⑮ 魔族カップルの誕生
「うわ~っ。やめろ。やめてくれ。恋の空気がいっぱいだ! 息苦しくてかなわん!」
大魔法使いが頭を振り乱してる。
そうだろう。夢未と星崎さんは完全に二人の世界だ。
「いいえ、これでいいのよ。パパ」
そこへ黒服と黒いとんがった帽子の女の子が現れた。
ヒルデだった。
彼女と目が合う。
「マーティン。今度はあたしが助けにきたよん!」
僕はうなずいた。
「よく来てくれた」
大魔法使いが進み出る。
「ヒルデ! このっ。心配かけやがって。今までどこにいやがった!?」
自分で娘に好きにしろって言ったくせに。
勝手な大魔法使いを、大魔女が押しのけた。
「このまぬけが! 女の子には優しくするもんざんす。ヒルデ、よく戻ってくれたざんす~」
「大魔女おば様」
「考え直して、甥のヘルプストと、結婚してくれるざんすね」
大魔女は嬉しそうにヒルデを見つめるが、彼女はまだ決心がつかないようだ。
「花嫁さん。彼が好きだったら、素直になってどんと胸に飛び込んじゃったほうがいいぜ」
神谷先生もそう言うが、ヒルデはまだうつむいて手をいじっている。
「でもぉ……あたしは……」
そのとき、今まで鳴り響いていたカラオケ機の音楽が止んだ。
辺りが静寂に包まれたあと、マイクエコーのかかった声がする。
「もう一度言う! ヒルデ、結婚してくれ!」
急にみんなの視線が宴会テント奥の舞台に集まる。
ようやく来たか。
とがった耳を持ち、つぎはぎの服を着た彼は、居酒屋によくあるカラオケ機のマイクで叫んだ。
ヒルデは、婚約者の彼に叫び返す。
「よっく言うわ、ヘルプスト! あなたは家出したあたしを迎えに来てくれなかったじゃない。ヒルデ、超寂しかったんだから!」
ヘルプストは、マイクを舞台に置くと、ヒルデに向かって歩いてくる。
「すまない。いろいろ準備があったんだ。会場も青い城の大広間を手配した! ドレスも、すばらしいショップを見つけたんだ。カフェと一緒になってる店なんだけど、貸衣装がたくさんそろってて」
結婚の準備が整っていることを述べるヘルプストだが、だんだんと、ヒルデの表情はかげっていく。
「会場やドレスは、家出のほんとうの理由じゃない。ヒルデ、そうだろ」
そう言うと、彼女はかすかにうなずいた。
「マーティン……そうなの」
「えっ。それじゃいったい」
ヘルプストに、ヒルデは言った。
「……恥ずかしいって」
泣きそうな顔で。
「パパやみんなが、魔族のくせに恋をするなんて恥ずかしいって」
❤
顔を覆ったヒルデの気持ちが伝わってくる。
式に招待客はゼロ。
たったふたりだけの結婚式。
なんだ。そうだったんだ。
マーティンにちょっかいを出すやな子だと思ってたヒルデは、きっと寂しかったんだね。
こういうときに強い夢が星崎さんの腕の中から、優しくうながす。
「ほんとの気持ちを、言ってごらん。ヒルデちゃん」
あたしもそれに続いて、言う。
「そうだよ! どーんとぶつけちゃいなって」
「自分に正直になっていいのよ」
せいらも背中を押した。
乙女たちにはもう、ヒルデの気持ちがわかってたんだ。
ヒルデはこくりとうなずいた。
「ヒルデ、みんなに……お祝いしてほしかった……っ」
とぼとぼと音がする。
大魔法使いがヒルデに歩み寄ってきたんだ。
「娘よ、恥とか、ひどいこと言って悪かった」
ぺこりと頭を下げる。
「驚いてつい言っちまったんだ。恋愛結婚の習慣は魔族にはないんでな。しかし、本音をここで明かしてしまえば……」
とここで、咳払いを一つ。
「ぶっちゃけ、オレの娘は天才じゃないか、古い習慣を変える魔族の救世主になってもおかしくないんじゃないかって……それを聴いた晩は一人、魔法の塔の部屋にこもってついフィーバーしてしまい、踊り狂ってたんだ」
大魔法使いって……。
悪いやつって思ってたけど、意外と親ばかでかわいい、ついでに宴会好きの、ふつーのおっさんなのかな?
「しかも、花婿の伯母の大魔女と一緒になって、内緒でウエディングケーキをプレゼントしてやろうと、恋心を燃やした灰で作る調味料の調達を、つい年甲斐もなくがんばってしまってな」
……へ?
恋心の灰で作るケーキって、ヒルデのためのウエディングケーキだったの?
あたしたちをさらったもの、夢の恋心を灰にしようとしたのも、そのため?
「なんて人騒がせなのかしら」
せいらさん、ごもっともです。
「パパ、ありがとう。でも、ヒルデ恋心の燃えがらケーキなんていらないんだっ。みんなにいっぱい恋してほしいの!」
「それじゃぁ、われわれのウエディングケーキ計画は失敗ざんすねぇ」
残念そうに言う大魔女。そこに進み出たのはヘルプストだった。
「心配ないさ! ウエディングケーキも、今の今まで、あるカフェの女店主に弟子入りして、最高にかわいいものを用意したんだ!」
ヘルプストが合図すると、黒いスーツに白いエプロンをした、鬼や小悪魔の恰好のお兄さんたちが、動く台に乗せて、まさにそのケーキを運んでくる。
外側はクリームに交じった赤のプラムの柄で大輪の花びらのよう。真ん中はスライスされたりんごがバラの形に並んでいる。
とってもおしゃれ。
そしてあたしは気づいてしまったの。
ケーキに添えられたカードに、見覚えのある字で
魔女も見惚れる恋心の花びらケーキ~レモンで煮たアップルを並べて~
『赤毛のアン』にでてくるアップルケーキと『大泥棒ホッツェンプロッツ』にでてくるプラムのクリームのケーキにインスピレーションを得た一作。
秘密の花園 女店主秘伝
って説明書きが添えられてるの。
モンゴメリさん、ヘルプストの師匠まで引き受けたんだ……。
❤
その場で式が始まって、真っ白いお花いっぱいのドレスに着替えたヒルデちゃんがみんなにケーキを配ってく。
一件落着かぁ。
「星崎さん、ありがとうございました。わたしの魔法、解いてくれて。花びらケーキ、星崎さんの分ももらってきます」
走り出したら、ぐいっと、腕をつかまれちゃった。
そうだった。
すっかり忘れてたけど、まだ彼にかかった魔法が残ってたんだ!
相変わらず魔性な微笑で星崎さんはわたしの顎に触れた。
「花びらならオレは、こっちがいいな」
目を閉じて、迫ってくる。
えっ。
うそっ!
「星崎さんっ、嬉しいけど、その」
はじめてはその、お酒が入ってない時がいいな。
そう言おうとしたとき、どさっと彼が倒れ込んできた。
あわてて彼を支えると、耳元で安らかな寝息が聞こえる。
疲れたのかな……?
そうだよね。
わたしのために頑張ってくれて、挙句酔わされちゃって。
「ごめんなさい。星崎さん」
目を閉じて、ぐっすり眠ってる。
こんなあどけない彼見たの、初めてで。
ふふって笑っちゃったんだ。
口の中で呟く。
トリック・オア・ラブロマンス。
今年のハロィンはトリックだらけだったけど。
こんなトリックなら、もうちょっとだけ、頻繁にやってきてくれてもいいかなって思ったの――。
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