通学路の怪異

雪音 愛美

前編

最近、変な視線を感じる。

いや、正しくは変な視線とだ。


ガサガサ、カタカタ…


ほら。今だって。

怖いというより、薄気味悪い。

ここんところ毎日だ。

私はちょっと陰鬱になって、泣きそうになりながらも帰宅しようと足を急がせた。


その夜。

ご飯を食べていると、不意にお姉ちゃんが呟いた。

「あんたさ、こんな噂知ってる?」

「なに」

お姉ちゃんは大の噂好きだ。

古今東西ありとあらゆる噂に精通してるのではないかと思うくらい、この街の噂に詳しい。

そして、お姉ちゃんの噂好きの根源は…。


「通学路に出る“怪異”の話」


怪奇、幽霊、お化け。

この世のモノではないけどこの世にいるモノ。

そう、つまりお姉ちゃんは大のオカルトマニアなのだ。

大学でも研究するくらいには。

ため息をつく。

私は幽霊が苦手だ。

怪異とかの噂は特に。

「…なに、また?」

「またってなによ」

「…私、やだからね」

「そんなこと言わずに。ね?聞くだけ」

お願い、と手を合わせて私を拝むお姉ちゃん。

お願いされることに弱い私は、力なく先を促した。

どうも私はそういうのが苦手なのに、そういうのを引き寄せてしまいがちな体質らしい。

その体質を見つけたお姉ちゃんに、数えきれないほど色々と実験(と称した悪戯)をさせられてきたのであった。

ほんと勘弁してほしい。

「…それで」

「ああ、うん、あのね、大学で聞いた話なんだけど。ちょうどあんたくらいの女の子が夕方に通学路通って帰ってたら、誰もいないのに変な物音がするの。ガサガサ、カタカタ…ってね。しかも変な視線も感じる。怖くなった女の子は早足になったんだけど…その物音もついてくるの。女の子は泣きそうになりながら走って家に帰ったんだ。でもその日から女の子が帰ってる時間、誰もいない時に限って変な物音がするようになったんだって。それでね、ある日、その子ほんとに嫌になって、ついてこないで!って叫んで振り返ったんだ。そしたら…」

お姉ちゃんは一旦止まって、私にだけ聞こえるように呟いた。


「ニヤニヤした真っ黒いナニカがいたんだって」


ひぇっ。

声に出さずに悲鳴をあげる私。

「当然女の子はその日から行方不明。ほら、この前のニュース。見たでしょ?あんたと同じ年齢の子が行方不明になりましたってヤツ。きっとそいつに連れ拐われたんだろうって今大学で噂になってるんだ」

オムライスをぱくりと頬張って食べながらお姉ちゃんは言った。

「あんたも気をつけなよ。拐われてからじゃ遅いんだから」

お姉ちゃんが話し始めたその噂を聞いて、私はとても不安になった。


だってあまりにものだ。


女の子がそのガサガサさんに出逢ったシチュエーションが。

今の私の状況に。

…嫌な予感がする。

「…ねぇ、お姉ちゃん」

「ん?」

私の安全と姉に振り回されること。

それを天秤にかけ、迷いに迷った末にお姉ちゃんに声をかける。

「あのさ、相談があるんだけど…」

「んー?」

私がごにょごにょとその相談事を言うとお姉ちゃんは、にまっと笑って私を見た。

「なるほどなるほど?あんた、この後私の部屋に来な」

「うぇっ…」

「なんだその声と表情は。せっかく姉が可愛い可愛い妹の相談に乗ってあげようって言ってるのに、もう知らないぞー?」

「うっ…わかったよ…」

私は泣く泣くお姉ちゃんの部屋に行くことになった。


「お姉ちゃんなんか嫌い…」

「ごめんごめん!ちょっとやりすぎたってば」

その数時間後。

お姉ちゃんの部屋にて、床に突っ伏して泣いている私がいた。

勇気を出して相談しに行ったのに、逆にニヤニヤ顔で怖い話をされそうになったのだ。

可愛い可愛い妹からの相談を遮って、妹の苦手な話をするとはなんたる無礼か。

お姉ちゃんは私のことが嫌いなのかもしれない、と本気で思った。

「ごめんってば。で?なに、相談って」

「うぅ…お姉ちゃんのバカ…怖くなったじゃん…」

ちなみにされそうになった怖い話は、少年が遊んでいる間に居なくなって怪異と共に消えるという話だ。

「だからごめんって。あんたから相談してくるってことはどうせそっち系のヤツでしょ?何があったの?お姉ちゃんに話してごらん」

「…通学路」

「はい?」

「通学路に出るって噂のヤツ」

「…あー、あれ?行方不明の」

「それ。似てるの、私の今の状況と」

「似てる?」

私はちょっと涙目になりながらお姉ちゃんに話した。

ついこの前から通学路で変な物音がすること。

しかもなんかどこかからじっと見られてる視線を感じること。

怖くなって足を早めるとソレも追いかけてくること。

家に帰ったらその物音は無くなること。

それがここのところ毎日毎日続いていること。

あー…自分で言っててもうすでに陰鬱な気分になってきた。

この引き寄せる体質どうにかならないかな。

「ふむふむ、なるほど」

「…なんかわかった?」

「いんや、なんにも」

まぁ、だろうね。

「でも多分それが例の噂に通じてるってことはわかった」

「え、ほんと?」

「うん。でも違うな。微妙な点が違う。あんたのは“通学路の怪”じゃない」

「通学路の怪?」

「さっきの話のやつ。私が今名付けた」

ふふん、となぜか威張るお姉ちゃん。

そのまんまじゃんと思ったけど余計なことを言ってまた怖い話をされたらほんとに泣くからやめた。

お姉ちゃんは机の引き出しから一冊のノートを取り出しながら続けた。

「“通学路の怪”は夕方に限定されてた。けど話を聞く限りあんたのは夕方でしょ?」

確かに。

学校帰りにも聞こえるし下手をすれば学校に行く時にも聞こえることがある。

「それから、その音は毎日聞こえる」

「うん」

「でも噂の話は聞こえる」

「…あっ」

「わかった?違い」

頷く。

するとお姉ちゃんがノートをぱらぱらとまくり始めた。

表紙にはなにも書かれていない。

「それなあに?」

「まぁ、今までの私の研究の集大成だね」

「研究?」

「うんうん…えーっと…あの話はどこだったかな…あ、あったこれだ」

私がぽかんとしていると、ニヤリと笑ってお姉ちゃんが言った。

「ほいこれ」

ノートを見せてくる。

ノートには豪快な性格のお姉ちゃんとは正反対の細かな文字でこんなことが書かれていた。


_______________________

○通学路の怪異

ある日、小学三年生の女の子が学校に忘れ物をしてしまった。

どうしても取りにいかなければならない物だったので、お姉ちゃんと一緒に学校に取りにいった。

その帰り、いつも通る通学路を通って帰っていたら不意に後ろで“ガサガサ…”と物音がした。

しかも変な視線も感じる。

「お、おねーちゃん、なんかいる…」

怖くなった女の子はお姉ちゃんにそう言った。

「わかった、××はここで待ってて?」

そう言って女の子のお姉ちゃんは一人で元きた道を戻り始めた。

そこで待つこと数十分。

いつまで経ってもお姉ちゃんが帰ってこないのを見計らって、女の子は元きた道を戻り始めた。

不思議にあの変な音と変な視線は感じない。

とあるところまで戻った時、女の子は前方にお姉ちゃんがいるのに気がついた。

「おねーちゃん!」

大声をあげた途端、お姉ちゃんが振り返って叫んだ。

「××、逃げて!こっちにきちゃダメ!」

女の子は気付く。

お姉ちゃんの後ろに真っ黒いナニカがにたにた笑っていたのを。

びっくりした女の子はお姉ちゃんに言われるがまま走り始めたが、お姉ちゃんがついてきてないのを見て、止まってしまった。

その時、真っ黒いナニカが笑いながらこっちにくるのを見た。

足が震えて動けない女の子。

「××!!」

そこにお姉ちゃんがきて、女の子を突き飛ばした。

真っ黒いナニカに押さえられたお姉ちゃんは妹に大きな声で叫んだ。

「行って!戻ってこないで!振り返っちゃダメ!」

泣きながらお姉ちゃんをおいて家に逃げ帰った女の子。

その日からお姉ちゃんは何度探してもどこにもいなかった。

女の子のお姉ちゃんは行方不明になってしまったのであった。

そこからその地域では“通学路で変な音がしたら絶対に”という噂が流れたのだった。

_______________________


「…え、こっわ…」

「だろ?この地域出身の大学の先生に聞いてきた噂なんだよね」

ころころと笑う姉に、私は深いため息を一つついた。

「もう…やめてよ…」

「ごめんごめん!でもこの話、続きがあるんだよ」

お姉ちゃんがノートをいじりながら話す。

「この数週間後にね、女の子のお姉ちゃんは帰ってくるの。今までどこにいてどんなことをしてたか聞くとね、けろっとしながらわかんないって。それで、まぁ帰ってきたんだから良いじゃないかって皆言うんだけど…お姉ちゃん、変わったんだよね。性格とか人格?そういうのが。なんでかというとね…」

お姉ちゃんは一呼吸おいてから話した。


、怪異と」


周りを嘲るみたいに嗤って。

その笑顔にぞくりとする。

なんでかはわからない。

「”通学路の怪”のホントの怖いところはね、入れ替わっちゃうの。その人と怪異が。変な音と視線はね、怪異がその人になり済ますために見張ってる音なんだよ」

「…そ、そうなんだ…」

小声で呟く。

始めの時よりも怖さが増した。

どうしよう、今日寝れるだろうか。

「…ね、見てあげようか?」

お姉ちゃんがいつものニヤニヤ顔でくっついてきた。

「えー…でもそんな大事じゃないしなぁ…」

「あ、ちなみに霊感ある人とかといると標的が移るらしいよそっちに」

ついてきて貰って一度見てもらうことにした。

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