⑦ 秘密の花園にご招待

 それからせいらちゃんとは本や漫画の話題で大盛り上がり。

 漫画の棚の隣には、日本文学全集がずらりと並んでたんだ。

 夏目漱石さんとか、芥川龍之介さん。おなじみの名前がぎっしり。

「あたし、漫画と同じくらい日本文学が好きなの」

 納得、とももちゃんが呟く。

「せいらが初めて学級会で発言したとき、うわこの子絶対頭いいって思ったもん」

「ありがとう。頭いいかはわからないけど、勉強はそこそこ好きよ。社会科、特に歴史が好きなの。違う時代のこと知るのって、なんかロマン感じるわ」

 ついてけないって頭を抱えるももちゃんの横でわたしはうきうきする。

「なんかわかるなぁ。わたしもね、外国文学が大好きだから、中学生になって西洋史っていうの勉強するのちょっと楽しみなんだ」

「あら。すてきね。外国文学ってどんなのがおもしろいの?」

「色々ありすぎて。せいらちゃんもおすすめの日本文学教えてよ」

「ちょっと置いてかないで! あたしだって、夢に教えられてから名作読んでるんだからね。それにミステリーとかラノベだったらいっぱいおすすめできるよ!」

「そうそう! ももぽんみたいなおしゃれ女子にぴったりな日本文学があるの!」

 ってかんじで、わいわいしちゃって。

 これは三人目の文学乙女として、認定決定だよね。

 さっそくわたしたちは秘密の花園にせいらちゃんをご招待した。

 せいらちゃんはもちろん、星降る書店の少女文学の本棚の奥の世界にかなりびっくりしてたけど。

「かっわいいー、こんなお店、一度きてみたかったの」

 個性派でもやっぱり女の子だよね。カウンターの上のショーケースの中にきらきら光ってるケーキや、ガラスの瓶に敷き詰められてるドライフルーツに目をキラキラさせてる。

「新しいお客さんに、これを」

 モンゴメリさんがウェルカムドリンクにいちご水を出してくれながら、

「それから、ちょっとお願いがあるの」

 あることを切り出した。

「ケストナーから夢未たちの電話番号を訊いておいてくれって頼まれていて」

 ケストナーおじさんは『飛ぶ教室』の作者。

 言わずと知れたドイツの児童文学作家。

 ももちゃんが恋してるマーティンが出てくるお話『飛ぶ教室』を書き上げたその人なんだ。

 そういえば、ケストナーおじさん、今どうしてるんだろう。

 モンゴメリさんは不満そうに肩をすくめた。

「最近姿が見えないの。どうせまた冒険だとか言ってあちこち歩き回ったりしてるんでしょう」

 あはは。ケストナーおじさんらしいね。

「この先また本の中の悪役が現実世界でどんな厄介ごとを起こすかわからないから、みんなといつでも連絡が取れるようにしておきたいのよ」

 そっか……。

 去年のクリスマス、わたしとももちゃんは栞町を襲った本を焼く炎と戦った。それは、本の中から出て来た悪役たちが人の心に乗り移って悪さをしてたんだ。

 ももちゃんはモンゴメリさんから渡されたいちごと赤毛の三つ編みの女の子の柄で囲まれたかわいいカードにスマホの番号を書き込んでいく。

「わたしはスマホ持ってないから、もし持つことがあったらすぐお知らせします」

「ありがとう」

 わたしはそう約束したあと、ちらと隣を見た。

 問題は……せいらちゃんだよね。

 ももちゃんはあたしの心を読み取ったように、せいらちゃんに本焼く炎が街を襲ったときのことを包み隠さず話した。

「ってわけでぶっちゃけあたしも夢もかなり危険な目にあったの。だから無理にせいらをこの問題に巻き込みたくはない」

 モンゴメリさんも頷く。

「そうね。せいらの番号は訊かないことに――」

 モンゴメリさんが言いかけると、

「すてき」

 うっとりしたようにせいらちゃんが言った。

「本を焼く悪しき者たちとの仁義なき戦い。その壮絶さは例えるなら関ヶ原、はたまた大阪夏の陣! こういうのずっと憧れてたの……!」

 へ??

 わたしとももちゃんは顔を見合わせる。

「モンゴメリさん、あたしも協力します! 緊急なときはいつでもこの番号に連絡してください!」

 びしっとカードを差し出したあと、はぁ~言ってみたかったのよこの台詞、と恍惚となってる。

「頼もしいわね。わかったわ。ありがとう、新たな文学乙女さん」

 モンゴメリさんはせいらちゃんからカードを受け取った。

 大丈夫かなぁ……? 

「本人がこう言ってんだからまぁ、いいんじゃない」

 ももちゃんが囁いて、

「大丈夫よ、夢未。わたしたちも、そうそう問題が起きないように対処するつもりではあるし」

 モンゴメリさんもそう言ってくれたので、そういうことにした。

「そうそう、こちらの番号も伝えておかなくてはね」

「メルヒェンガルテンに電話ってあるんですか?」

「もちろんよ。色々な性能や形態のものがありすぎて、すべて登録できないくらいだわ」

 さすが、不思議な力でできたお庭だね……。

「というわけで、この番号だけ覚えてね。1044」

 あっ。どこかで聞いた数字。

 メルヘンガルテンの中央駅のから出てる、人生の答えに行きつける不思議な力を持つ列車の番線と同じなんだ。

 本を焼く炎を消す方法を知るために、わたしもこの番線を使ったことがあるんだよ。

 ごろあわせでとしょ。

「この数字はメルヒェンガルテンの市外局番でもあるの。1044で始まる番号がかかってきたら、それはわたしたち、メルヒェンガルテンの住人から」

 そっか。

 それなら覚えやすいね。

 念のため、わたしたちはその番号をメモする。

 さてと!

 新しい女の子のお友達が加わったら。

 話題はやっぱり、恋の話。

「ひどいんだよー、夢のカレシ」

 いちご水のみながら、ももちゃんは憤然。

「えっ。夢っち、もう彼氏がいるの?!」

 答える間もなく、ももちゃんが言った。

「そうだよー。しかも二十五歳」

「……! 年上」

 あれ。

 せいらちゃんの反応にちょっとひっかかった。

 驚きだけじゃなくて、目の奥に切なさがこもってる気がしたんだ。

「それは、大変よね。色々」

 すごく沈んだ目をしてる。

 心配させちゃったかな?

 わたしはあわてて言った。

「うん。大変だけど、せいらちゃん、違うの。星崎さんは彼じゃなくて」

 その後十分くらいかけてようやく、星崎さんは一緒に住んでる憧れの人ってことを説明する。

 それでもももちゃんは平然。

「でもカレシみたいなもんでしょ。五年経ったら結婚してくれるって言ってるんだよ?」

「やだわーっ。すっごーいっ」

 う、うーん、確かに、そういうようなことは言ってくれた……ような気がしてるだけで。

 ばしばしとももちゃんがテーブルをたたく。

「それなのにどっこい、他に女がいたんだよ」

「えっ。そんな……ひどいわ」

 せいらちゃん、すごくショック受けてくれてる。

 まるで自分のことみたいに。

「女心を弄ぶ、光源氏や在原業平のような人なのかしら……」

「誰、それ?」

「ももぽんてば知らないの? 光源氏といえば、源氏物語の主人公。イケメンで教養もあるけど、何人もの女の人とつきあったチャラ男よ。在原業平は伊勢物語の主人公のモデル。こっちも似たようなもんね」

 この二人、とめなくちゃ。話が勝手にどんどん進んじゃうよっ。

「まだ、ほんとのところはわかんなくて。その女の人の名前を、彼が呼び捨てにしてたってだけで……」

「そっか。そりゃショックよね。でも決めつけはよくないわ。一緒に暮らしてるなら、真実を知るチャンスなんていくらでもあるわけだし」

「ううっ。ありがとうせいらちゃん」

 話してるうちに気が付いたけど、せいらちゃんって、かなり聴き上手みたい。

 せいらちゃんは、自然にももちゃんにもそれを発揮したんだ。

「ももぽんは、彼氏いないの?」

「うっ」

 ももちゃんがうめく。

「い、いいじゃん、あたしのことはさ」

「せいらちゃん、実はね」

 わたしは、せいらちゃんに素早く教える。

 ももちゃんは、本の中の男の子と恋愛中なこと。

 おかえしだよっ。

「すっごーい! 外国文学の中の男の子と! 訊いただけで相当かっこいいわ」

「そうなの! マーティンはすごくかっこいいのっ」

 ももちゃんは思わずそう言ってしまってから、また赤くなって黙ってる。

「それにね、これは、ここだけの話なんだけど……」

 やめてっていうももちゃんの声を振り切って、わたしはせいらちゃんに囁く。

「この前本の中に戻って行く別れ際、彼、ももちゃんの耳元に――」

 あぁ、だめだ。やっぱり恥ずかしすぎて言えない!

「えっ、なになに? 気になるじゃないっ。愛の告白?」

 わたしも、ももちゃんも答えられない。

「ひょっとして……これ?」

 せいらちゃんが言いながら、人差し指と中指で唇をはじく。

「キャー、うそっ」

「言えないよ、とてもっ」

「頼むからもうやめてーっ」

 カウンターでいちご水のおかわりをいれてくれながら、モンゴメリさんがにこにこ。

「女三人寄れば恋愛話に火がつくものね」

 わたし達ははっとして口をつぐんだ。

「ごめんなさい。モンゴメリさん。うるさくして」

「申し訳ありませんでした」

「気を付けまーす」

 でも、モンゴメリさんはまだ笑ってる。

「あなたたちは三人がそれぞれ違っておもしろいけれど、三人ともに共通する性質が一つだけあるわ」

 わたしたちは顔を見あわせた。

「ピュアよ」

 ことりと置かれたお代わり用のガラスのポットの中から、いちごの甘酸っぱい香りがただよってきた。

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