⑪ これがほんとの星崎王子? ~もも叶の語り~

 暗くなったシアター内にはすぐにまた明かりがついた。

 海の魔女の姿はもうどこにもなくて、ただ貝殻の形の舞台だけがそこにあった。

 場内にアナウンスが流れる。

「ただいまを持ちまして、ストーリーシーは閉園のお時間となります。

 またのご来園を心よりお待ちしております」

 お客さんたちはどこか腑に落ちなそうな顔をしながらも、今日は特別な演出だったのかな、なんて言いながら、帰っていく。

 でも、あたしとせいら、そしてマーティンには、これが単なる演出じゃないってことはもうわかってた。

 そして、次の瞬間の星崎さんの言葉で、それははっきりしたんだ。

「夢ちゃんがいない……!」

 ほんとうだ。

 さっき夢がいた隣の席は空。

 シアター内を見ても、どこにもいない。

 大変だ!

 海の魔女の仕業かも!

「手分けして探しましょう。まだそう遠くには行ってないはずだ」

「あぁ。みんなはここで待ってて」

 神谷先生と星崎さんがシアターをを出て行こうとする、その先に、立ちはだかった人がいた。

 小夏さんだ。

「なんのつもりだ、小夏」

 押し殺したような、星崎さんの声が響く。

 小夏さんは、切なそうな目で、それでも星崎さんたちの前に両手を広げていた。

「夢未ちゃんには、どうしても、お土産のストラップを、渡したい人が、いて」

 星崎さんの瞳が、見開かれた。

 彼だけじゃない。

 あたしも、せいらも。

 この場にいるみんなの中に、最悪の予感が駆け抜けたんだ。

「どいてくれ」

 そう言う星崎さんの腕を、小夏さんは泣きそうな顔で掴んで首を横に振る。

「君が、引き渡したのか。まさか、ここへ一緒にきたのも全部、そのために――」

  顔を覆って、小夏さんは、語り出した。

「星降る書店にあの人が来て、あなたが追い返した日。あたしあわてて追いかけたの。彼、泣きながら言ってた。心の弱さでいつも力に訴えてしまうけど、ほんとは夢未ちゃんのこととても愛してるって」

「……」

「お願い。一度だけでいいから、チャンスをあげて。夢未ちゃんのお父さんに」

 星崎さんは、じっと俯いていた。

 そして、上げた顔は微笑んでいた。

「……ありがとう、小夏。夢ちゃんのこと、想ってくれて。ほんとうは、オレにもわかるんだ。希望を持ちたい君の気持ちは」

 小夏さんが、顔を上げる。

「それじゃぁ……」

 微笑んだまま、星崎さんは斜めに下を見下げた。

「『愛してる』か」

 でも、その笑顔はどこか暗くて、その言葉はどこか、皮肉みたいに響いた。

「オレの親も、何度もそう言ったよ。さんざん殴ったり、意味のない罵倒を浴びせたあとで。車に火を放つ、前日でさえも」

 あたしは、息を飲む。

 小夏さんは、しゃがみこんだ。

「わかったわ。……今二人は、アラビアンエリアに向かってる」

 マーティンがすばやく動いて小夏さんを支える。

「彼女は僕に任せて。ほかのみんなは夢未たちを追ってください」

 その言葉が終わらないうちに、あたしたちは、シアターの外に駆けだしたんだ。

 ヴェネツィアの街を模ったストーリーシーはところどころに街灯がある。その明かりを頼りに走って進んで行くと、奥の方に一人、ぽつんと立つ人影が見えた。

 小さな帽子に、紳士なコート。太い眉毛と大きな鼻。

 もしかして。

 先頭を走っていた星崎さんが立ち止まる。

「あなたは」

 そのおじさんは帽子を上げて、挨拶する。

「今晩は。有能な書店員さん。そうです。ケストナーという作家を賛美する、星降る書店のしがない常連客ですよ」

 ケストナー先生!

 あたしとせいらは顔を見合わせる。

 助けに来てくれたんだ!

「すみません、今少し立て込んでいて。女の子が一人、姿を消しているんです」

「一大事というわけだ。しかしまぁそう焦らず。運命の女性との出会いは、縁という不思議な力によるものですから」

「……なんすか、この緊張感のない人は」

 神谷先生が、星崎さんに囁いてる。

「少し、ユニークなお客さんでね」

 さすがの星崎さんも、多少いらいらしてるよ。

「星崎さん、このおじさん、こう見えてすごい人ですから」

「そう、きっと、役立ってくれると思いますわ」

 あたしとせいらは一応フォローしておく。

「その通り。あなたのピンチを知った、知り合いのとある女流作家さんから、これを届けてほしいと頼まれましてね」

 よっこいしょと、ケストナー先生は、大きなカバンから、これまた大きな箱を取り出した。

 戸惑いながら、星崎さんはそれを受け取る。

「少々不思議な代物で、身につけると、自分を待つお姫様のもとへ必ず辿りつけるんです。

 僕が使ってもよかったんだが、やはりこういうのは若くてすてきな人物設定の方でないとね」

 ウインクすると、ケストナー先生は行ってしまった。

 あたしとせいらにこう言い残して。

「あとは、頼んだよ」

 はっと気づいたあたしは――説得にかかった。

「星崎さん! 『は? なに言ってんだあの変なおじさん』っていう気持ちはわかるけど、ここは一つ、騙されたと思って、その箱、開けてください!」

 せいらも横から援護してくれる。

「あたしも、箱の中身の機能は保証します。お願いです」

 星崎さんは、頷いた。

「わかった。ももちゃんとせいらちゃんが、そこまで言うなら」

 彼がそう言った時、横のベンチで声がする。

「うわっ。すげー。見てくださいよ、先輩、これ」

「ってかみやん、なに勝手に開けてんのよっ、あたしたちの説得意味ないじゃないっ」

 せいらがつっこみつつ、あたしたちは、ベンチに駆け寄って、箱の中身を見た――。

 ――確かに、すごかった。

 星崎さんの顔が、ひきつってる。

「これは、どうしたもんかな」

 や、やばい。

 星崎さん、躊躇してる。

 でも、今度の説得係は、神谷先生がかってでてくれた。

「本気で迷ってるんですか? 先輩は今めちゃくちゃ大人しいタイプの彼女を怒らせてる上に、みすみす危険を伴う相手に渡しちゃってるんですよ。減点もいいとこの、この状況下で、手段なんか選んでる場合すか」

「……そう言われると、弱いな」

 星崎さんが言って、おっ。

 いい感じ!

 最後の一押しとばかりに、神谷先生がにやっと笑った。

「星崎先輩がこんなの着て、颯爽と現れたりしたら、夢未ちゃんのどんな怒りも立ち消えですって」

 星崎さんは溜息を一つ。

「わかった。オレの負けだ」

 やった!

「時間が惜しい。すぐに身に着けて、追いかけよう」

 星崎さんが、箱の中身をさっと広げて、勢いよく羽織る。

 待っててね、夢。

 必ず、助けるから……!

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