おまけの章 キルヒベルクの報告会

 列車の中の言葉通り、キルヒベルクにつくと、夢とせいらは先にメルヒェンガルテンの外へと帰って行った。

 マーティンの住まい、つまり、寄宿学校の寮では、身体のあちこちに湿布や包帯をしたジョニーが迎えてくれた。

「マーティン、ベッドを整えてある。横になりなよ」

 もう一人、男の子が一緒にいる。

「まったく、世話の焼けるリーダーだぜ」 

 その皮肉な口調と裏腹な、素早くマーティンの肩を支えてくれる素振りですぐにわかった。

 彼は『飛ぶ教室』の登場人物の一人。

「ありがとう、セバスチャン。マーティンかなり疲れてるから、早く休ませてあげたくて」

 そう言うと、セバスチャンは、支えているマーティンに向かって口笛を吹いた。

「君の奥さんは、随分いきとどいた人らしいね」

 えっ。

 奥さんってっ。

 マーティンの反応はというと、

「セバスチャン。……そういういらないことを言いたければ、今が最適だぞ。反応する気力が残ってないから、言いたい放題だ」

 手慣れてるみたい。

 皮肉に皮肉で応戦してる。

 少しは照れたりしてくれてもいいのにな。

 部屋についてマーティンをベッドに横たえたあとは、ゆっくり寝てもらいたいから、あたしたちは他の部屋に移ろうとしたんだけど。

「みんな、残ってくれ。これまでのことを報告し合うんだろう。僕もそこに居合わせたい」

「そりゃそうだな。一番肝心な事件の発起人がいなくちゃ」

 セバスチャンのきつい言葉に思わず反応してしまったのはあたしだった。

「違うの。マーティンが魔女のおばさんのところに行ったのは、あたしのためで」

「もも叶。いいんだ」

 マーティンに遮られる。

 よく見ると、顔赤い?

 なんとなく気まずくて黙っていると、ジョニーがうまくまとめてくれる。

「君がそう言うなら、そうするよ、マーティン。さっそく、僕らのリーダー復活だ」

 そして、その部屋で報告会になった。

 あたしは、マーティンを助けるまでのことをジョニーとセバスチャンに説明する。

「でも、わからないのはあの魔女のおばさん。なんでジョニーに嘘なんかついたんだろ。マーティンが悪い女の子に夢中なんて」

 ベッドの中から、声がする。

「なに。あの魔女め、そんなでたらめを」

 マーティン、そりゃ怒るよね。

 ジョニーが笑いながら、

「魔女の言ってたことは、全部が嘘ってわけじゃない。悪い女の子っていうのは君のことだよ。もも叶ちゃん」

 えっ!

「あのおばさんめ」

 人のこと悪い女はないでしょっ。

 ぷんぷん。

 怒ったあと、あたしはあることに気が付いた。

 ん? てことは。

 ジョニーが好きにならせようとしてたのって、あたしだったの!?

 えーっ。ぜんぜん気付かなかった。

 これもう、気まずすぎてジョニーの顔見れない。

 だけど、やっぱりわかんないや。

 おばさんはどうしてそんなこと仕向けたの?

 一人で混乱していると、軽蔑したようにセバスチャンが言った。

「あの魔女、どろどろした愛憎劇がなにより好きらしいからな」

 ……まさかの昼ドラ的展開見たさ!?

 そう言えば、マーティンをさらっていったときあの人、ドラマチックな展開がどうとか言って気がする。

 セバスチャンが大人みたいに肩をすくめた。

「マーティン、ジョニー。要するに、お前ら二人とも、魔女にはめられたんだよ。

 そろいもそろって、女になんかうつつ抜かしてるからこうなるんだ」

 がばっと、マーティンがベッドから上体を起こす。

「なんだと。もう一度言ってみろ」

「まぁ、マーティン。けんかしてる時間が惜しいよ」

 さすが、なだめ役のジョニー。

「そうだよ。それにセバスチャン、マーティンはともかく、ジョニーは『うつつ抜かして』なんかないよ。あたしのこと、すごくよく助けてくれて」

 ……あれ?

 なんでセバスチャンもジョニーも黙ってるの?

 あたし、なんか変なこと言った?

 ジョニーが、いつものあの悲しげな大人びた目をして言った。

「もも叶ちゃん。君を、『悪い女の子』って言った魔女の言葉は、ある意味ほんとうだね」

 え、なんで!?

 まさかのジョニーに言われるなんて、ショック。

「ジョニー。もも叶は、いい子だ」

「マーティン、お前は黙っとけ」

 セバスチャンだけじゃなく、ジョニーも珍しくむっとしたように、

「そもそも、マーティンが始めから相談してくれればこんなややこしいことにはならなかったんだよ。君はいつだって僕に隠すんだから」

 そして今度はいつもみたく微笑んで言った。

「どうして言ってくれなかったの」

 マーティンは顔を枕に伏せた。

 震えてるのがわかる。

「言えるわけ、ないだろ。好きな子と一緒にいたくて悩んでるなんて。よりによって、ずっと一人で生きてきた君に――」

 ……そうだった。

 あたしは、『飛ぶ教室』冒頭に書いてある設定を思い出した。

 ジョニーは小さい頃、両親に捨てられたんだった。

「こういう身の上だからこそ、親友とは助け合いたい。そういうものじゃないかな」

「ジョニー」

「だけど、そういうところが、君らしいよ。やっぱりマーティンは僕らのリーダーだ」

 うん。

 セバスチャンさえ、否定しなかった。

 セバスチャンとジョニーはしばらくのあいだ、あたしたちを二人だけにしてくれた。

 もう時刻は真夜中。

 あたしは伸びをした。

「さ、報告会は終わったから、やっと寝れるね。マーティン」

「もも叶」

「ん?」

「物語の外の住人にはなれなかったけど。 やっぱり、君と一緒にいられる方法を考えようと思うんだ」

 あたしは顔をうつむけた。

 嬉しくて。

 幸せで。

 ちょっと、意地悪な気持ちが芽生える。

「かっこよく決めてるけど、さっきあたしの胸、触ったくせに」

「はぁ!?」

 彼がまたベッドから跳ね起きる。

 理不尽なこと言われたときの、この全身使った反応。けっこうおもしろいかも。

「列車にいるあたしを突き飛ばすとき」

「……あの時は、確か首元だったと」

「言い逃れするのー?」

「……ごめん」

 どこか腑に落ちなそうに謝るのも笑える。

 あたしはマーティンの枕元に、『物語星座のケーキ』を置いた。

「これ、食べてくれるなら許してあげる」

 彼がそっと、それに向かって伸ばす手がシルエットになる。

 夜空の星が、窓の向こうからあたしたちを照らしてる。

 距離も時代さえも、超えて。

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