⑦ 小公女からの手紙
旅行から帰ってもせいらちゃんとももちゃんはけんかしたまま。
学校でも二人は話さなくて、気まずい日々が続いてるの。
そんな二人を見たくなくて、わたしはイチョウの木の下に一人寄りかかってた。
ここは体育館の裏。人が来ることがあんまりない、一人になりたいときの穴場スポットなんだ。
溜息をついていると、木の裏から、ひょっこり人影がでてきた。
「夢……ここにいた」
ももちゃん……!
その顏はやっぱり元気がないけど、口ぶりからして、わたしを捜してくれてたのかな?
ちょっぴり困ったなって思った。せいらちゃんに怒ってる言葉はあんまり聴きたくない。
ももちゃんはわたしの隣に並ぶと、静かに口を開いた。
「ごめんね、夢。あたしとせいらのことで、気まずい想いさせて」
すごくほっとして、さっきちょっぴり思ったことを吹き消した。やっぱり、ももちゃんはももちゃんだ。
「あのときはつい、かっとなっちゃったけど。よくよく考えたらさ、せいらは悪くないなって。誰だって人に言いたくないことくらいあるよね。なのにあたし、ひどいこと言っちゃって」
ももちゃん。
「ショックだったんだ。せいらが恋人できたのに、それを隠してたなんて」
ももちゃんの気持ちは、わかる。
わたしたちチーム文学乙女は、恋のこと、悩み、なんでも打ち明け合ってきた。
もちろん時には友達にも言いたくないことだってある。
それがわかってはいても、わたしもちょっと寂しい。
「あたし……せいらになにもできないの?」
泣きそうな声にはっとする。
せいらちゃんが秘密をもってたことじゃない。
ももちゃんが悲しいのは、なによりそこなんだ。
「ごめん。夢。……あたし、教室戻るね」
「あっ。ももちゃん――」
わたしは、なにも言ってあげることができないまま、ももちゃんのピンクのセーターに包まれた背中を見送った。
なんか……わたしまで悲しくなってきちゃった。
じわっと、地面に落ちた赤い落ち葉でいっぱいだった視界が、曇る。
そこへ――えっ? 白いハンカチがすっと現れたの!
赤いバラの刺繍がしてある。
「マドモワゼルに涙は似合わない」
顔を上げると、濃い紫のコートを着て、黒いウェーブがかった髪をした若い男の人が立っていたの。
学校の先生じゃない。事務の人にも、見たことない。
なにより、落ち葉の擦れる足音一つしなかったけど、どうやってここまで来たんだろう。
「涙をぬぐうと心の傷も一緒に拭い去ってしまう。このハンカチは、フランスで有名な秘宝なのさ」
なにもかも不思議だったけど、そのちょっとふざけた言葉には、くすって笑っちゃう。
「ありがとうございます」
ハンカチを受け取って涙を拭う。
「うん。やっぱり、君は笑ったほうがかわいいよ」
「ハンカチ、洗って返します」
「いや、それには及ばない」
男の人は、さっとわたしの手からハンカチを取り去った。
「君の美しい涙ごと、僕が引き受けよう。夢未ちゃん」
悠然と微笑む姿が、まるで別世界の人みたい。
……あれ。
そういえば。
「お兄さん、どうしてわたしの名前を?」
「僕は全世界をまたにかける大悪党だからね。それくらいの情報は、たやすく入ってくるのさ」
「えーっ?」
わたしはまた笑っちゃう。
ふふ。おかしい人だなぁ。大人なのに。
「お兄さんの、お名前は?」
お兄さんの口の端が、ちょっと吊り上る。
「数えきれないほどの名を状況に応じて使い分けているが、この辺りでは、榛原(はいばら)と名乗っている」
「榛原さんは、どうしてこの学校に? ここでなにしてるんですか?」
榛原さんがにっこり笑った。
「あるものを盗みにね」
「え、えぇっ」
まさか……冗談だよね。
「いや、ほんとうさ」
「だ、だめですっ、盗みなんて!」
なにを盗みにきたんだろう? 校長室にある重要書類とか? それとも廊下に飾ってある、運動部が優勝したときのトロフィーかな?
すっと榛原さんの不思議な紫の目が細まる。
「残念ながら、もう任務は完了したあとでね」
「いっ、今すぐわたしに預けてください! そっともとの場所に戻しておきます! 大騒ぎになる前に、早く!」
意外なくらいあっさりと、榛原さんは頷いた。
「そうしてもらえるとありがたいな。君のために盗んできたものだから」
わたしのために?
どういうこと?
榛原さんから手渡されたのは、どんぐりとリスの模様の、かわいい封筒だった。
なんと、そこにはこう書いてあったの!
小公女セーラへ
露木せいらより
「ご友人たちを仲直りさせる助けになるだろう」
どういうこと?
せいらちゃんとは今日、ずっと同じ教室にいたけど、榛原さんを見たのは今がはじめて。
盗み出せるはずがないよ。
だけどこの丁寧な字は間違いなくせいらちゃんのもの……。
「人に助けを求めるのが苦手な彼女は、とうとう、物語の登場人物に気持ちを打ち明けたんだね」
ごくん、と唾を飲み込む。
友達とはいえ、ほかの人に宛てた手紙を勝手に開けていいのかな……。
でも、これも、せいらちゃんを助ける手がかりになるなら。
わたしは顔を上げた。
「榛原さん、ありがとうございます。わたし、せいらちゃんとももちゃんのために頑張って――あれ?」
わたしは固まった。
そこには榛原さんの姿はもうなくなっていたんだ。
秋風が、足元の落ち葉をからかうみたいに巻き上げて、転がしていった。
❤
誇り高き小公女 セーラ・クルー様
はじめまして。
わたしは、あなたのいるロンドンから遠く離れた日本の栞町に住んでいる、露木せいらです。
あなたと同じ名前をもらったわたしはいつも、貧しい子にパンをあげたり、意地悪されても友達と一緒に一生懸命頑張った、あなたのようになりたいと思ってきました。
でも今は、自分がだめな子に見えます。
セーラ、いったいどうしたらいいの?
恋する彼にも嫌われてしまったし、大切な友達ともけんかしちゃったんです。
ももぽんっていうその子のこと、ほんとは大好きなのに。
セーラ、助けて。辛くてもあなたのようにプリンセスらしくいるには、どうしたらいいですか。
あなたを心の支えとする露木せいら
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