③ せいらの失敗
それは昨日の夕方、奥付の手芸屋さんから出てきたときのことよ。
みなさんには言ってなかったからしら。
あたし、こう見えてお裁縫やアクセサリー作りも大好きなの。
かわいいビーズやチェーンが手に入って、るんるんで歩きだしたら、小さな女の子――小学二年生くらい――が泣いているのを見つけたの。小公女子として当然、声をかけたわ。
「どうしたの?」
「うっ。うっ。買ったばかりのビーズの袋、落としちゃったの。ママと作ろうって言ったのに」
なるほど。
この子も、手芸屋さん帰りなのね。
女の子が指差したマンホールには小さな穴。この穴から、商品の袋を落としちゃったらしいの。
あたしはそのマンホールをじっと見たの。
ちら、薄暗い思考が過る。
これくらいならどかせる……かも?
まずは安全確保。周りに誰もいないわね、と注意深く確認する。
すーっと息を吸って、吐いて、精神を統一する。
そして。
「でりゃーっ!!」(よい文学女子は絶対に真似しないでください)。
マンホールを一気に押し上げて見えた地下の泥の中に、ビーズの入った小さな袋が引っかかってた。
拾い上げて空にかざすと、澄んだサファイア色が光る。よかった。中身は無事みたい。
「はい、これ」
袋を差し出すと、女の子の顔も、空に負けないくらいに輝いた。
「ありがとう! 力持ちのお姉ちゃん!!」
女の子はそう言って、ぴょんぴょん跳ねて家に帰って行った。
何度もこっちを振り返っておじぎをしたり、手を振ったり。
かわいいわ……。
なんだか、こっちまで幸せな気持ちね。
でも、その幸せも長くは続かなかったの。
さて、あたしも帰らなきゃって、駅に続く道に向き直った時、その姿が見えたの。
それは鞄を肩まで持ち上げた状態で静止して、目を丸くしてこっちを見てる、シャツとスーツ姿。
見覚えのあるさらさらの黒い短髪。
か、かみやん……!
うそよね……?
カレは駆け寄ってきて、あたしの手をとった。
そして、
「せいら。気高いことをしたその手に口づけを許してくれるか」
あたしの手の甲を口元に……そんな、困るわ!
というのは動揺のあまり、0.5秒で作り上げた妄想。
実際は。
「このバカ! ったく油断も隙もねー。指でもちぎったらどーすんだ」
う、叱られた……。
舐めるようにあたしの手を調べてから、
「どこもけがはないみてーだな」
彼はぱっと手を放した。
「いいか。こういう場合は一人で無茶するんじゃなく、大人を呼べ」
「は~い……」
最悪だわ。
見られてたなんて。
項垂れて返事すると、かみやんはふっと吹き出した。
「しかしお前、頑丈怪力だな。これならゴリラに襲われても太刀打ちできるぜ」
がががーん!
が、頑丈、怪力?
その二つだけならまだしも
「ゴリラみたいってどういうこと!!」
「んなこた言ってねーって」
ショックが大きすぎて、かみやんの呟きは聞こえなかった……。
❤
ふふふふ。
わたしとももちゃんは、笑っちゃった。
「ももちゃんのはともかく、せいらちゃんのケースは失敗かなぁ?」
「あ、夢。なにげひどいこと言う」
「ごめんごめん」
「失敗も失敗よ」
でも本人にとっては深刻みたい。
「怪力女なんて、カレみたいな大人の男の人は相手にしてくれないわ。もっと女の子らしくなって魅了したいのよ」
うーん。そっかぁ。
わたしたちが黙り込んだとき、ぱちんと指を鳴らしたのはももちゃんだった。
「大人が萌えるかわいさっていったら、夢に教えてもらうのがいちばんだよ」
いきなりな名指しにわたしびっくり。
「ええっ。なんでわたし? モエルってどういうこと? 火遊びなんかしたら危ないよ」
戸惑っていると、
「ほら、こういう感じ。せいら、わかる?」
「そうねぇ。でも夢っちの場合は自覚ゼロでやってるから、真似するのは難しいかも」
「確かに」
よくわからないまま話が進んでく。
ひとまず、わたしはせいらちゃんに言った。
「わたしなんかの真似するより、せいらちゃんはせいらちゃんらしさで神谷先生をドキドキさせればいいんだよ」
にっこり笑ってみると、
「夢っちってば、やっぱり天使だわ~」
え、天使だなんて。
「守護天使夢は、結局また星崎王子とデートするの? カレのお仕事の敵情視察も兼ねて、よその本屋めぐりに誘うって言ってたじゃん」
ももちゃんからそう訊かれて、恋の目標を、わたしだけまだ見せてないことに気付く。
「それが……昨日、誘おうとしたんだけど。」
わたしがテーブルの上に出した赤毛のアンカード。
そこには、こう書いたんだ。
星崎さんの力になる。
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