⑮ 物語ドレスが恋を連れてきた ~パーティーへレッツゴー~

 パーティー当日、借りたドレスを着て、ブックマークタワーのきらびやかな会場にきたっていうのに、わたしたち三人はどんより。

 ももちゃんから、マーティンとのデートのことをきいたんだ。

 出かけて行ったメルヒェンガルテンで、デートを楽しんだあとにショックなことを言われたももちゃんの、せっかくの大人っぽい茶色のドレスも帽子も、そこに飾られてる赤いバラまでしゅんと俯いてるように見える。

「ももちゃん、元気出して」

「夢。なに言ってんの。あたしは元気だよ。一方的にあんなこと言うなんて。あんなやつ、別れてよかったんだよ」

 ももちゃん、あははと笑う顔に力がないよ。

 かける言葉を見つけられないでいると、シンデレラドレスの肩の袖をふうっとさげて、せいらちゃんが言った。

「でも、ももぽんの彼、ほんとうに別れ話がしたかったのかしら」

 ももちゃんは強い言い方で答える。

「同じ世界にいる人といた方が幸せになれると思うって言われたんだよ。それ以外ないってば」

「だけど、はっきり別れようって言われたわけじゃないのよね。その前に帰ってきちゃったんでしょう」

 言われてみれば。

 わたしも、まだ真実はわからないって気がしてくる。

「もういいの、せいら」

 でもももちゃんはすっかりしょげかえっちゃってる。

 目が虚ろに泳いでる……。

 泳いでる……。

 こんなのももちゃんじゃないみたい。

 そう思って見てると、あるとき突然そのその目がはっと驚いたように見開かれたの。

「ももちゃん?」

「今、向こうを歩いてく人、マーティンに似てた……」

 えっ。

 ほんとう!?

「見間違いかも。遠くだから雰囲気だけだし、こんなとこにいるわけないし」

 でもほんとうだとしたら、すれ違い解消の大チャンスだよ!

 せいらちゃんがももちゃんの背中を押す。

「追いかけて、ももぽん」

「せいら……」

 わたしも頷く。

「行って、ももちゃん」

 ももちゃんはゆっくり頷くと、ドレスの裾をつまみあげて、慣れないヒールで華やかな人ごみの中に消えて行ったんだ。

 残されたわたしとせいらちゃんまでどきどき。

「マーティンくんとももぽん、また仲良くなれるといいわね」

 せいらちゃんの言葉にはもちろん賛成。

「うん……。なんかずっと気になっちゃうよ」

 それからもう一つ、気になったことがあるんだ。

「物語ドレスって、好きな人に会える確率も高まったりするのかな」

 だってヒロインが恋する人に会わないと物語って始まらないもんね。

 せいらちゃんがあえて、のりのりで答えてくれる。

「そしたら、あたしたちも好きな人に会えたりするかもしれないわね」

「きっと会えるよ!」

  お上品な笑い声がする。せいらちゃんが口元を押さえて笑ってる。

 「いいわよ。夢っちのそういうとこ」

 え? わたしのそういうとこって?

 「奇跡を信じられる純粋さよ。現実派のあたしだけど、夢っちの夢いっぱいの発想は微笑ましく思うわ」

 あは。否定はしないけど、なんかひっかかるなぁ。

 でも、せいらちゃんにだって夢見る乙女要素はあると思うよ?

 よーし、ちょっとからかっちゃおう。

 「あ! あんなところに、神谷先生が!」

 「えっ? そんな。やだっ」

 えへへ。ひっかかった。

 嘘だよ~。と言おうとしたら、せいらちゃんがわたしの後ろに隠れてる。

 え?

 まさか……って、うっそぉ。

 せいらちゃんの視線をたどって、わたしもびっくり。

 そこには、ほんとうにタキシード姿の神谷先生がいたの!

 「せいらちゃん、チャンス! シンデレラみたいに、靴を彼の前で落とすんだよね?」

 せいらちゃんのカールした前髪に細い眉が触れる。肩が震えてるみたい。

 「せいらちゃん、大丈夫?! 調子、悪いの?」

 「違うの。お願い夢っち。……今はわたしを隠して」

 あ……。

 彼の隣には、当たり前のように、真っ白いドレスワンピースを着て、ハーフアップの髪に真珠の花を挿した、泉先生がいる。

 「せいらちゃん。シンデレラのドレスを着てる今なら、例え泉先生が隣にいる彼にでも、話しかける勇気でるんじゃないかな? 物語の不思議な力が、彼と引き合わせてくれたんだとしたら」

 せいらちゃんは勢いよく首を横に振った。

 「違うわ。かみやんのご両親は大手企業を経営してるの。すごくお金持ちってこと。おつきあいでこういう場に顔を出すのは自然なのよ。それに、婚約者といる彼を見るなんて、辛すぎる」

 「でも、泉先生、挨拶しただけですぐ行っちゃったよ」

 「え?」

 せいらちゃんは顔を上げた。

 わたしの言ったことはほんとうなんだ。

 泉先生はもう、ほかの人と話してる。神谷先生は一人、シャンパンを飲んでた。

 「泉先生が神谷先生の婚約者っていうのだって、噂で聞いただけなんだよね」

 「……でも、決定的なのよ。みんな信じてるし」

 わっとせいらちゃんは顔を覆った。

 「あの泉先生。やっぱりすごくきれい。わたしなんか足元にも」

 「わたし、せいらちゃんは負けないと思うな」

 「いいの。気休めを言ってくれなくても」

 気休めなんかじゃない!

 わたしは、せいらちゃんの手を握った。

 「小公女セーラは、どんなに貧しくても、心だけはプリンセスであろうとしたよね」

 伝われ。伝われって思って、力説する。

 「せいらちゃんだって、ダイエットしすぎでお腹ぺこぺこのわたしに、肉まんくれたよね。自分も塾帰りでお腹空いてたのに。それから、わたしの好きな人のことだって心配して捜査してくれた。せいらちゃんの心だって、プリンセスだよ」

 せいらちゃんはしばらくぽかんとして、わたしを眺めてた。

 「夢っち……」

 そうして頷いて、言ったんだ。

 「わかったわ。あたし行ってくる」

 わたしはふ~っと思わずため息。

 四人姉妹の一番目のお姉さんのメグのドレスを着てるからかな?

 大事な妹たちを無事送り出したって気分だよ。

 でも気が付いたら一人だ。

 これからどうしようかな。

 そうだ。

 会場を探検しよう!

 やっぱり、パーティーの名前が『ストーリー・オブ・バレンタイン』っていうだけあって、入口の近くには、恋の小説がいっぱい展示されてる。さっきから気になってたんだ。

 急ぎ足で、そっちの方へ行こうとしたら、

 「あの」

 黒いタキシードの男の子がこっちを見てる。

 同い年くらいかな?

 「よかったら、その、踊ってくれませんか」

 ……。

 えぇぇぇっ!

 「ずるいぞ、お前。オレが申し込もうとしたのに!」

 ちょっと年上の中学生くらいの男の子や、

 「じゃ、次は僕と!」

 なな、5歳くらいの小さな男の子まで。

 あっという間に、わたしのまわりはタキシードの黒でいっぱいになった。

 ひぇぇぇ。

 こんなに男の子に囲まれたの、初めて。

 どうすればいいの~!?

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