て。

「うん……」

 ぱくっと、神谷先生の手から、ピノコの山を食べた!

 やだーっ。

 わたしは見ちゃったもんね。

 でも次の瞬間、せいらちゃんが苦しそうにせき込み出したの。

「ごほごほっ。うっ。喉に詰まったわっ」

 あらら。

 大丈夫かな……。

 わたしは心配だったけど、神谷先生は声に出してわらってる。

「うー。かみやんの前でかわいい女子になりたいのに、どうしていつもうまくいかないのよー」

 神谷先生は、ツチノコの里を自分の口にも放り込んで、なんでもないように言った。

「なに言ってんだ。お前は極刑にしたいくらいかわいいよ」

「え? なに? げほっ、ごほっ」

 きゃっ。

 極刑っていったいなんだろう。ちょっと気になる。

 せいらちゃんは神谷先生の差しだした冷たいお茶を飲んで、涙を拭った――。

 そのとき、

「にゃ~お」

 黒猫さんが、どこからともなく現れて、カウンターに飛び乗って、せいらちゃんの手元のお茶に突進してきたの。

 紙コップの中身のお茶が宙を舞って、こっちに迫ってくる――。

 バラの模様が襟にあしらわれてる、おしゃれなブラウスに着替えたわたしは、一足先に6階で作業を再開してる星崎さんのところに向かった。

 ももちゃんたちとお揃いのTシャツも、すぐに洗ったからしみにならずに済みそう。

 せいらちゃんは何度も謝ってくれたけど、あれは明らかに猫さんの仕業だよ。

 それにしても、星崎さんがわたしに買ってくれたブラウスを、たまたま星降る書店に置いていてよかった。

 棚卸作業にはちょっとおしゃれすぎるけど、着替えがなかったら困ってたもんね。

 カウンターの奥に、星崎さんの姿が見えた。

 わたしは声を掛けようとして――息を飲む。

 カレの纏う空気がさっきとは一変していたの。

 星崎さんは、パソコンの前に、呆然と立ち尽くしてた。

「星崎さん。あの、どうかしたんですか」

 ちら、とカレがこっちを見る。

「夢ちゃん……」

 すごくいたたまれなそうな顔。

 いやな予感がする。

「ゆゆしき事態だ」

 険しい顏に戻って、星崎さんは言った。

「本のデータ全部を入れてたUSBがなくなった」

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