第2話 人魚姫の運命はお断り!
① 星崎さんにカノジョ?
みんな、久しぶり!
初めましての子もいるかな? ちょっと自己紹介ね。
わたし、本野夢未。外国の児童文学が大好きな、小学五年生。
色々あって、ここ、栞町でお父さんとお母さんと離れて暮らしてるんだ。
なんと、前から憧れてた、駅ビルに入っている星降る書店のお兄さん、星崎さんと一緒に住んでるの。
かっこよくて優しくて、すてきな人なんだ。
今日は土曜日で学校が早く終わったから、マンションでお昼を食べてから、星降る書店で、星崎さんのお手伝い。
おかしな位置になってしまっている本をもとの場所に戻すお仕事中なんだ。
エッセイの棚でじーっと目を凝らして、別のジャンルの本が混じっていないか探す。
あ、あれ!
わたしは、頭の上にある棚の中の一冊に手を伸ばした。
その本のタイトルは『バレンタイン必勝レシピ』。
お菓子作りの本は、ここじゃないよね。
きっと読んだ人が間違えて戻しちゃったんだ。
背伸びをして、本に手を伸ばす。やっと届いた! と思ったら。
ガタガタっと音がして、その本が床に落ちちゃった。
いけない。
汚れなかったかな。
急いで拾おうとしたけど、その前に、スッと手が伸びて来て、本を拾い上げた。一瞬見えた、オレンジと黄色のマーブル模様のネイルがおしゃれ。
「大丈夫?」
顔を上げて、うわっと声をあげそうになった。
本を拾ってくれたのはすごくきれいな女の人だったの。
ちょっぴりボリュームを出した、茶色いショートヘアに、大きな金の輪っかのイアリング。
濃い青のコートの下からのぞいているベージュのパンツの足はすらっと長くてまるでモデルさんみたい。
「きれいな本ね。これあなたの?」
はっ。
またいつもの癖でぼーっとしちゃった。
「いえ。このお店のです」
「じゃ、これから買うんだ」
「いいえ。その、今お手伝いをしていて」
「お手伝い?」
うーん、なんて説明したらいいのかな。
迷っていると、女の人の大きな目が見開かれた。
「じゃあなたが……」
「え?」
訊きかえすと、女の人はなんでもないと首を横に振った。
「はい。もう落としちゃだめだぞ」
あわてて本を受け取ってぺこりと頭を下げる。
「はいっ。ありがとうございました」
そうしてから、いいことを思いついたんだ。
「あの、お姉さん、本をお探しですか? よ、よかったらご案内します」
なんて。まだ本の並びだって勉強中だけど。
少しでもお客さんの役に立たなくちゃ!
お姉さんはすっと目を細めて、きれいな長い指を顎に当てた。
「……なにを探してると思う?」
ピンクオレンジに塗られた唇の端が挑戦的ににっと上がる。
え、クイズ??
「不思議な本なの。海外の風習や歴史、特に本の情報が詰まってる」
情報誌かな?
雑誌の棚ならすぐそこだけど……。
「でも優しさに溢れていて、触れると温かい気持ちになれる、そんな本」
とすると、物語?
外国のお話を読めば、その国のことなんかは勉強できるし。
いろいろな物語を紹介してる本は、一冊読むだけで、たくさんの本のこと知れるよね。
うーん、どこにご案内すればいいんだろう。
しばらく考えたけど、わからない。
こういうときは。
「すみません。お店の人に訊いてきます」
わたしは急いで星崎さんを探しに、歩き出そうとしたけど。
いつもお店の中を駆け回ってる彼は、すぐに見つかった。
少し前の棚のところで本をたくさん抱えて――立っていた。
立ったまま、こっちをじっと見てた。
すごく、びっくりした顔をして。
耳元で、女の人のきれいに通る声がする。
「正解」
え?
振り返ると、女の人が頭の上で敬礼みたいな合図を送ってる。
「久しぶり、幾夜」
その瞬間、背筋が凍った。
幾夜って、星崎さんの下の名前。
実際に呼んでる人、初めて見た。
「きちゃった。足が生えた本に会いに」
星崎さんは持っていた本を棚に置いて、小さく息をついた。
「来るなら、連絡くらいしろよ。小夏」
その受け答えに凍った心がひび割れる。
女の人を呼び捨てにした。
しかもなんか、いつもと喋り方が違う。
わたしは心の中で、叫んでいた。
星崎さん。
この人、だれ――?
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