⑯ 物語ドレスが恋を連れてきた ~せいらの場合~
たくさんある赤いクロスのかかったテーブルの一つにかみやんはいた。
横から近づいて行って、声を掛ける。
なるべく緊張してるのが、伝わらないように。
「いいの? 泉先生エスコートしなくて」
「のわっ」
びっくりした拍子にこぼれそうになるシャンパングラスのバランスをとりながら、かみやんはあたしを見た。
「見てたのか。てか気付いてたなら先生に挨拶くらいしろよ」
「だって。さっきから近くにいたのにかみやん、全然あたしのことなんか気づいてなかった」
なんだか、悲しくて。
「ああ、ぜんぜんわかんなかったよ」
むっ。なによ。
どうせかみやんにとってあたしなんて華やかな人並に埋もれちゃう女の子よ。
「まず小学生に見えないっての。今時の女子ってのは格好だけでこうも変わるかね」
え?
それって、もしかして。
大人っぽいってこと?
きれいに変わったからわからなかったってこと?
あたしとしたことが。
いけない。
舞い上がりそう。
「オレはこういう場はどうも苦手でさ」
――あれ。
かみやん、なんかいつもと違う感じ。
自分から進んで参加したんじゃないのね。
薄々そんな気はしてたけど。
黒いタキシードや胸元の王冠の形のネクタイピンはすごく似合ってるけど、こういうところでびしっとしてるより、彼には賑やかな教室や、そうね、車を颯爽と運転してるのが似合う。
やっぱり、家がお金持ちだから、おつきあいで仕方なく――。
それとなくあたしはさぐってみた。
「もしかして、親が色々うるさいくち?」
かみやんのシャンパングラスを傾ける手が一瞬止まる。
「隠さなくていいわ。あたしもそうだから。
最近かみやんが疲れてそうだったのはそのせいね」
かみやんはそのことについてはなにも言わずに、やれやれって感じで笑った。
「せいらといると、生徒と話してる気がしねーな」
ことりとテーブルに置かれたグラスの中の金色の波が寂しそうに揺れる。
「ね、かみやん」
その波を見てたら、自然と言葉が出た。
「泉先生のこと、好きなの……?」
かみやんが目を細める。
それは疲れたような、苦しそうな目だった。
そのとき、携帯の呼び出しが鳴ったの。
「ちっ。時間だ」
かみやんは胸からスマホを取り出して、二言三言会話すると、通話を切った。
「悪いな、せいら。せっかく声かけてくれたのに、もう行かなきゃなんないんだ」
「そう……。忙しいのね」
あぁだめ。
落胆が顔に出るのがわかるわ。
かみやんはちょっと考えるような顔をすると、あたしに向かってにっとわらう。
「お前の察しのとおり、大人同士のくだらないつきあいってやつさ」
え。
あたしは顔をあげた。
婚約者のこととか、家のこととか、自分のこと一切今まで言わなかった彼が、こぼすようにそう言ってくれたことに、はっとしたの。
「ほんとはこんな雑事より、お前といたほうが楽しいんだけどさ。大人には楽しいことばっかじゃいられないときがあるんだ。勘忍してくれな」
右手でスマホを急いで胸にしまいながら左手で彼があたしの肩に触れて、きゅんと胸が狭くなった気がして。
次の瞬間には彼は人並の中に行ってしまっていたわ。
結局、泉先生のことは訊けなかったけど。
あたしはドレスごと自分の胸を抱きしめた。
好きな人に会って話ができるって、やっぱり幸せね。
しばらくこの気持ちに浸っていたいわ。
さぁぼうっとしようとしたそのとき、目の端にきらっと光るものが見えたの。
すぐ目の前、光る何かが落ちてる。
拾い上げてみるとそれは、王冠の形をしたネクタイピンだった。
かみやんがつけてたものだわ!
あ。もしかして。
あたしはまじまじと、パーティーの照明を反射して湖のように紫や水色に光るドレスのスカートを見た。
このシンデレラのドレスのおかげ?
ガラスの靴ならぬ、ネクタイピンを落としていったのは、彼の方だった。
お話とは逆バージョンだけど、でもこれでまた。
これを届けるのを口実に、話せるわ。
あたしは周りの人々がダンスやお料理に夢中なのを確認してそっとタイピンをほっぺに寄せたの。
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