⑪ 成功率99パーセント?! モンゴメリ女史のバレンタインレシピ

 エプロンをつけて、あたしこともも叶と夢、せいらの三人は、『秘密の花園』のカウンターの中にいた。

 すごい。こっちから見たの初めてだけど、テーブルからは見えないところに、色んな調理器具や調味料が揃えてある。

「それではみんな。今から、モンゴメリ特製バレンタインレシピの最新版を伝授するわ」

 ひらひらの白いエプロンをつけたモンゴメリさんが作業開始宣言。

「今日あなたたちにお教えするのは、『物語星座のケーキ』よ」

 ケーキ?!

 ハードルたかっ。

「チョコレート仕立てだから、バレンタインにもぴったりというわけ。

 それも、センスの分野じゃあなたたちの住んでるところよりずっと先を行く本の中の世界の中でも最新型なのよ」

 ふむふむ。物語界にも流行ってのがあるんだね。

「正確に言うと、昔から伝わる王道のケーキを新たにリメイクしたものなの。

『十二星座のケーキ』というのが出てくる本があってね。

 それはお料理のレシピノートとお話が一緒になったような本なのだけど」

 へぇ、おもしろそう。その本がこれから作る『物語星座のケーキ』の元ネタかぁ。

「その本の主人公でもある、有能な料理人からつい二日前にこのレシピが届いたの。

 あなたたち、ほんとうにラッキーだったわ。

 気難しい彼女が気前よくレシピを教えてくれることなんて、そうはないのよ。あったとしても風向きが変わる瞬間ほどにあっという間なの」

 困ったものねというモンゴメリさんに、夢が言った。

「モンゴメリさん、そのレシピを教えてくれる知り合いってもしかして、メリー・ポピンズ?」

「さすが夢未ね。よく本を読んでいるわ」

 これにはあたしもせいらもおお! と拍手。

 夢は照れて頭をかきながら、

「えへへ。『十二星座のケーキ』は、『台所のメリー・ポピンズ』っていう本の最後にでてきて、どんなケーキかなって気になったから覚えてたんだ」

 あたしとせいらにもいつものごとくわかりやすく解説してくれる。

「メリーはイギリスの家庭にやってきた家庭教師で、すてきで不思議なことをいっぱい起こすんだけど、気難し屋で、風向きが変わるまでしか家庭教師として家にいてくれないの」

 なるほどね。

 モンゴメリさんが誇らしそうに付け足す。

「彼女とはいわばキッチン友達なの」

 さて、余談はここまで。とモンゴメリさんは手をたたいた。

「始める前にもう一つ、大事なことを伝えておくわ。このケーキに『物語星座』という名前がついている由縁ね」

 うん。不思議な名前って思ってた。

「料理の最後の仕上げに、ケーキの表面に銀の小さなチョコレートをまぶすの。

 するとあら不思議。

 星座の形になるのよ。

 現れた星座の神話が恋の行方を示してくれると言われているわ」

 へぇ~!

 星座には、それぞれ背景の物語があるんだよね。

 プラネタリウムで見たことある。確かギリシア神話とかいったっけ。

「物語占いみたい」

 あたし、思わず呟く。

「なに? 物語占いって」

 あ、そっか。

 せいらは知らないんだ。

 あたしは、前にここ『秘密の花園』でモンゴメリさんからもらったコンパクトミラーのことを説明する。

「鏡の中にはオルコットさんっていう、若草物語の作者が本棚と一緒に住んでて、ピンチのときに占いをしてくれるんだ。それが物語占い。占われた人には、オルコットさんが鏡の中で手に取った本と同じ運命が待ち受けてるらしいんだけど」

「すてき。神秘的だわ」

 うん、やっぱ最初はその感想だよね。

 でも何度か運命をぴたりあてられてるあたしにとっては、今じゃすてきっていうよりちょっと怖い。

 そんなあたしの心を読んだのかモンゴメリさんが背中を押してくれる。

「あら、もも叶。怯えなくても大丈夫よ。占いの結果が出るのはお料理の最後の仕上げのとき。それまでの過程で、生地に恋心をたくさんまぶすことで、いい結果に近づいていくと言われているの」

 そう言われると俄然、やる気が出てくるね。

「それではさっそく始めましょう。用意はいいい?」

 おーっ!

 まず、モンゴメリさんの指示で、夢がオーブンを190度に予熱。

 卵を黄身と白身にわけるのは、せいらがやってくれてる。

 う、二人とも手慣れてる。

 よーし、あたしも!

「もも叶には、チョコレートを湯煎にかけてもらおうかしら」

 はい!

 真っ赤なお鍋の上に、粉々にしたチョコレートの入ったボールをいれて、ヘラでじっくり溶かしていく。

 よし。なんとかうまくとけたべ。

 ほっとしていると夢がボウルに入ったバターを泡だて器で混ぜてるのが目に入る。

 は、はやい。

 モンゴメリさんにもじょうずよって褒められてる。

 「もも叶、夢のボウルにこのグラニュー糖を少しずつ入れてあげて」

 了解です。

 透明なグラニュー糖がさらさら、夜空みたいなチョコの中に溶けて、まるで星屑みたい。

 バターはふわふわのクリームみたくなった。

 そこへ、卵の黄身を持ったせいらが登場。

 「夢っち、疲れたでしょ。混ぜるの交代するわ」

 「せいらちゃん、お願い」

 せいらは卵の黄身をボウルに流しいれると、ボウルを片手で傾けてやっぱり素早く泡立てる。

 夢もちょっとストレッチすると、空いた調理器具を洗ったりなんかしてる。

 ええと、あたしなにしたらいいんだろう。

 なんか二人とも。

 すごくない?

「さすが、恋する乙女は男心をつかむテクがすごいよねぇ」

 思わず言うと、二人の手が、同時に止まる。

「べ、別に、それを狙ってたわけじゃないわ。ただ、たまたま母さんが、お料理やお裁縫に厳しくて」

 せいらが反論。

「わ、わたしだって、お母さんと二人暮らしだったとき、なんでも手伝わなくちゃで、それで」

 夢も真っ赤。

 いや、別に、悪いって言ってるんじゃなく、素直に感心してたんだけどなぁ……。

 そのとき、パンパンと、手を叩く音がした。

「夢未とせいら。作業を続けて。それからもも叶、さっき溶かしたチョコレートをボウルに入れてちょうだい。それからナッツと、牛乳、バニラクエストもね。恋は最後まで気を抜かない」

「「「は~い」」」

 てへ、つい無駄話しちゃった。

 あたしたち三人、ぴんと背筋を伸ばしたのでした。

 ケーキの生地をオーブンに入れて待つこと三十分。

 できあがったふわふわのチョコレートケーキにあたしたち、感激!

 でもまだ最後の仕上げが残ってる。

 「さぁ、最後は三人一緒に、この銀のチョコチップをケーキにまぶしましょう」

 ケーキが乗った丸テーブルを囲んだあたしたちは緊張。

 ここでチョコレートが何の星座の形になるかで、あたしたちの運命は決まるんだよね。

 「いくよ、夢。せいら」

 「うん!」

 「覚悟、決めたわ」

 あたしたちは、いちにのさんで、てのひらいっぱいにつかんだ銀のチョコチップをケーキの上に散りばめた。

 ……。

 しまった。

 確かにチョコチップは、星座っぽい形になってはいる。

 でも。

 これが何座かわからん!

 そしてわかったとしても、星座がどんな物語を背景に持ってるかなんて……。

 うわー、知らない。

 こうなったら推測だ。

「形だけ見ると、二本の角と胴体みたい。動物かな? おうし座とかやぎ座とか、十二星座にあるから、そういうのとか……」

 すっと目の前に制するように手が出された。

「ももぽん、落ち着いて」

 せいらの手だ。

 きょとんとするあたしの代わりに、夢が言葉を紡ぐ。

「せいらちゃん、これがなんの星座かわかるの?」

「形だけはね。これは、アンドロメダ座。確か、お姫様の星座よ」

 おお~、さっすがせいら!

 ということは、あたしたち三人とも、それぞれの王子様とすてきな恋に落ちる? 

「そのようね。大吉も大吉。アンドロメダ姫は物語の中で騎士に助けられるの」

 ……!

 モンゴメリさんの太鼓判に、あたしたち、三人とも。

 そろってうっとり。

「ただし」

 びくっ。

「怪物に生贄にされそうなところを助けられるの。ということは、ハッピーエンドまでに乗り越えるべき大きなピンチがありそうね」

 ……。

 あたしは思わず突っ込む。

「モンゴメリさん、それほんとに大吉なんですか」

 まだ微笑みながら、モンゴメリさんは言う。

「もちろんよ。野心は持つに値するものだけど、実現までには不安、自己否定などなど、たくさんの税金を払わなければならないの。頑張って」

「それ、わたしが『赤毛のアン』の中で好きな言葉の一つだけど」

 ぽつり、呟いたのは夢だった。

「今は他人事じゃなさすぎて、ずっしりきます……」

 せいらがこくっと頷くと同時に溜息。

 あたしも、同感です……。

 余った『物語星座のケーキ』の生地でつくったミニケーキをフォークでつつきながら、気をとりなおして、お茶会タイム。

 やっぱり甘いものってテンションあがる~。

 思いだしたように、夢が言った。

「そうそう、今度ね、ブックマークタワーでバレンタイン・パーティーがあるんだって!」

 へぇ。

 ブックマークタワーは栞町の中心にある、大きなタワーで、観光名所でもある。季節ごとにいろんなイベントが開かれるんだ。

 バレンタイン・パーティー。響きがかわいいよね。

「お料理とかいっぱい出て、みんなドレスとか着て、踊ったりするみたい」

 それに、と夢は続ける。

「恋物語の本も、いっぱい売ってるらしいんだ」

 なるほど。夢の狙いはこれだね。

「行きたいなぁ~」

 夢はうっとりするけど、ま、でもね。

 ドレスで行くようなパーティーなんて、あたしたち一般庶民にとっては、縁のない話だよ。

 ところが。

「あぁ、そういえば、それ母さんが招待券余分にもらってたわ」

 いたよ。

 一般庶民じゃない子が。

 その名は露木せいら嬢。

「なんでも、父さんの会社でパーティーを主催してる会社の社長と交流があるらしくて。夢っち興味あるならもらえると思うの」

「えっ、ほんと!?」

「えぇ。ももぽんも行く?」

 せいらのお父さんって……?

 そこへ、赤いフルーツティーを差し入れに来てくれたモンゴメリさんが会話に加わる。

「いってらっしゃいな。ドレスアップは恋愛運を高めるわ」

「決まりだね!」

 夢は言うけど。

 あたしは冷静に突っ込み。

「せいらはともかく、あたしと夢はドレスとかどうするの?」

「あ。そっか……」

 うつむく夢。

 そんなのすぐに用意できないよね。

 黙っていると、モンゴメリさんがいつもながらのナイスアシストを発揮。

「心配ご無用。この店の衣裳部屋に貸衣装があるから、このあと選んでいくといいわ」

「ほんとですか!」

 すごい。

 『秘密の花園』って、女の子の夢なら何でも叶えてくれるみたい……!

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