㉖ 対決! もも叶VS海の魔女
あたしたちは列車から降りて線路を辿り、魔女のおばさんと堂々対峙した。
先頭きってやってきたあたしの顔を見るなり、おばさんは毒々しい顔をした。
「まったくしつこい娘っ子だね、アンタも。坊やは愛しいアンタのために列車を突き飛ばしたんだよ。でなけりゃ今頃アンタもあたしの蔦の餌食。商品になってただろうさ」
無視して、あたしはびしっと指を突き立てた。
「おばさん、あたしと勝負して! もしあたしが勝ったら、マーティンを返して」
ふふんとおばさんは巻貝イアリングを揺らして笑う。
「七つの海最強といわれたこのアタシにケンカ売ろうってのかい? いい度胸だ。条件によっちゃ買ってあげなくもないよ、つまり、アンタが負けたら、あたしのものになることを承諾するかどうかってことだがね」
蛇にからまれてるマーティンがやっとのことで叫ぶ。
「もも叶、のるな! わなだ」
あたしの決意はもう固まっていた。
「いいよ、その条件呑んだ!」
おばさんの高笑いが響く。
「そんじゃ、さっそく勝負の内容決めといこうじゃないか」
おばさんが黒いネイルのツメを振ると、色とりどりの本がぐるりと囲んで円になったものがでてきた。回りながら宙に浮いてる。
「どうだい? アタシのコレクションだよ。決闘の場面のある本が並んでる。
あんたが引き当てた本とそっくりおなじ内容でやりあうとしよう。
『三銃士』の冒頭のような銃撃戦の場合もあるし、怪盗ルパンとシャーロック・ホームズがしたような頭脳戦も入ってる。どんな方法を引き当てるかはあんたの運次第。さぁ、決心しておとり」
「ももちゃん、頑張って」
「落ち着いてね」
仲間の声援を背中に、あたしは深呼吸した。
意識を、本の円に集中させる。
「よせ、もも叶。きっと、どれも魔女側が勝つような話ばかり揃えてるんだ!」
集中が、とぎれる。
「マーティン、ちょっとうるさいよ」
あたしは文句を言った。
「今集中してるの、見てわかんない?」
「だから、それをやめて逃げろって言ってるんだ」
「命令しないでくれる? あたしだって自分で考えてやりたいんだから」
マーティンもむっとしたようだ。
「命令じゃない。一番いい選択を考えて指示を出してるだけだ」
「ふざけないでよ。マーティンがこのまま魔女の薬になるのが一番いい選択だって?」
ぴしゃりと言うと、リーダー気質くんはさすがに黙った。
「たまにはちょっと休んで、あたしにも任せてみなよ」
大丈夫。児童文学の中で、悪党が勝って終わる勝負ってのもそうそうない。よっぽど運が悪くない限り、正義が勝つものを引き当てられる……と思う。
あたしがウインクすると、
「しょうがないな……もも叶には、勝てないや」
マーティンは限界がきたかのように目を閉じて、首をもたげた。
きっとすごくだるいんだろう。
待ってて。
すぐ助けるから。
心を集中して、あたしは一冊の本を選んだ。
手元に飛んできたその本を見て、げっとなる。
なんつー不気味な表紙。
そこに描かれていたのは、人の顔を持ったカラスの胴体だった。
ひょっとして、よっぽど運悪く、化け物が勝って凱旋するお話をひいちゃったってわけ?!
いやな予感を肯定するようにおばさんがお得意の高笑いをする。
「『クラバート』だね。いい本を選んでくれてありがとさん。これに出てくる悪役は最強だ。弟子たちを鳥にするのも人間にするのも、果ては命すら思いのままなのさぁ!」
まじですか。
おばさんが叫ぶと、周りの風景が薄暗い木でできた一室になる。長い棒が浮かんでいて、そこに白い小鳥さんたちがたくさん並んでる。
おばさんはマーティンに手をかざした。
「マーティン!」
とたんに彼の体がちぢんで――白い鳥さんになって、あっという間に棒にとまっている鳥さんたちに紛れてしまう。
「夢。『クラバート』ってどんな話?!」
あたしは、歩く児童文学辞典に力を借りることにした。
「『クラバート』に出てくる水車小屋の親方は、12人の弟子を毎年一人ずつ殺していくの。魔女さんが言ったように、弟子を鳥の姿に変えることもできる。弟子たちがその運命から逃れる方法は、愛する人が、鳥に変えられた弟子たちのなかから自分を見つけ出してくれること」
「そのとおり! お嬢ちゃん、あんたはこの中からマーティン坊やがどれか当てなけりゃならない!」
わかったってば、いちいちテンション高いおばさんだな。
いらっときていると、夢が言った。
「ももちゃん。目を閉じて。心でマーティンと話してみて」
「え!?」
んな無茶な。
あたし超能力者じゃないし。
戸惑っていると、夢は超耳寄りな情報をくれた。
「物語の中で、弟子の一人のクラバートが、好きになった女の子と夢や心の中で話す場面がでてくるの。二人はそうやってどうにか親方から逃れようとするんだ。だからもしかしたら、ももちゃんもできるかも」
「わ、わかった」
あたしは目を閉じた。
真っ暗闇の中で、苦しそうな声が聞こえてくる。
『もも叶、聞こえるか』
マーティン……!
『もも叶の気持ち、受け取った。鳥たちの中から僕を見抜ければもも叶の勝ちだ』
あたしは心で答えた。
『でも、どうやって見分けよう。小鳥さんたちみんなそっくりで、ぶっちゃけどれがどれだかもわかんないよ』
マーティンから答えが返ってくる。
『魔女が鳥たちに待てって命令したとき、僕は一人だけ高く飛び上がろうと思う。
その小鳥を指さしてくれ』
うん。
それならいける。
『わかった!』
心で元気よく返事した瞬間、首もとをぎゅっとしめられた。
首に、蛇がまきついてる。
息が、できない……!
すぐに蛇からは解放されたけど、まだ喉が痛い。
「ももちゃん!」
「大丈夫!?」
夢とせいらが駆け寄ってきてくれる。
「だいじょ、ぶ。ちょい苦しかっただけ」
あたしはピースサインを作って見せる。
「さぁて、ほんとうにだいじょうぶかねぇ?」
手元に戻ったへびを弄びながら、いたぶるようにおばさんが言う。
「あんたたちの考えなんてみんなお見通しなのさ」
おばさんは蛇を蔦のように地面に打ちつけて、鳥さんたちに高らかに命令した。
「待て!」
しん。
どの小鳥さんもみんな、静かに待ってる。
え。……どうして、マーティンは飛んでくれないの?
かすかに、苦しそうな声が聞こえる。
『くそっ。ごめん、もも叶……』
そこで、マーティンの声は途切れた。
戸惑うあたしをおばさんがせせら笑う。
「恨むのなら、あんたが引き当てた話の独特の世界観を恨むことだねぇ」
は? 世界観? なに言ってんのこのおばさん。
半ギレで想っていると、夢がまたまたフォローしてくれる。
「クラバートが怖い夢に魘される場面は、炎で焼かれたり、動物になって追われたり、クラバートが感じてる恐怖とか心の重荷が、体で感じる苦痛になって描かれてるの」
「なるほどね……」
推理に強いせいらも納得した顔をするけど、え、どういうこと?
「ももぽん。この勝負は全部『クラバート』っていう本にのっとって行われているから、きっと、ここは今、心と体が直接つながってる空間なんだと思うわ」
「お仲間の方はなかなか頭がきれるみたいじゃないか」
いつもならカチンとくるおばさんの台詞だけど、今はそんな余裕ない。
気がついちゃった。
今、マーティンは動揺して、弱ってる。
あたしが首を絞められたことで心配がピークに達して、飛べないでいるんだ……!
そんな。
卑怯だよ。
弱っているマーティンからの心の声も、もう聴くことはできない。
これじゃどの小鳥さんがマーティンかわかるわけない。
「降参かい?」
もう、彼を助ける方法はないの?
「大人しく認めな。お嬢ちゃん。あんたの負けだよ」
なにか、なにか……。
あたしは言った。
「待って。小鳥さんたちとお話しさせて。一言ずつだけていいから」
おばさんはまた高笑い。
「小鳥が話せるわけないが、それでもよければどうぞ」
あたしは一羽ずつ小鳥さん達を両掌に乗せて、一言ずつ話しかけて行った。
あなたはマーティン? って。
でももちろん、どの小鳥さんも答えない。
鳴くことすらおばさんの力がないとできないみたい。
「さ、お嬢ちゃん。時間切れだよ。答えを聞かしてもらおうじゃないか」
おばさんの鞭が勢いよくしなる。
あたしは絶望にうちひしがれた――。
「ふふふ。さぁて、どれがマーティン坊やだい?」
――と見せかけて、棒に止まってる中からさっと一羽の小鳥さんをさらった。
「この小鳥さんがマーティン! それがあたしの答えです!」
宣言したとたん、その小鳥さんが白い光になって――
汗をかいて横たわってるマーティンが現れた。
あたしはすかさずマーティンの側にしゃがみこむ。
せいらと夢がはしゃぐ声がする。
「ももぽんナイス! でも、どうやって見分けたの?」
「すごい、これってもしかして愛の力?」
「やだ、すてきだわ」
おばさんも悔しそうに叫んでる。
「ちくしょう。なんでわかったんだい? まさか勘で当てたとか言うんじゃないだろうね」
あたしはそっとマーティンの額に手を当てた。
種明かしをすると。
せいらと夢には悪いけど、奇跡でもなんでもない。
もちろん、おばさんが言ったように好きな人の自由がかかってるのに勘で勝負するほど、あたしも向こう見ずじゃない。
悪あがきで小鳥さんに話しかけてると見せかけて、あたしは小鳥さんを両手で包んだとき、その手に感じる温度をみていたんだ。
一羽だけ、小さな体がすごく熱い小鳥さんがいたの。
この空間は、心が身体にすぐ影響してしまう。
マーティンは具合が優れなかった。
そしてあたしのことをすごく大事に想ってくれてる。
首を絞められたあたしを見て、熱を持ってる苦しんでるのが彼。
そう思ったの。
「ももぽん、天才だわ!」
「すっご~い!」
いやいや、それほどでも。
にっこり微笑んで、あたしは勝利宣言。
「マーティンを動揺させたことが、かえってあだになったね。おばさん!」
「こんちくしょう~っ。覚えておいでっ」
おばさんはベタベタな捨てぜりふを披露して、蛇たちと一緒に消えていった。
そこへ、黄色い列車が到着して、中から二人の人が出てきた。
「一足遅かったようだね」
ケストナー先生と、
「惜しかったわ。あの泥棒魔女にはわたくしからも一言言っておきたかったのに」
モンゴメリさん。彼女は不思議そうにあたしたちと、遠くの線路に投げ出してある夜空色の汽車を見て、
「それにしても随分早く到着したのね。わたくしたちだってパレ駅の車掌に事情を伝えて急行列車できたのに。いったい誰の運転できたの?」
あたしと夢はちらと、運転手を務めた子に目をやる。
ふふん、と、ぶっとび小公女子せいらは優雅に髪を振り払った。
❤
ケストナー先生とモンゴメリさんが黄色い列車で帰って行くのを見届けて、あたしたちは弱っているマーティンを列車でキルヒベルクまで送り届けることにした。
列車の席に苦しそうに横たわった彼を見る。
「マーティン、もうちょっとだからね」
落ちそうになる涙を慌てて拭う。
本の外の世界の人になって、あたしとずっと一緒にいるために。
なにもかも一人で抱え込んで頑張ってくれてたんだね。
それなのにあたし、他の子が好きになったのかもなんて。
ほんと、ごめんね。
目を開けると、マーティンが起きて、こっちを見上げてた。
「もも叶は……すごいな」
「マーティン。無理に喋らないで」
そう言ったのに、やっぱり彼は続ける。
「頑張って……守ろうと、したのに、逆に守られてる。これじゃ……格好つかないよ」
なに言ってんの。
「十分かっこよかったよ」
マーティンは目を見開いて、そして安心したように、もう一度眠りに落ちていった。
運転席から、せいらと夢のひそひそ声がする。
「この様子じゃ、キルヒベルクに着いたら、邪魔者は即刻退散したほうがよさそうね」
「そうみたい。でも、ほんとうによかった!」
みんなが、あたしのこと大切にしてくれる。
今度の涙を、あたしは拭わずに済ませた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます