② 用心のためのひみつ ~せいらと夢未の語り~

 みなさん、元気してた? 露木せいらよ。

 あたしの心配事、聞いてくれるかしら。

 2時間目終了のチャイムが鳴って、あたしはちらっと後ろを振り返ったの。

 親友の夢っちがぼうっと窓の向こうを見てる。

 わからないように溜息をついて前に向き直ると、もう一人の親友、ももぽんがいた。

元気印のももぽんには珍しく、眉根を寄せて、声を潜めて、

「せいら、ちょっといい? 相談があるんだ。昼休み、体育館の裏がいいな」

 この申し出にあたしはとびついたわ。

「ちょうどよかったわ。あたしも、ももぽんに話したい事があるの。二人きりで」

 ももぽんは親指をつきたてた。

「オッケー。じゃあとでね」


 お昼休み、言われたとおり体育館の裏に行ったらすでに、ももぽんが来てた。

「なにかしら、相談って」

「うん……」

 ももぽんは言いづらそうに体育館の壁にもたれた。

「せいらから、いいよ」

「え、あたし……?」

 じつを言うと、ちょっと言いづらいのよね。

 口に出したら心配がほんとうになって、よくないことが起きる気がするの。

 あたしたち、二人して黙り込む。

 どうしよう。

 こんなことしてたらお昼休みは終わっちゃうわ。

 三階の教室まで戻らなきゃならないのに。

 教室と同じ階にある図書室にしないでわざわざここを選んだのは、彼女がいる可能性が高いから。

 その子こそ、これからの相談事の中心人物なの。

 意を決して、あたしは口を開いた。

「夢の」「夢っちの」

 声が重なったのにびっくりして、『ことなんだけど』、というあとに続く台詞を飲み込む。

「ももぽんも、同じこと考えてたなんて」

「せいらも思ってたんだ」

 こうなれば、話は早いわ。

 待ちきれないように、ももぽんが口を開く。

「最近、明らか元気ないよね」

「クリスマスの時期に星崎さんが出張に行っちゃうって言ってたし、やっぱり寂しいのかしら。クリスマスプレゼントに、星崎さんにとっておきの本言葉を考えるっていつもに増してはりきって本読んでたのに」

「やっぱり原因はそれか」

 うーんとももぽんは顎に手を当てて考える。

 そして、唐突に言ったの。

「そうだ! お泊り会だ!」

 へ?

 ももぽんは目をきらきらさせて手を握ってくる。

「冬休み、あたしとせいらで夢の家に行こうよ」

 そのきらきらがあたしの目にうつっていくのがわかるわ。

「ももぽんナイス! 女子三人のパジャマパーティーね。最高だわ」

 そうと決まれば、さっそく夢っちを誘わないと!

 あたしたちは笑顔で顔を見合わせた。

 放課後、わたしは星降る書店の名作の部屋にいた。

 六角形に囲まれた部屋の壁には高い天井まで本が敷き詰められてる。

 でもわたしは、いつものように本を読むんでもなくて。

 部屋の真ん中にあるテーブルにすわって一人、じっとしてた。

 大好きな本に囲まれてると、少しは落ち着くかなって思ったんだ。

 目の前には栞。

 赤いくつしたのイラスト。周りには赤いラメを、一つ一つ丁寧に散りばめた。

 星崎さんに書いた本言葉が、静かにそこにある。

 目を閉じると、本たちの声が聞こえる気がする。

 大丈夫?

 大丈夫? 夢未。

 わたしはそっと唇を揺らした。

「ありがとう。大丈夫だよ、みんな」

「憚りながら、それは本心かな」

 わっ。

 声が返ってきてびっくり。わたしは後ろを振り向いた。

 わたしの座っている木の椅子にひじをついてる、帽子を被ったおじさんがいる。

 ケストナーおじさんだ。

 いつもおどけて笑ってるその太い眉毛が今日はさがってる。

 横に長い目も、笑ってない。

 まっすぐこっちを見てくる。

「大丈夫かと訊かれて、ほんとうに大丈夫な子は大丈夫とは答えない。『え、なにが?』とこう言うんだ。

 大丈夫と答えてしまうということは、自分にそう言い聞かせなければならない心配事や涙があるということさ」

 ケストナーおじさんはかがみこんだ。わたしの顔のすぐ横におじさんの顔がくる。

「ロッテちゃん。また苦悩しているのかい」

 優しい声にほんとに涙がでそうになる。

 顔をぶんぶんふって、それをふりきった。

「ほんとに、大丈夫。今まで悩んでたけど、答えが見つかったの」

 嘘じゃ、ない。

 わたしには見えてるんだ。

 どうすればいいか。

 それなのにケストナーおじさんの目は悲しそうに細まったまま。

 ふいに、目の前の机に、白い箱が置かれた。

「万が一のときのために、持ち歩いておいてくれ」

 持ち上げてみると、ずっしり重い。

「危機に陥ったとき、君を助けるだろう。どうしてものときは、使うんだ」

「これ、なに?」

 答えるのをちょっとためらったみたいに、ケストナーおじさんはうつむいた。

「メルヒェンガルテンの果てにある、子どもが大人を教育する国で秘密裏に作られているものだ」

 わたしは箱をあけて中を見ようとしたけど、その手にそっとケストナーおじさんの手が触れた。

「今はいけない。家に帰ってから、誰も居ない部屋でそっと見てごらん。そしてしまっておくんだ。誰にも見つからないようにね。身を守る最後の切り札は決して悪い大人に明かしてはいけない。だから人には話せないんだ。苦しいけれど、わかるね」

 すぐに、頷いた。

 わたしには、よく、わかった。

 そのとき、名作の部屋の扉が開いて、二人の女の子がなだれこんできた。

 ももちゃんとせいらちゃんだ。

「夢、やっぱりここにいたっ!」

「もう夢っちったら。話しかける間もなく教室からふらっと帰っちゃうんだもの」

 わたしはあわてて、箱を手提げ袋のなかにしまう。

 ケストナーおじさんの姿はいつの間にか消えてた。

「夢、いいこと思いついたんだ!」

 ももちゃんが椅子に座ったままのわたしの右手をとる。

「星崎王子が城を留守にして寂しいあいだ、あたしとせいらが夢姫を訪ねて行ったげる!」

「もう、ももぽんったら、夢っちの都合も訊かないと」

 せいらちゃんが困ったように、でも笑顔でわたしを見てくれる。

 二人とも、わたしのこと元気づけようとしてくれてるんだ。

 静かに、嬉しさをかみしめる。

「えっと……25日は、どうしても外せない用事があって。その前なら、いいよ」

 やった! って、手と手を合わせる二人に、そっと心で言う。

 ももちゃん、せいらちゃん、ありがとう。

 それから、隠し事して、ごめんね。

 わたしはそっと、手提げ袋を抱きしめた。

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