⑭ 魔法にかかった王子様
コホン。
気を取り直した大魔法使いさんが宣言した。
「最後の勝負は、魔族のおばさんの攻撃だ」
え。攻撃!?
そんな、危ないんじゃ。
と思ったら。
「どの種族でもおばさんはおせっかいと相場が決まっている。余計なお世話攻撃を断りきったらお前に勝ちをやる」
へなへなと力が抜ける。
なんだか、すごく簡単そうだけど……。
そう思っていると、大魔法使いさんの合図で、海の魔女さんが星崎さんに近づいてくる。
「星崎王子さんとやら。あんた見合いに興味はないかい?」
えっ。
えええ!
ももちゃんが納得したように言う。
「おばさんの台詞の定番だよね」
「しかもこの手の話って断るのが厄介なのよね」
せいらちゃんまで、呑気にそんなこと言ってる場合じゃないよ!
星崎さんも困ってる。
「いえ、あまりそういうのは」
でも、海の魔女さんはぐいぐい顔を近づける。
「もう二十代半ばだろ? そろそろ身を固めることも考えたほうがいいねぇ。魔族には婚活中のかわいい子がいっぱいいるよ。最近は魔族の男もだらしなくなってきてるから、本の中と外を問わず相手を捜すのがセオリーらしくてね」
「相手に断る隙を与えないマシンガントーク。おばさんの得意技だね」
ももちゃんの呟きが聞こえたときには、また、身体が勝手に動いていく。
気づいたら、星崎さんの手を握りしめてた。
「星崎さんのお嫁さんになるのは、わたしだもん……」
わわっ。わたしってばまた、なんてこと。
「夢ちゃん……」
星崎さんが、こっちをまっすぐ見てくれてる。
「そうですよね、星崎さん。そうじゃなきゃ、いや」
しばらく見つめ合う。
あれ。
なんか、幸せかも……?
そんな気分も、次の海の魔女さんの言葉で消えていっちゃった。
「いやー、そうは言ってもね、夢未嬢ちゃん。あんたじゃあと数年待たなけりゃならないじゃないか」
そうなんです……。
「そうざんすね。だったら手近な年頃のお嬢さんとさっさと結婚したほうが、いろんなこと考えると先々安泰ざんす」
いつの間にかやってきてた大魔女さんにも言われて。
とどめのように、大魔法使いさんが宣告する。
「彼のために身をひくのも愛だ」
……そうなのかな。
「ってわけで、この写真の子なんかどうだい! この黒羽のキレ、いきりたったツノ。とってもラブリーじゃないか!」
「お似合いざんす!」
「いえ、オレは――」
魔女さん二人は同時に喋りつづけて、わたしたち、呆然。
もうなにがなんだかわからないよ。
最後に、海の魔女さんが声をあげた。
「明日、高級茶室魔界店でお見合い決行だよ! 今スマホで予約しといたげたんだ、感謝しな」
……。
やめて~!
「お前の負けだ。さぁ、飲んでもらおう!」
勝ち誇って、大魔法使いさんがおしゃれな紫に光るお酒の並々入ったグラスを星崎さんに差し出す。
「わかった。約束は約束だ」
星崎さんはグラスを手に取って、傾けた――。
星崎さん、お見合いするの?
ほんとに……?
「もし、結婚したら、時々こっそり会ってください。わたしと」
わたしってば。
またまたなに言ってるの?
「愛人ってことじゃない……! 夢っちだめよ。そんな」
せいらちゃんの諭す声も、今は効かなかった。
「星崎さんが他の誰かといても、わたし、気持ちが止まらないと思うから」
もう、魔法で喋らされているのか、自分のほんとうの気持ちを喋っているのか、わからなくなってた。
「大好きなの。好きで、もう、いっぱいなの。……どうにかしてください」
一口飲み干した星崎さんが、こっちを見た。
大魔法使いさんの高笑いが響く。
「はっはっは。どうだ。これは一口飲めば必ず酔いが全身に回る魔族秘伝のワインなんだ! 安心しろ小娘、お前のすてきな王子様も、もうただのめんどうな酔っぱい――おっとあれ~」
笑い声の途中で大魔法使いさんは、部屋の隅に避けられちゃった。
星崎さんが黙って、大魔法使いさんをどかして、わたしの前に立ったんだ。
「……どうにかしてあげたいのは、こっちだって山々だよ」
低く、怒っているような声。
「でも、それじゃいったいどうすればいい。魔法の力でもないと身勝手になれない君をさ」
一歩、また一歩と星崎さんが近づいてくる。そのたび、わたしは後ろに下がった。彼に追い込まれていく。
テントの外。大きなイチョウの木の幹が背中に触れる。
どうしよう。
「星崎さん、やっぱり怒ってるんですね」
そうだよね。
昼間だって、『わたし以外の女の子と話さないで』とか言っちゃうし。
高いクレープなんておねだりしちゃうし。
しかもそれを星崎さんの服にこぼしたりして。
急に悲しくなって、涙が出てくる。
「わがままをいっぱい言ったから、嫌われちゃった。どうしよう――」
彼の手がほっぺたに触れて、瞳が近づいてくる――。
「あまりかわいいこと言うと、その口を閉じてしまおうかな」
星崎さん?
見つめる視線が、危なげで、ちょっとおぼつかなくて。
なんかいつもと違う――。
ぱちりと、なにかがはじける音がした。
とたんに、目が覚めたみたいにそれまでうっとりしてた意識がはっきりしてきたの!
「ほ、星崎、さ、ん……? どうしちゃったんですか?」
変な言葉も、もう出ない。
心の中の戸惑いが直接口から出る久しぶりの感覚。
「そんなに、近づかれたらわたし……っ。恥ずかしいっ」
顔を背けるわたしに、ももちゃんとせいらちゃんが言う。
「夢、もとに戻った!」
「魔法が解けたんだわ!」
二人とも、そんなことより、助けてよっ。
大魔法使いさんの悔しそうな声が聞こえる。
「ちくしょう。どういうことだ」
大魔女さんが、教えてくれる。
「クレオパトラが誘惑をやめるのは、逆にターゲットから迫られるほど虜にしたとき……。つまり、魔法が解ける唯一の方法は、誘惑した相手に逆に誘惑されることなんざんす」
そうか。
だから魔法が解けたんだ。
って、え?
星崎さんにわたし、今誘惑されてるの?!
「ほとほと乙女の夢みたいな薬作りやがって」
つっこむ大魔法使いさんの向こうではせいらちゃんが冷静に言う声が聞こえる。
「読めたわ」
「せいら、なにかわかったの?」
「ももぽん。魔族は、酔うと星崎さんのかっこよさが半減し、夢っちが幻滅すると踏んでいた。でも実際は彼は酔うと、王子様度が加速する体質なのよ」
「そんな体質、ありなのっ??」
星崎さんは切なげな目でわたしを見るのをやめてくれない。
「頼り合う家族はいらないって思ってきたのに。君が現れてから不覚だらけだよ。夢ちゃんが甘えてきて、うんと困らされて。それが、すごく嬉しかったんだ。例えそれが魔法かなにかのためだってわかっていても。魔法なんかなくても、オレがわがままにさせることができたならって」
その手が両側からわたしのもたれてる木について、彼に囲われてしまう。
「少しのことでも気にやんでしまって。誰よりきれいな感情を持ってるのに、言いたい事が言えなくて。そういう君がほしい」
息がかかるほど近くで、彼が見てくる。
「夢ちゃんといると、自分がわからなくなる。かわいすぎるんだよ、君は」
わたし。今……夢を見てるのかな? 星崎さん、わたしをかわいいって。
星崎さんの口元が、スッとかすかに上がる。
「うん。食べたいほどね。噛み砕かれたくなかったら、もう黙ったほうがいいよ」
「……!」
きゅんと、心が締まる音がする。
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