21.反撃開始
さっきまで、ウジウジ考えて泣いていたのがウソのようだ。頭がすっきりしているし、気持ちもだいぶ晴れていた。
蒼は、準備体操をするように肩をぐるぐるとまわした。恐怖でこわばっていた体をほぐして、気合を入れ直す。よしっ、と自分の頬を最後に叩いた。
気持ちも体も問題ない。後は打開策を見つけるだけだ。せっかく、事態が大きく転がったのだから。
「さすがにここで火を使ったら、あたし達も死ぬよね」
「確実にな」
すっかり泣き止んだ蒼に、一鞘が戸惑い気味にうなずいた。
「ここを燃やす人と、守る人に分かれてもダメかな?」
「その場合、『守る人』ってのは火に反応して妖が反撃してきたのを防ぐ役と、炎からおれらを守る役が必要になるよな? それを1人ずつで担うのは無理がある」
「……呪力の炎は、妖に対して燃えやすい。力を増しやすい。それを防ぐのは、一苦労」
「そっか……残念」
一鞘も姫織も、自分達にできる範囲を卑屈になることなく把握している。……見習わなくては。
粘液はもう地面全体に薄く広がっており、3人とも靴の裏は完全に粘液に浸されていた。ねばついているので、歩くだけでも足が重い。
焦りがじわりとこみ上げそうになって、蒼は自分の両頬を軽く叩いた。落ち着け落ち着け、と自分に言い聞かせて、深呼吸する。妖の作った空間とはいえ、やはり所詮は植物、空気はまずくない。
と、そこまで思って――ん? と瞬いた。
何かが頭に引っかかった。今考えていたことを慎重に、慎重にさらってみる。
妖の作った空間とはいえ。やはり所詮は植物。空気はまずくない。
考えろ。冷静に。落ち着いて。
だってこれは一鞘と姫織には分からない。ものすごく、感覚的なことなのだ。そう、お父さんから教わっていたあたしだから、分かることで――、
見抜け。
晦日の声で、聞こえたような気がした。
「……一鞘、姫織っ!」
蒼はばっと顔を上げていた。それを。
「落ち着け」
「むぐっ」
一鞘が、べちりと蒼の口を手の平で塞いできた。驚きに目を瞬かせていると、別の呪力を感じた。視線だけをそちらに向けると、姫織がぽうと周囲に淡い光を生じさせていた。これは見覚えがある――防音の結界だ。
「もう喋っていいぞ」
ぱっと、一鞘が手を離してくれた。反射的に息を吸ってから、蒼は思わず尋ねていた。
「な、何で防音……?」
「……この妖、多分、言葉が分かる」
と答えたのは、姫織であった。
「さっきの鬼達がふり向いたのは、お前の言葉を聞いてだった。それからお前を穴に突き落とした。つまり、お前の発言にまずいと思ったからなんじゃないか」
一鞘もこともなげに続けた。蒼は、2人をぽかんと見た。
「何だよ」
「いや……全部説明しなくてよくなったなって」
「は?」
妖が言葉を理解していることにまで考えは行ってなかったが、蒼が言いたいことと繋がっていたのである。
「あの鬼達は、おおもとの妖とほとんど同じなんだと思う」
「……邪気が一緒とか、言ってたよね?」
「うん。……それでね、」
蒼は2人をまっすぐに見つめた。
「多分おおもとの妖は、交配型なんだと思う」
きっぱりと言い切ると、一鞘と姫織が面食らったような顔をした。しかし構わずに、蒼は続けた。
「植物体と鬼が交配してできたのが、この森なんだよ」
交配型は文字通り、他の生き物と交配することでひとつになり力を得る。交配型の厄介なところは、そうして自分の分身を生み出すということであった。子どもを産んでいることには違いないが、それぞれが個々の意識を持っているというよりは、やはり親の傀儡である。そうしたものを無数に生み出し、支配していく。
だが、今回の妖は寄生型でもあったようだ。鬼と交配して力を得て、森全体を一気に乗っ取る。それから、あの小鬼達を――傀儡を、生み出していたのだろう。だから木々からも鬼からも、まったく同じ邪気を感じたのだ。
この考えに至ったのは、鬼達の声が聞こえたからであった。
――『あぁ、うれしや』
――『ヒトがいるぞ、美味そうなヒトが』
――『母様が喜ばれるぞ』
『母様』。それで交配型だと分かることができた。妖の声を聞き取ることなど滅多にないが、親元が上位の妖であったこと、そして鬼が言葉を話すことができる個体もいるモノであったことから聞こえてきたのだろう。一鞘と姫織は聞き取らなかったようだが、蒼の話を真剣に聞いてくれた。
「粘液からも邪気が出ていて、分かりづらかったけど……本体はあの中にいる」
蒼はそうして、粘液が湧き出てくる穴をまっすぐに見つめた。
「……なるほどな。本体自らお出ましだったわけだ」
「……なんて悪趣味」
一鞘と姫織は、悔しそうに顔を険しくした。しかし。
「――よし」
一鞘の表情はすぐに勝気そうな、自信のある笑みへと変わった。隣でうなずく姫織も、表情を引き締めている。
力強い光が2人の瞳に浮かんでいて、蒼は胸が高鳴った。2人とも、すごく――格好いい。
「ようやく活路が開けてきたな。ありがとな、蒼」
その力強い瞳で一鞘にまっすぐに見つめられて、思わずどきっとした。ふるふる、と慌てて首を振る。
「ここからは賭けだ」
一鞘が話を続ける。
「ずっと考えてた案がある。せっかく蒼がこうして見抜いてくれたんだ。せっかくだから使ってやる」
その瞳には、勝利を確信する者特有の光があった。
蒼はゆっくりと深呼吸した。目を閉じて、粘液を溢れさせている穴に意識を集中した。そうして蒼は――〈言〉を唱えた。
「――鉄気‼」
自分の呪力、〈地心〉と〈焔〉に呼びかける。四礎は、〈焔〉、〈水流〉、〈大気〉、〈地心〉の4つを差している。これは、火、水、風、土などという、単純な分類ではない。
――〈地心〉と〈焔〉をかけ合わせれば、呪力の凶器が構築される。
地中深く、無数の鉄の刃に何かが深々と突き刺さった手ごたえを感じた。
――鬼には、火や水の術がほとんど効かない。あいつらは、鉄に弱い。
血液には、鉄と同じ成分が混じっている。それを利用した〈言〉である。一鞘は手始めに、それを使うよう蒼に指示した。鬼の位置が分かる蒼でなければ、ここから狙うことはできない。
「一鞘、姫織っ!」
宿主を叩けば後は本体を叩くだけだ。
「「――水立‼」」
一鞘と姫織が、同時に叫んだ。〈水流〉に呼びかける〈言〉。それにより、純然たる水が溢れ返り、粘液が湧き上がる穴に吸い込まれていく。
鬼の体が完全に消滅した気配を感じ取った蒼は、鉄気を解除し同じように叫んだ。
「水立……!」
3人分の呪力が、水となって粘液の源泉に集中した。源泉は、それをどんどんと吸収する。ゴボッ、ゴボボッと不快な音を立てながら飲み込んでいく。
案の定、邪気が一気に増した。無数の針が刺されたように肌がびりびりした。脛のあたりまで到達している粘液も、毒性を強めている。
蒼は顔をゆがめたが、それでも勢いを止めなかった。
――洪水起こすぐらいの気合でいろ。
一鞘にそう言われている。蒼はさらに力を込めた。
植物体の妖に水の術をぶつければ、妖はそれを吸収し、力を増す。そんなことは百も承知だ。……しかし。
――そんなに欲しいなら、くれてやる。
一鞘はそう不敵に笑ってみせた。
――こんなに面白い案、のらないわけない。
姫織は力強くうなずいた。面白い、という言葉が、蒼の心をとらえた。
――あたしもやる。やらなきゃ、面白くない!
一体どれだけ力を放出していたのだろう、やがて無限と思われていた妖の吸収量にも限界が見えてきた。宿主がいれば傀儡を即座に作り上げ、そちらに流せていたのだろう。だがその宿主はもういない。
水を吸収していく音が変化した。まるで――何かを吐き出そうとしているかのような。
(……今更、やめるもんか……!)
蒼は容赦なく水の放出を強めた。
そして、賭けの最大の難関に行き着いた。津波のように、どっと水が溢れ返ったのだ。粘液と混ざり合い、容赦なく蒼達に降りかかる。蒼は大きく息を吸い込み――その直後、封鎖された空間は水で満たされた。完全に空気を失ったのだ。
一鞘と姫織は大丈夫だろうか。だが、集中力を切らすわけにはいかない。蒼は身体中の呪力を失う覚悟で力を注ぎ続けた。体は疲れ切っているし、息もそろそろ続かなくなりそうだ。
ふと――お父さんもこんな気持ちで戦っていたのだろうか、と思った。
まさしく捨て身で戦いに挑むことが、こんなにも――誇らしい、なんて。全力で生きようとしているこの瞬間に、胸の底が震えた。
あたしは今、胸を張っていられる。そう思うと力が湧いた。と、
……ドオオォォォォォォォンッ‼
地響きがした、と思った次の瞬間には、まるで爆風に巻き込まれたように体が上へ上へと押し上げられていた。
胃がぐぅっと持ち上げられるような感覚に、蒼は止めていた息を吐き出してしまった。
(しまっ、)
がぼっ、と口から無数の泡が逃げて、
「――……、えっ?」
今度はふわっ、と浮き上がるような感覚。水がない。
「……えっ、えっ、きゃあぁ――――――――ッ‼」
実際水と共に打ち上げられ、空に放り出されていた。星の瞬く夜空が、やけに綺麗に映った。そうして、重力に逆らえず落ちてゆく。
やばいこれ、さすがに死ぬっ! ……と思った時には、どぼぉん、とまたしても水の中にいた。
「うわっ、げほっ、げほっ!」
慌てて水面から顔を出す。うっかり水を飲んでしまったので、かなり咳き込んだ。見ると、自分を受け止めてくれたのは不自然に出来上がった水の塊であった。この呪力は、と蒼が水面を見つめていると、あっという間に霧散した。
「とりあえずは無事みたいだな」
「……へっ」
ふり返ると、そこには……、
「一鞘、姫織……!」
「お疲れ」
姫織を背負った一鞘が、軽い調子でうなずいた。どうやら今のフォローは、一鞘がしてくれたらしい。背中の姫織は、ぐったりとしている。
「い、姫織は大丈夫なの……⁉」
「あぁ。気失ってるだけだ」
蒼はほうっと力を抜いた。
「よかっ……た……」
「あっ、おい!」
安心した途端、蒼は糸が切れたように前のめりに倒れていた。
「……ったく」
一鞘は、自分の胸に顔を預けて眠り込んでしまった蒼を見下ろした。姫織を背負っていたので、地面に膝をついて胸で受け止める他なかったのだ。
「……どうしろっつうんだよ。これ」
ため息をついた一鞘は、ずり落ちそうになる蒼の頭を片手で押さえ、ため息を吐いた。
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