⑧ 共通点は苦労性
今日は日曜日。ベランダの向こうは秋晴れだけど、リビングのテーブルの上に広げた手紙をじっと見つめて、頭の中はもんもん。
せいらちゃんも、苦しんでるんだ……。
どうしたらいいんだろう。
コトン、と手紙の横に置かれたティーカップの音で我に返った。
「夢ちゃんがまたなにか、人生に苦悩しているね」
ふわっとマロンティーの香りが漂う。
わたしはあわててせいらちゃんの手紙をさっと折り畳んだ。
「星崎さん」
「ももちゃんとせいらちゃんのこと?」
うっ。さすが星崎さん、鋭い。
「はい……」
彼は自分用に淹れたマグカップを持って、わたしの前に座った。
「温泉旅行のときからだね。二人がけんかしてるの」
星崎さん、気づいてたんだ。
「ごめんなさい。せっかく連れて行ってもらったのに」
ふっと星崎さんが困ったように微笑んで息を吐いた。
「つくづく夢ちゃんは苦労人だね。謝らなくてもいいんだよ」
うみゅ~っ。
わたしはティーカップの中の紅茶を一口飲んだ。
「ももちゃんもせいらちゃんも、ふたりとも、お互いのこと大好きなのに。それぞれ違う強い気持ちがあるから、ぶつかっちゃったのかなぁ」
湯気をたてるマグカップを片手に持ちながら、星崎さんが答えてくれる。
「そう? 確かに、個性豊かでそれぞれ違うところもあるけど、オレには三人は似ているところもあるように思えるな」
「わたしたちが……?」
元気いっぱいだけど、ほんとは乙女なももちゃんと、冷静で大人なようで、実は 肝っ玉の太いせいらちゃん。それから、のんびりで地味で、とりえといえば本が好きなとこくらいのわたし。わたしたちチームのメンバーの、似ているところって?
「ほんとうはすごくいい子たちなのに、うまく歩けなくて大変な想いもたくさんしてしまうところかな。いい子っていうのはそうしたもんなんだよ。もしかしたら夢ちゃんだけじゃなく、ももちゃんもせいらちゃんも苦労人気質なのかもしれないね」
うーん、確かに。
二人は大変な想いをしちゃう性格かも。
けんかはしてるけど、お互いのこと陰で悪く言ったりぜんぜんしないんだもん。
そのぶんそれぞれ一人で深みにはまって傷ついてるっていうか……。
「ももちゃんはせいらちゃんを助けたいと思ってるんです。でもせいらちゃんは、うまく助けを求められなくて」
すごく難しい問題なのに、星崎さんはまるで簡単なことみたくきれいに微笑んで、わたしの目の前に置いてある本を見た。
「その本」
「え、これ?」
親友の危機が先で読み返すのを後回しにしてたけど、お気に入りの本なんだ。
タイトルは『あしながおじさん』。
「まるで、その中に出てくるジュディみたいだね。せいらちゃんは」
星崎さんの言おうとしてることは、すぐにわかった。
「……うん。そうかも」
ジュディのほんとの名前はジルーシャ・アボット。ジルーシャはお墓の墓石からとった名前で、アボットは電話帳の最初に書いてあった名前。彼女は、名前をつけてくれるお父さんとお母さんがいない、孤児院で育ったの。
ところがそんなジュディを、大学に行かせてくれる人が現れる。ジュディが学校のお金をだしてもらえる条件は、その人に月に一度手紙を書くこと。返事をくださいとは言わないこと。そして、その人の名前と正体を訊かないこと。ジョディはその人のことを、あしながおじさんって呼んで、学校生活のあれこれを手紙で報告するんだ。本の中では、ほぼぜんぶ、ジュディのあしながおじさんに宛てた書いた文章がそのまま書かれていて、物語になってるんだよ。
あるときジュディは、好きなときに好きなものが買えるお金持ちのクラスメイトが羨ましいって手紙に書くの。するとあしながおじさんから、お小遣いが送られてくる。でもジュディはなんとそれを送り返すんだ。
きっとせいらちゃんはそのタイプなんだ。わたしにもジュディのその気持ちはなんとなくわかる。人の助けを借りずに、自分の力で頑張ってみたかったんだと思う。
「ジュディのような誇り高い子には、ジャービスがしたように、本人には秘密で支えてあげる類の、さり気ない優しさが必要なのかもしれない」
うん。まさに星崎さんの言うとおりだよね。
ある日、ジュディは年上のジャービスって男の人に恋をするんだ。
一緒に食事をしたり、劇場に連れて行ってもらったり、二人は楽しいときを過ごすの。
でもね、ジャービスにはある、大きな秘密があって……。
「そうだっ!!」
わたしは勢い余って、椅子から立ち上がった。
「助けてあげるのは、相手にナイショででもできるんだ!」
「夢ちゃん。紅茶がこぼれるよ」
「ありがとうございます。星崎さんっ!」
おかしそうに見ている星崎さんに頭を下げて、ティーカップを洗面所に片付けると、くっきり晴れた心で、わたしは明日の学校の準備にとりかかった。
さっそくももちゃんに報せなきゃ。
せいらちゃんを支える、とっておきの方法。
夢っちの文学カフェブレイク その③『あしながおじさん』
ジーン・ウェブスター作
主人公のジュディーがあしながおじさんに向けてつづる手紙で語られる、大学生活のお話。みなしごのジュディーの葛藤、文学への強い憧れ、そしてジャービスさんとの恋。
ある日ジュディーは手紙にこう書くの。
『あしながおじさんへ。大好きな彼に結婚を申し込まれたの。でもどうして受けられましょう? 貧しい生まれのわたしがお金持ちの彼と結婚なんてできない!』
ジュディの恋の行方は?
そして、あしながおじさんっていったい誰?
最後のページを読んだとき、幸せいっぱいに包まれるよ。
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