2.二大問題児との出会い

 ごく一般的な住宅区域に、蒼の家はある。様々な家が自由気ままに配置された通りを、蒼は慣れた足取りで歩いていく。昔懐かしい龍世家屋に、外つ世のデザインらしい三角屋根――いや、台形屋根なのだろうか――の二階建て、立方体をいくつも組み合わせたような芸術的な建物……と、本当にごみごみしている。


 そして蒼の家もまたかなり独特だ。何せ、すぐそこにあるかまくらを大きくしたような家が我が家なのだから。白っぽいやわらかな色の半円形の建物で、細長い煙突が突き出ている。


 20年ほど前に、こういった外観の家が流行っていた名残らしい。一人暮らし、もしくは二人暮らしの若者に人気だったのだとか。昨今の建物は四角い形が多い中(というか丸をベースにした建物があまりにも少数派なだけと言える)、悪目立ちする……かといえばそうでもない。何せ本当にいろいろな建物がごちゃごちゃとしている地区なので。しかし、流行から乗り遅れている為に家賃は安いのだとか。


 一応二階建てとなっているが、構造上2階の方が狭いし天井は低い。無論2階には1部屋しかなく、1階は2部屋、そして台所にトイレ、お風呂と生活の基本となる場所もそちらにある。


 扉を開けば、ます広がるのは居間だ。


「ただいまー」


「おかえり」


 玄関で靴を脱いで、足を踏み入れる。かまくらを思わせる外観だが、内装は打って変わって明るい。やわらかな黄緑色の絨毯が床に敷き詰められ、壁はほっとするクリーム色。カーテンも春を思わせる菜の花模様だ。これらはすべて、出迎えてくれた人間のセンスである。


 台所で料理の途中だったらしき女性が、こちらをふり返っている。笑顔を向けてくれたのは、蒼のたった1人の同居人であり母方の叔母にあたる最中である。


 現在28歳、だがそれよりは若く見える。いわゆる童顔なのだが、その割にはほっそりしていて背が高い。肩にかかるゆるふわの髪が、今日もよく似合っていた。だが蒼にとってはもったいないことに、未だ独身だ。


「結果は? どうだった?」


 鍋を温めていた火を止め、最中は蒼に体ごと向き直った。


「合格だったよ!」


「おっ、よかったじゃなーい!」


 ピースを作って笑って見せると、最中がこちらに寄って来て頭をぐしゃぐしゃと撫でてくる。蒼は「えへへ」と笑ってそれを受け入れながら、カバンの中を探った。合格通知を取り出して、最中に見せる。


 手渡された書類を、最中は「うん、うん」とうなずきながら、丁寧に読み進めた。やがて、笑みを深めて、こちらに目を向けてくる。


「おめでとう、蒼」


「うん、……ありがとう」


 ――あぁ、本当に戦闘科に行けるんだ。


 そんな感慨が、ふいにじんわりと胸の奥底までしみ込んできた。さっき李花と教室で話していた時とは違う。うれしさが興奮として突き上げてくる感じじゃなくて、もっと、全身を温かく、熱く、満たしていくような。


「わたし、がんばる」


 最中から返された書類を、ぎゅっと抱きしめる。


「あっ、こら、シワになっちゃうでしょうがー!」


「えっ? ……あぁっ⁉」


 そこで我に返る。慌てて書類を体から離すも、もうきれいとは言えない状態だ。


「うわー! やっちゃった‼」


「破けてるとこない?」


「大丈夫……のハズ‼」


 何とかシワを伸ばしながら、中身を確認していく。どうやら、多少シワになっただけでビリビリになったとかではなさそうだ。そのことにホッと安堵しつつ、一応1枚1枚確認していると、ふいに静かな声が降ってきた。


「けど、くれぐれも大怪我しないようにね」


 労わるような、優しい声。


 しかし蒼は、顔が上げられなかった。


「わかってるって。サナは心配性なんだから」


 書類を確認する手を止めないまま、がんばって、明るい声を出す。いつものように最中のことを「サナ」と呼ぶが、最中が眉根をぎゅっと寄せたような気がする。


「心配に決まってるでしょう、……」


 たしなめるようにそこまで言って、怖気づいたように声が止められた。


 続きは分かってる、あなたのお父さんとお母さんから、大事な蒼を預かったんだから。


「……あんまり危なかったら、別の学科に移るなり転校するなり考えるのもアリなんだからね?」


 ……なんで今から逃げ道を考えなくちゃいけないの。


 苦い思いが、吐き気のようにこみ上げる。蒼は息を詰めて、そんな思いが口から出ないように蓋をする。せっかく合格できたんだから、今は喜んでいたい。


「それもわかってるって。でも、合格できたんだよ⁉ すっごく、おめでたいよね⁉」


 元気過ぎるぐらいの勢いと笑顔で顔を上げると、最中が気圧されたような顔をした。ゆっくりと瞬いてから、ようやく苦笑いするように、表情を和らげた。


「私は受かるだろうなって思ってたよ。だから今夜は蒼の好きなものオンパレードです」


「えっ、本当⁉」


「そうよ。張り切って作り過ぎたから、しばらくはあいつらを食べ続けることになりそう」


「うわぁ、ありがとう!」


 おどけたように肩をすくめてみせた最中に、今度こそちゃんと、笑顔で言えた。……そのことに、ホッとする。


「あっ、そうそう! 李花は治癒科に合格したんだよ!」


「さすが頭脳派ね。おめでとうって伝えておいて。うちでお祝いしましょうか? っていうのも言って」


「うん、絶対伝える!」


 カバン置いて来るね、と言い置いて、蒼は1階を後にした。階段をパタパタと上がり、自分の部屋に駆け込む。バタンとドアを閉めて出たのは、深いため息。……わかってる。わかってはいるのだ。


 大好きな晦日がなくなった時、蒼をひとりぼっちの海から引き上げてくれたのは、最中だった。


 最中は晦日とも仲が良くて、蒼も小さい頃からの顔なじみだった。晦日が亡くなると、最中が真っ先に蒼の身元引受人に名乗り出てくれたのだ。


 父が消えた寂しさは、今も胸に居座っている。……なくなるということは、多分永遠にない。それはぼんやりと分かっていた。


 けれど、自分は1人じゃないということが、どれだけ前を向く勇気をくれたか。最中の存在は、蒼の人生においてとてつもなく大きかった。


 だからサナが心配してくれるのはうれしいけれど、サナのことは大好きだけれど、――もっと心から応援してほしい。そう思うのは、わがままでしかないのだろうか。




 翌日学校に行くと、即座に李花が駆け寄って来た。


「あ、おはよー李花」


「おはよう蒼! ……実は今朝入った特ダネががあってっ、」


「うわびっくりしたぁ‼ な、何?」


 蒼が席につくや、李花も自分の椅子に腰かけてこちらに身を乗り出してきた。あまりにもずいと顔を寄せてくるものだから、思わずのけぞってしまう。そんな蒼に、李花は思いっきり息を吸い込んだ後、


「――東間研修学校の戦闘科に、あの二大問題児も入るんだって‼」


 一息に、その特ダネとやらを告げた。


 クラスメイト達にもその声は聞こえ、教室がざわっと波打った。「え、2人揃って?」「マジで?」と声がする。しかし。


「……二大問題児って?」


 全然ピンと来なくて首をひねると、李花の身体がガクッと傾いた。


「うわっ、李花大丈夫⁉」


「……あんた……、この学校に一体何年通ってんの……」


 満身創痍といった具合に、李花がゆらりと顔を上げてくる。蒼はきょとんとした。何年も何も、10歳の時にこっちに転校してきたのだから、


「えぇーっと、3,4年?」


 もうそんなになるのか、早いなぁ……としみじみしている真正面で、またしても李花の体が崩れ落ちた。「えっ?」と、蒼は間抜けな声を漏らす他ない。


 するとそんな2人を見かねたのか、クスクスと笑いながらクラスの女子2人が寄って来た。


「蒼ちゃん、本当にそういうの鈍いんだから」


「あたし達と同じ7年生の二人組よ。学校中の有名人!」


 有名人、を強調されてしまって、蒼は瞬いた。


「男女2人組なんだけどね、顔も頭もいいのに問題行動ばっかりなのよ。私、3,4年の時クラスが同じだったの」


「へぇ~」


「……『へぇ~』じゃないでしょうがッ」


「あだッ⁉」


 クラスメイトの説明に素直に感心していた蒼のおでこに、撃沈から復活した李花が容赦なくデコピンを食らわしてきた。


「ひどっ⁉ 暴力反対‼」


「こんっなことも知らないアンタが悪いっ」


 おでこを押さえて抗議すると、逆に噛みつかれた。ぎゃあぎゃあと騒ぐ蒼と李花を、話に参加してきた女子達がまぁまぁと取りなしてくれる。ようやく落ち着きを取り戻した李花が、短くため息をついてこちらを見た。


「……まぁとにかく、これからあんたと勉強してく中にその2人がいるみたいだから。くれぐれも気をつけなよ」


「気を付けるって……、何を?」


「それは……、百聞は一見に如かず」




 指定教育を終えた少年少女たちの選択は、一般的に3つ。職に就くか、研修学校に通うか、高位学校に通うか。


 だが蒼達の通う初等学校は私立ではなく公立だ。それなりに学費のかかる高位学校に行く生徒はかなり少ない。職に就くという生徒も珍しくはないが、研修学校はその学費の大半が大政局――さらに細かく言えば税金――によって賄われている。


 安い学費で、専門的なことに特化して学べる。しかも卒業後の就職率は極めて高い。


 よって蒼や李花だけでなく、ほとんどの同級生が東間研修学校への入学を決めていた。この初等学校のある区域の隣の区域にある、最も近場の研修学校だからだ。だから、


「これからも友達でいてよね~~~~~~‼」


「わーかってるって。ていうかあんた、よくそんな泣けるわね……」


 蒼に泣きつかれた李花が、大層面倒くさそうになだめていた。


 今日は初等学校の卒業式。卒業生は皆式典用の礼服を着ているのだが、今の抱擁で蒼も李花も服がしわくちゃである。


 式は無事終わり、卒業生達は校庭でがやがやと過ごしていた。担任の先生と話してたり、友達と写真を撮ったり、家族と合流したり。その誰もが何事かとこちらを見てくるが、感極まってる蒼はそれらを気にする余裕がない。


「ほら、ティッシュ」


「うぅ……」


 李花から差し出されたポケットティッシュを受け取り、蒼は盛大に鼻をかんだ。「……やっぱハンカチにしなくてよかったわ」とぼそりと言う声が聞こえたが、それも頻繁には聞けなくなると思うと寂しい。


「確かに専攻は違うけど、授業が同じやつだってあるんだから」


 と、優しそうな声で言い聞かせながらも蒼からスッと1歩引いている。鼻水を飛ばされたくないからだろうが、蒼だってさすがにそんな真似をする気はないので不服だ。


 ……と、それはともかく。


「そういえば、二大問題児ってどの子とどの子?」


 鼻をかんでスッキリしたので、蒼は校庭をキョロキョロと見渡した。


「あー、とっくに帰ったんじゃない?」


 李花がザッと校庭を見渡して、あっさりと言った。さすが問題有名人、とつぶやくと「あんたそれ本人たちの前で言っちゃダメだからね」と李花に釘を刺された。もちろんそんなことは口が裂けても言えないが、ちょっとどんな人達か見てみたかった。


 研修学校まで取っておこう、と開き直ることにしていると、また李花がキョロキョロし出した。


「そういえばサナさんは?」


 李花は蒼の家に何度も遊びに来ているので、最中とは仲がいい。ついこの間も、蒼の家で研修学校入学お祝いパーティーをやった。


「仕事があるからって、卒業式終わってすぐ帰っちゃった」


 最中は地元の図書館で司書として働いている。今日は勤務時間に融通を利かせてもらったらしい。


「でも来てくれたんだ?」


「うん」


 うれしくて笑いながらうなずいた時、こちらへパタパタと走ってくる女性が目に入った。


「おばさん、こんにちは」


 蒼がぺこりと頭を下げると、その女性――李花の母が、丸っこい顔をほころばせた。


「蒼ちゃん、こんにちは。礼服よく似合ってるわ~。かわいいわねぇ」


「えへへ、ありがとうございます」


 李花の母は、とにかくお喋り好きだ。そしてコロコロとよく笑う。蒼がお礼を言うと、ぱあっと顔を輝かせた。


「あぁもう、本当にいい子! 不束な娘だけどこれからもよろしくねぇ~」


「ちょっ、お母さん私別に嫁入りじゃないから‼」


「はぁ……あんたが男だったら蒼ちゃんとお似合いなのに~」


「現実私は女だからっ!」


 李花と李花の母は、こんなやり取りが日常茶飯事だ。蒼は笑いながらそのやり取りを見守った。


 それから、李花や他の友達と写真を撮って、一緒にお昼を食べて、遊んで。


 指定教育の7年間を、蒼は実に楽しく終えたのだった。




 ……が、本番はそれからだった。


 研修学校に無事入学してから早々、蒼は悩みを抱えていた。


 二大問題児、そういえば名前も特徴も聞いてなかったなぁ……とのん気に考えていたのだが、その2人が誰かは入学後即判明した。


 しかし戦闘科新入生は総勢約200人、それを7つの組に分けている。その大物としか言いようのない首席と同じクラスになる可能性の方が低い……などと高を括っていたのだが。




 それは戦闘科での初めての講義の日だった。


 科目は確か『薬草学』だったか。担当教師は随分と神経質そうな、眼鏡をかけた50代前半くらいの女性だった。木賀と名乗っていたはずだ。


「狭見さん‼」


 その教師が突如甲高い声で叫んだ時、蒼は黒板の図をノートに写しているところだった。蒼の席は1番後ろなのだが、ほとんど教壇の真正面の位置にある。教壇についていた教師の声がまっすぐ飛んできたので、自分のことのように思わずビクッと肩が跳ねてしまう。他の生徒達も、何事かと驚いた様子だ。


 ……しかし、その「狭見さん」はというと。


「……何でしょう」


 呼びかけに応じたのは、何とすぐ右隣の少女だった。蒼は一瞬、状況も忘れて彼女に魅入ってしまった。


 やわらかな色素の髪を、左サイドで三つ編みにまとめている。しかしそれほど髪は長くなく、毛先が肩のあたりで跳ねていて、それが小動物のしっぽのようでかわいらしい。幼い顔立ちによく似合っている。大きな瞳なのが、真横からでも分かった。


 少女は怒鳴られたというのに、随分と落ち着き払っている。小動物を思わせるかわいらしい顔立ちだが、まったくの無表情だった。


 そしてその手元には、分厚い本。……あれ、こんな教書あったっけ。


「『何でしょう』じゃありません! 講義に関係のない本でしょう、しまいなさい‼」


 木賀が喚くように命じて教室中の視線が集まっているのに、少女はまるで動じなかった。


「……何故ですか」


 静かに切り返した声に、皆が唖然とした。蒼だってその1人だ。


「こ、講義が頭に入らないでしょう!」


 一瞬怯んだものの、木賀もすぐに言い返す。だが、


「入ってます」


 少女は平然と言ってのけた。


(な、何、この子⁉)


 蒼は信じられない思いで少女の顔を見た。真横からの視線も、少女は意に介してもいない。


「既に知っていることを教えられても時間の無駄です。それなら本を読む方が得策ではないかと」


 声がまた鈴を転がしたようにきれいで可憐なのだが、言っていることは冷めきっていた。ブリザードだ、と蒼は唾を呑み込んだ。


「信じられないなら、今の講義の内容をすぐに試験してくださって構いません」


 無感情に挑発めいた発言をし、パタリと手元の本を閉じてみせる。それがまた教室中を絶句させた。そしてここで分かったことなのだが、木賀という教師は頭に血が上りやすく、また生徒に歯向かわれるのが嫌いらしい。


「そうですか。……分かりました」


 急に落ち着いた声音で言うや、コホンとわざとらしく咳払いした。眼鏡を直しながら「ではまず」と切り出した。


 ……おいおいおいおいおいおい。となったのは、何も蒼1人ではない。


 生徒が教師に喧嘩を売って、教師が受けて立つ。何なんだ、最初の授業でいきなりこの展開は。


 唖然とするクラスメイト達を気にも留めず、その少女、狭見姫織は教師を無感情に見据えている。姫織の挑発に見事にのった木賀は問題を出していく。姫織がそれに答えていく。


 打てば響くとはまさにこのことで、姫織の答えはまだその知識がない蒼から見てもどれも完璧に思えた。まるで教書の内容が丸々頭に入っているかのようだ。実際、木賀は姫織が答えるたびに顔に青筋を立てていた。


 そしてだんだん、教室中の生徒が木賀に対して怪訝な表情になっていった。どう考えてもまだ習っていない……というか、この1年ですら習いそうにない難しい問題を出しているのだ。最初は単語をただ答えればいいだけだったのに、今はもう「~を説明しなさい」みたいな問題になっている。


 しかし、それすらも姫織は淀みなく答えていく。とはいえ、木賀の無茶苦茶にさすがの蒼もいらいらが募った頃、


「――先生」


 一問一答を打ち破る、堂々とした少年の声が教室に響いた。蒼のすぐ左隣である。


 こちらは無表情、というよりは不愛想な、つまりは仏頂面で木賀を見据えていた。目は鋭いというか、隙のない光を帯びている。


「それ、まだ当分習わないと思うんだけど」


 上げていた手で頬杖を突きながら、少年はみんなが募らせていた不満を、何の躊躇いもなく切り込んだ。まるで繕いがない。


 蒼はその少年の胸にあるネームプレートをサッと確認した。


 ――風端一鞘。


「講義、進めたら」


 追い打ちのように一鞘がそんな言葉を浴びせ、


 ……キーンコーンカーンコーン……。


 とどめを刺すように、チャイムが響き渡った。




 ……狭見姫織と、風端一鞘。


 件の講義直後の休み時間、わざわざ治癒科の教室まで飛脚よろしく駆け込んで李花に確認すると、


「……不運ねあんた。大正解よ」


 とのことであった。


「うそ~~~~~~ん……………………………………」


 蒼はその場にがっくりと崩れ落ちた。そんな蒼のそばに李花も膝をつき、ぽんぽんと慰めるように肩を叩いてきた。


「かかわらないようにしなよ。三大問題児ってカウントされそうだし、あんた」


「ひどっ! わたしってそこまで問題児⁉」


「普通に勉強向いてなくて赤点続きだったでしょ。その代わりのように運動神経ハンパないけど、スペック高過ぎて周りがそれについてけないっていうか」


 心当たりがあり過ぎて、グサグサと刺さりまくりである。李花が話題を戻した。


「何で有名か、納得いったでしょ?」


「うん……あの2人、ただ問題行動をしてるだけじゃなくて、すっごく頭いいんだね」


 姫織の頭の良さは木賀との一問一答で証明されているし、一鞘の方もたった二言しか喋っていないが、それだけで賢い人間なのだと分かる。


 「そうよ」とうなずいた李花が、蒼の耳元でさらに恐ろしいことを囁いてきた。


「……風端君については、今回の戦闘科1年の中で入学試験の成績がトップだったって噂だよ」


 蒼は全身の血の気がザッと引いた。うわぁ、何ていうかそれは、……うわぁ。


 腕をさする蒼に、李花が厳かにうなずいてみせた。


「頭がいい故の問題児っていうの? 講義マトモに受けてないし先生には歯向かうし」


 というか、言い負かしていた。


「関わりたくないっていうか関われないよ~。2人とも近付きにくいし」


 女子の方は無表情で殺伐としているし、男子の方は不愛想を通り越して不機嫌そうであった。


「……ま、左右に挟まれてるとはいえ、関わらないかもね」


「って?」


「狭見さんは本以外興味ないって感じで誰ともつるまないし、風端君は本当に自由人らしいし。そっちは男子に友達いるみたいだけどね」


「へぇ~」


 よく知ってるなぁ、と感心していると、李花が「それに、」と声をひそめまた顔を寄せてきた。


「あの2人、よく一緒にいるとこ見かける人多くて。……付き合ってるってウワサだよ」




 確かに2人とも正確にかなりの難があるが、姫織は上品なかわいらしさがあるし、一鞘はクールな雰囲気があって女子からの人気が高そうだ。


 そんな2人がウワサ通り付き合っていようがただの友達だろうが、蒼にはどっちでもいい――のだが。


「狭見っ、本読むなぁ‼」


「風端君、起きなさい!」


 授業の度に2人のどっちか、もしくは両方が教師から怒鳴り声を浴び、張本人の彼らは平然としているものの蒼の心臓はその度に飛び上がった。声の飛ぶ方向が見事に蒼にもかぶっているのだ。挙句の果てには、


「静井さん、あなた2人の隣なんだから注意してあげなさい!」


 などと理不尽なことを言い出す教師までいて、蒼としては勘弁してよと泣きたかった。早く席替えをしてほしい。2人が見事に蒼に無関心なのが唯一の救いか。


 ……しかしそんな救いが終わりを告げたのは、教師の半数が2人の問題行動をあきらめつつあった4月も終わりのことである。

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