⑫ 魔族のみなさんと乾杯

 魔族さんの宴会会場は屋外テントの居酒屋さん。

 黒い花々や不気味な植物が咲いている森の中に、真っ黒いテントが張られた広場が作られてる。その下に、備え付けのテーブルがいくつもあって、みんなビールやウイスキー、カクテルを飲んでる。

 奥には仮設の舞台と宴会にお約束のカラオケ機があって、ツノのはえたおじさんやとんがり帽子のおばさんが入れ代わり立ち代わり、自慢ののどを披露していてすごく賑やか。

 招待状に指定されたテーブルでは、大魔法使いと海の魔女がいて、もうすでにたくさんの空のグラスが転がってる。

「ようこそ、魔族の飲み会へ! あんまり遅いから先に始めてたよ」

 海の魔女の顔は真っ赤。

 となりでももぽんとマーティンくんの囁く声がする。

「もうすっかりできあがってるね」

「さすがは魔族というべきか」

 そうね。

 さっとあたし、せいらは夢っちを見る。

 魔法のせいで、相変わらず星崎さんにくっついてるから、今のところは安心かも。

「さぁさぁ、早いとこ席に着け! 遠慮はいらないぞ」

 大魔法使いに促されて、あたしたちはテーブルに腰を降ろした――。

 あたしはさり気なく、かみやんに目配せする。

 彼はうなずいて、となりの丸いテーブルで一人飲んでる大魔女の方へ向かった。

 あたしは料理やジュースを楽しむふりをしながら、丸テーブルの二人の会話に耳を傾けた。

 かみやんが近づくなり、

「またあんたざんすか。この乙女心もてあそんで。もう騙されないざんす」

 さすがの大魔女も警戒心露わ。

「悪かったよ。もう卑怯なまねはしない。約束だ。で、正々堂々訊くんだけど、なにをたくらんでるんだ」

 ガシャンと大魔女が持っていたウイスキーのコップをテーブルにたたきつける音がする。

「ひどいざんすっ。あたしたちは純粋に仲直りがしたくて招待したのに、あんたたちは疑ってるざんすね……」

 テーブルに伏せるところがいかにも哀れっぽいけど、これも同情をひく演技かもしれない。

 こっちこそ騙されないわよ。

「!……ごめん。そんな気はなかった」

 って、かみやん! なに駆け寄ってんのよ。

 あぁ、肩なんか抱き寄せて、もう、人が好いんだから。

 大魔女は顔を上げずに言う。

「よしんばたくらんでたとしても、もうあんたにはぜったい教えないざんすから!」

 途方にくれたように、かみやんが宙をあおいだ。

「なんか、へこむな。オレには話せないことなんだ。作戦で騙しはしたけど、あんたのことかわいいって言ったのはほんとだぜ」

 ……かみやん。

 後でゆっくりお話しましょう。

 心でそう脅していると、ぱっと大魔女が顔を上げた。

 ぼそぼそと語り出す。

「……恋心を夢未というあの小娘が自分から手放すように仕向けようというのが、今夜のほんとうの計画ざんす。そこを狙って捨てた恋心に火を点け、灰にするつもりざんす」

 大魔女の向かいに座りながら、かみやんが首を傾ける。

「そうだったのか。けど、どうして宴会を?」

「夢未の恋の相手ざんす」

 くいーっと、大魔女は相当量のウイスキーを飲み干す。

「あやつは大人。大人の醜くてめんどくさいところといったらお酒ざんす! 酔いに酔っぱらった大人はめそめそ泣きだしたり、くどくど怒り出したり、みっともないことこのうえないざんす。そういう姿を見れば、熱烈な恋も一瞬にしてさめりゅざんす!」

 だんだん白熱してきた大魔女はかみやんのほうに身を乗り出していく。

「あんたは星崎というあの男とは古い付き合いという調べがついてるざんす」

 そして、かみやんの前にウイスキーを注ぐ。

「教えてはくれないざんすか。あやつは酔うとどうなるざんす」

 かみやんが、ゆっくりとコップを持ち上げ、口を付けて、コトリと置いた。

「ごめんな。オレはあの人だけは売れないよ」

 しわくちゃの大魔女の顔が、余計にしわくちゃになって歪んでいく。

「……やっぱり、あたしの情報が目的だったざんすね」

 さすがのあたしもかわいそうになるほどのしおれようだわ。

 背の高い椅子に座り直して、かみやんは大魔女を見据えた。

「確かに、これじゃフェアとは言えねーな。わかった」

 大魔女がえっと顔を上げる。

「じつを言うと、星崎先輩と何度となく飲んだことはあるんだ。ただ、あの人が酔ったところは見たことない。ほんとだ」

「酒に強いってことざんすか」

 かみやんがうなずく。

「どこまでも隙を見せないっていうか、そういうとこあるんだよな……。だから一回、つぶれるまで飲ましてみたいなって思ってるんだけど。こんなとこでいいか」

「十分ざんす。礼を言うざんす」

 去ろうとする大魔女さんの肩にかみやんが触れる。

 耳元で囁く。

「甥御さんの花嫁さん、帰ってきたか?」

 悲しそうに、大魔女は首を横に振った。

「そっか。大丈夫。そのうちころっと戻ってくるさ」

 かみやんはそう言って、あたしたちの席に戻ってきた。

 神谷先生がこっちの席に戻ってくると、

「ささ、星崎王子とやら、これを飲むざんす!」

 大魔女さんも後に続いてこっちへ来て、星崎さんにグラスを勧め出したの。

 いよいよ乾杯なんだ。

 グラスには並々と注がれた、ゴールドの波に星屑が揺れるちょっと見たことないお酒。

 星崎さんは手を振って断る。

「夢ちゃんがいるところでは、飲まないことにしてるんです」

「星崎さん。そうだったんですか?」

 確かに、うちにビールとかワインとか見たことないかも。でも、今わたしと暮らしてるから、それじゃずっとお酒飲んでないんじゃ。

 わたしがそう思ってるのがわかったみたいに星崎さんが言った。

「ちょうどいいんだよ。飲み過ぎは身体にもよくないしね」

「なんだかねぇ。酒一滴ものまないなんて、それはそれでつまらない男だね」

 海の魔女さんが言うけど、そうかなぁ。

 そこがすてきだと思うけど。

 大魔女さんもうなずいてる。

「うみゅ。適度な飲酒はストレス解消にいいざんす」

「その、適度っていうのができない人いるだろ。困るんだな、これが」

 そう言った神谷先生の肩を星崎さんがつく。

「龍介」

 海の魔女さんが嬉しそうに大きな声をあげる。

「なぁんだい、見かけによらず酒豪なのかい!」

 そ、そうなの?

 星崎さん、お酒にすっごく強いってこと?

 本人はあいまいに笑って、

「飲めなくはないですよ」

 なんて言ってるけど。

「ほほう、さしづめ、あんたも飲み過ぎで不祥事起こして謹慎中かね~」

 なっ。海の魔女さんたら。

「いえ、そういうわけでは」

 そうだよ。星崎さんに限ってそんなことあるわけないのに。

「気にしなさんな! 一度や二度くらい魔族では当たり前だからね」

 もう~。

 だから違うってば。

「大人たち、盛り上がってるね」

 隣のテーブルでは、ももちゃんがお月様のチョコレートで飾ったパンプキンジュースを片手に言う。

「うちのママも、酔っぱらうとすごいの。『あたしのかわいいもも叶ちゃ~ん❤』とか言って抱き着いてくんだよ、ほんと迷惑」

 せいらちゃんも、こうもりさんのチョコレートが浮かんだアイスラテを両手で包んですまし顔。

「ももぽんも夢っちも、大人になったら気をつけた方がいいわよ。飲み会の席ではセクハラとか多いんだから」

 せいらちゃん、なんでそんなこと知ってるんだろう……?

 きゃははって笑って、手を振りながら、ももちゃんが言う。

「でもさ、酔っ払いおじさんに絡まれてるところを、かっこいい同僚に助けられたりするかも!」

「その場合、その同僚も酔いが回ってると思う」

 マーティンが日本に来てからはまってるっていうウーロン茶を前に、クールに両断。ももちゃんはぷくっとふくれる。

「もともこもないこと言わないで」

「……もも叶を助けるのは、僕一人でいいんだ」

「へー? 今回来てくれたのはジョニーだったけど! かっこよかったよ~ほんと」

 そういえば、ジョニー、ももちゃんとどうなったんだろう。

「ジョニーと、話せたか」

「……うん」

「そうか」

 それっきりマーティンはももちゃんになにも訊かなかった。

 でも、ももちゃんは答えた。

「つらくて」

「うん」

 ももちゃんの背中を、支える彼。

「あたし、マーティンじゃないと、だめなんだ。そのことが」

 わたしはそっとせいらちゃんと目配せしあう。

 その様子を見てるだけで、なにがあったか、だいたいわかったから。

 そのとき、また反対側で声がした。

「野郎、さっきから聞いてればなんだ? オレの酒が飲めないってぇのか!」

 見ると、大魔法使いさんが、大きなビールジョッキを星崎さんに近づけてる。目がギラギラしてる。怖い……。

 でも星崎さんといえば、余裕で笑ってる。

「一度仮死薬を勧められた過去があれば大概は躊躇する」

 うん、それはそうだよね……。

 痛いところをつかれた大魔法使いさんは、取り繕うように言った。

「うう、うるさい! よし、この大魔法使い様と勝負しろ! お前は手ごわそうだから、三度挑戦する。一度でもお前が負けたら飲んでもらうぞ。いいな」

 ええ?

 なんかそれって、ずるいような。

 でも星崎さんはうなずいた。

「わかった。やるよ」

「ようし、さっそく始めるぞ!」

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