② 秘密の花園でやけカフェ

 秘密の花園は、伝記から抜け出してきた女流作家、モンゴメリさんが経営するカフェ。

 本に宿って人の心を照らす星屑がたくさん集まってるメルヒェンガルテンって場所にある。

 そこは実はすごく広くて、たくさんの本の中の世界がそのまま入ってるらしいんだ。

 メルヒェンガルテンにあるそのお店と、星降る書店の少女文学の棚の奥とがつながっているのはわたしと、親友のももちゃんだけの秘密なの。

「まま、夢。今日は飲も飲も」

 飲むっていっても、手に持ってるのは秘密の花園季節限定メニューのカフェラテ。

「ふふふ。やけ酒ならぬやけカフェね」

 カウンター席の奥ではモンゴメリさんがお皿やグラスを拭きながら縁なし眼鏡の奥で笑ってる。

 星降る書店でのお仕事が終わったあと、帯紙公園で遊ぶ約束をしてたももちゃんと急遽予定を変更して今、ここで話を聴いてもらってるの。

「星崎さんひどいよ。彼女さんいるのに、あんなこと言うなんて」

 それにしてもきれいな人だったなぁ。

 明るくて活発でわたしとはまるで正反対って感じ。

 うう、泣きたい。

「まだ彼女だって決まったわけじゃないんでしょ?」

 ももちゃんはぽんぽん肩を叩いてくれるけど、

「でも、お姉さんのこと呼び捨てにしたんだよ。お姉さんも、星崎さんのこと『幾夜』って」

「う~ん、それはちょっと決定的っぽいね」

 ももちゃん。

 励ますのか落ち込ませるのかどっちかにしてよっ。

「直前にあんなことして本の中に帰っちゃうマーティンもマーティンだけどさ」

 あ。

 わたしはももちゃんが、本の中から出て来た男の子とちょっと前にしたお別れのことを思い出した。

 メルヒェンガルテンにあるパレ駅で、彼は本の中行きの列車に乗る直前、ももちゃんの耳元に口元を寄せて――。

 思い出しただけでも恥ずかしいっ。

 ぎゅっと目を瞑っているとももちゃんが話題を戻す。

「星崎王子もなかなかだよ。彼女いるのに夢に『五年後待ってる』だなんて」

「そんな人じゃないと思ったんだけどなぁ」

 ぐすん。

 わたしたち、恋に悩む者同士だね……。

「あぁもう、ストレス発散に思いっきり叫ぶよ。夢、あたしに続けて」

 ももちゃんは大きく息を吸った。デモ行進みたいに右手の拳を上げながら叫ぶ。

「男がなんだー!」

「なんだー!」

「オトメゴコロを返せー!」

「返せー!」

「今日の漢字テストは返すなー!」

「それはわたし、頑張ったから、返ってきてほしいな」

 がくっとももちゃんが頭を下げる。

「なにさ、夢の裏切り者っ」

 考え深げに、カウンターの奥からモンゴメリさんが頷いた。

「カフェラテでも、その気になれば酔えるものなのね」

 秘密の花園の冬限定メニュー、クイーン・ラテ(表面に雪の結晶のアートが入ってる。雪の女王様をモチーフにしてるんだって!)を一気飲みして、ももちゃんが言った。

「モンゴメリさんも、考えてくださいよ~。男なんてみんな残酷。恋に悩める乙女たちはどういたらいいんですかっ」

「そうね」

 モンゴメリさんは頷いた。

 よく見ると、カウンターの奥のその手には新聞を持ってる。

「今は悲劇のヒロインより救いのヒーローを目指すくらいの勢いがなくちゃだめかもね」

 いきなりな解決策にあたしとももちゃんは目をぱちくり。

「最近、メルヒェンガルテンではバレンタインシーズンを受けて、ヒーローとヒロインの入れ替わりが流行っているのよ。かつては、王子様のキスを待ってた白雪姫や眠り姫が、呪いで眠りについた彼をキスで助けたとか、記事に載ってるわ」

 へぇ~。

 男の人を助ける、救いのヒロインかぁ。

 でもそれじゃ男の人の見せ場がないような。

 やっぱり、好きな彼にはかっこよくいてほしいよね?

「いや、そんなこともないね」

 反論したのはももちゃん。うっとり両手を組んでほっぺにあてながら、

「雨に濡れた子犬のような顔をした男子とか、どこか傷を負ってる男の人ってほっとけなくなるもんなんだよね」

 そういうものかなぁ……。

「じゃ、ももちゃんは、さらわれた彼をかっこよく助けるのとか、憧れる?」

「もち。真っ白い白馬に乗って、茨の蔦を剣で切りながら、彼が捕えられたお城を進むの! えいやっ」

 戦うアクションを始めたももちゃんに、わたしはなんだかほっとする。

 マーティンと別れて心配だったけど、この元気があるなら。

「じゃぁ、いっそ、ももちゃんが彼のところに行って、さらってきちゃえば?」

 思わずそう言っちゃって、わたしはすぐ後悔。

 勇ましい騎士になりきってたももちゃんの肩が急に小さくなっちゃったんだ。

「それは……さすがに無理だよ」

「ごめん。落ち込ませるつもりじゃ」

 やっぱり、どんな元気な女の子でも、自分から行動起こすのは勇気いるよね。

「いいえ。もも叶にも夢未にも、できるわ。その必要があるときがくればね」

 モンゴメリさんが新聞を畳みながら優しくフォローしてくれて、ちょっぴりほっとする。

 わたしはラテを握りしめた。

 カップの中で、白いミルクで作った雪の部分と、ふんわり柔らかな茶色い部分が混ざり合って、ゆらゆらと揺れていた。

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