隣のギャルは正論を認めない

Yuu

隣のギャルは正論を認めない

 「ゲッ…」


 ついつい口にしてしまった。席替えで窓際の一番後ろという素晴らしい席を手に入れたのも束の間、僕の日常は一瞬で非日常へと変わった。



 「学〜。消しゴム貸してよ」

 「は? そこに持ってるじゃん」

 「いや、消しゴム貸してって」



 ギロリとこちらを睨むのは幼馴染である市ヶ谷澪いちがやみおだった。

 家が隣同士だったこともあり、小さな頃から一緒に遊んでいたが、それも中学まで。高校へ入学すると同時に疎遠になった。僕が恥ずかしかったっていう理由で距離を置いてしまったことが原因だと自負している。だからと言って今更どうということではない。僕みたいな陰キャの側にいれば澪まで同じ扱いをされてしまうからだ。


 そして、僕の予想通り澪は陽キャとして僕の横にいる。

 ただし、完全にギャル化してしまっているけど。

 そんな格好で本当に大丈夫なのか? 澪の将来が心配だよ。


 「あのさ、そんなに見られると気持ち悪いんだけど?」

 「み、見てない!」

 

 女性は男がどこを見ているかわかるとよくいうけど、本当のようだ。僕はチラッとしか澪を見ていないのにもかかわらず、澪は僕の視線を感じたってことだし。


 「それよりさ、消しゴムまだぁ?」

 「いや、だから自分の使いなって」

 「私、学のが使いたいんだよねぇ」


 手元に消しゴムがあるにもかかわらず僕の消しゴムを要求してくるなんて…横暴だ! 陰キャの僕でも流石に反論するしかない。


 「僕の消しゴムはこれだけなんだ。だから君には貸せない。ここで貸してしまったら僕は文字が消せなくなってしまう」


 そんな当たり前の正論を澪に投げかける。

 しばらくじっと僕の目を見つめてくる澪だったが、何かに気づいたように目を大きく見開き僕に提案してきた。


 「じゃあ私の使えばいいじゃん。はい」

 「意味わからん…。なら自分の使えばいいじゃないか。僕の使わなくても」

 

 僕の提案はガン無視。もちろん反論は許されない。僕が陰キャなのをいい事に、あいつは好き放題。どうにかしてやりたいけど僕にはどうにもできない。


 1限目の授業が終了し、休み時間。


 「ねぇ、学。100円貸してよ♪」

 「なんでだよ」

 「いーじゃん、私がジュース飲みたいって言ってるの!」


 屈み込みながらグイッと突き出された左手。座っている僕の目線には澪の左手とその延長線に見える服と肌に境界線。

 グイッと出る本能を理性で抑え込み渋々100円を渡す。

 これ以上屈み込まれると見てはいけないものを見てしまいそうだ。


 「サンキュー♪」


 そう言って、教室を出て行く澪。何人かの同級生を連れて同じ階にある自動販売機へ向かった様だ。なんとか本能に打ち勝った…グッジョブ、僕。


 1限目と2限目の間休みは非常に短い。たった5分しかない。2限目の準備をしつつ、文房具を確認する。消しゴムは…まだ澪の元にあるようだ。僕の手元にある消しゴムは、消しゴムとして機能するかどうか怪しいレベルのガチャガチャ産消しゴム。見た目重視で消しゴムの性能は皆無といったところか。

 僕の消しゴムは一体いつになったら帰ってくるんだろうか。まぁ購買で買えばいいんだけど。


 2限目、3限目と終了し、次は午前中最後の4限目。人によってはそろそろお腹が減って早弁をする奴が出てくる頃だろう。去年も運動部の連中はこの辺りからおにぎりやサンドイッチを食べていた。

 僕は…


 グルルルルゥ…


 育ち盛りだから仕方ない。僕だって人間だ。お腹ぐらい減る。僕よりやばいやつが横にいるけど…。教科書に目を向けながらチラッと横を向いた。


 「あぁー。マジ腹減ったぁ…。死にそう…。学、助けて〜」

 なぜか僕を名指しして助けを求めてくる澪。嫌な予感しかしない。


 「そうだ! 学、お弁当持ってきてるでしょ?」

 「…お前、授業中だぞ。それに、弁当を持ってくるのは当たり前だ」

 「ふふふん。じゃあそのお弁当貸して?」


 また意味がわからない事をいう。消費物に対して貸しては日本語的に間違っているだろう。それはすなわち弁当をよこせと言っているのと同義だとこいつはわかっているんだろうか。


 「お前にこれをやると、僕の分がなくなるのは理解してるか?」

 「え? 借りるだけだよ?」

 「…わかってないな、はぁ…」

 「大丈夫、大丈夫!」


 澪は満面の笑みを浮かべながら俺の鞄を漁る。もちろん先生の目を盗んでガサゴソとだ。そして、俺の弁当袋を手に取り、自分の机の上に置いた。

 大丈夫っていうのがどういうことかわからないが期待せずに見てみる事にした。何を言っても澪はくれとうるさいだろうし。


 チラチラと澪を見ていると、躊躇なく弁当箱を開けた。そして箸を取り、僕の弁当に手をつけた。予想はしていたが、これは見過ごせない。僕の貴重なエネルギー源が今、目の前で消費されているなんて到底許せるものではない。ふつふつと怒りが込み上げ立ち上がる。


 「澪! いい加減にしろ。僕の弁当を食べるのはやめろ!」

 「ふぇ?」

 「あー! 楽しみにしていた唐揚げがっ‼︎」

 「美味しいよ♪」


 澪の美味しそうに食べる顔を見るとどうにも怒れなくなってしまった。確かに、弁当を食べられたのは癪だが、弁当を作った本人としては、あんなに笑顔で美味しいって言ってもらうことに喜びが湧く。


 「えー、戸崎くん、市ヶ谷くん、私語は慎みなさい。あと、市ヶ谷くん。お腹が空くのはわかりますが、早弁は周りにも影響を及ぼします。極力我慢しなさい」

 

 現代国語教師の塚田が僕たちを注意する。


 「みなさん、お腹が減ってしまいましたね。私の授業では早弁をするなとは言いませんが、匂いは禁止です。わかりましたね? 後きちんと授業を受けてください」


 僕たちに注意をした後、全員に向かって注意を行なった。目を盗んでいたと思っていたが、後ろに目があった様だ。他のクラスメイトで早弁をしていた奴らはこぞって食べ物をしまった。


 「澪、ほら、弁当を返せ」

 「んー…ふぁいはぁい


 澪から帰ってきた弁当袋はやけに軽かった。そっと弁当箱を開けると、綺麗に平らげられていた。米粒ひとつもない。ここまでくるといっそ清々しいのだろう。僕の料理を食べて美味しいと言ってくれる存在。それが澪って事だ。


 ◇昼◇


 澪に全部食べられてしまった弁当箱を見て少し悲しい気分になりつつも、横で平然と自分の弁当を頬張るこいつはなんなんだ。僕の弁当食べなくても自分の弁当あるじゃん!こんなこと言っても無駄なんだろうけど…。


 「澪、僕にも弁当くれよ」

 「え? なんで? 何、忘れたの?」

 「お前が食ったんだろうが‼︎」

 「あー、そうだっけ? 購買行ってくればいいじゃん?」


 あー埒があかない。こいつに関わるとろくな事にならないって、興味に沁みて感じたよ。午後からは絶対関わらない。

 教室を出て、購買へ向かう。

 購買にはSP唐揚げ弁当が残っていた。いつもこの弁当だけ残ってるな。まぁ…値段がこれじゃあね。


SP唐揚げ弁当(1290円)


 他のお弁当が600円代にもかからず、この弁当は倍の値段が書かれている。「SP」ってのが気になるところではあるけど。これしかないのならこれを買うしかないな…。


 「すみません。SP唐揚げ弁当ください」


 購買で弁当を買って部屋に戻る。

 熱々の弁当を机の上に置き、蓋を開ける。

 冷凍物でも家庭用でもない、まさに料理店で提供される唐揚げの形・匂いが伝わってくる。そして隣から視線も感じる…。


 「…ねぇ学! そ、それってSP唐揚げ弁当⁉︎」

 「なんでもいいだろ? 僕の昼ご飯だ」

 「じゅるり…いいなぁ」


 今時ヨダレを拭う効果音を口で言うやつ初めて見た。それほどこの唐揚げ弁当の匂いは人を変えてしまうのだろう。クラスメイトも物珍しいのか僕の方を見ている。店ものじゃないんだけど…言っても仕方ないので何も言わない。


 ひとつがハンバーグ並みに大きい唐揚げを一口食べる。油のうまみと鶏肉のうまみが凝縮し、口元が緩んでしまう。確実に今まで食べた中で一番美味しい唐揚げだ。


 「ねぇ…学ぅ〜。一口でいいからちょーだいよぉ」


 さっきからずっとこうだ。僕の弁当を昼前に平らげ、昼に自分の弁当を食べているのにも関わらず、今僕の昼飯にも手をつけようとしている。鬼か!


 「断る」

 「拒否は認められません。……あっ! あそこ見て」


 拒否権はないと言ってるそばからいきなりどこを見ろと言うんだ。澪の言うことなんてどうせ唐揚げ食べたいが故の悪あがき。わかってはいるけど、もし、本当に何かを見つけていたとしたらと心のどこかで考えてしまい、指さされた方を向いてしまう。


 僕が外を向いた瞬間、箸で掴んでいた唐揚げに衝撃が伝わる。それと同時に女の子のいい匂いも伝わってきた。その一瞬の出来事で僕はやってしまったと判断した。


 「おいひぃ〜! 何これ!」

 

 振り向いた隙に、箸で掴んでいた食べかけの唐揚げを食べられてしまった。食べかけ…間接キスになってしまうのだろうか。そんな小学生みたいな事を考え少し顔が赤くなる。不覚にもドキドキしてしまった。


 「こら! 僕の唐揚げを食べるなよ!」

 「いいじゃん! 減るもんじゃないし!」

 「減ってるんだよ! 僕の唐揚げが1個!」


 やはり食に貪欲な澪。まさか唐揚げを食べておきながら、減るもんじゃないとか言い出すとは。これはおばさんに言ってなんとかするしかないか?



 それから澪に食べられないように急いで弁当を平らげた。


 放課後


 あの唐揚げかなり胃にくるな…。まだお腹が張っている。これは値段だけのせいじゃなかったな。不人気まっしぐらだ。

 弱々しい足取りで自宅へ向かっていると、澪のお母さんとばったり会った。


 今日の出来事をうまく伝えねばと澪を庇いつつもお弁当の数を増やす提案をした。クスッと笑う澪のお母さん。


 「学くんごめんなさいね。うちの子が迷惑をかけているみたいね。よく言っておくわ」


 僕は弁当の数を増やすように伝えたはずだけど、なぜか澪が悪いみたいな事になってしまった。これは、澪が後で怒られてしまうフラグだな。…すまん澪。自業自得だがな。


 突然チャイムがなる。夜遅くとまではいかないが、ちょうど夕ご飯ができたところだ。母さんと歳の離れた弟英明と3人でご飯を食べようとしていた。


 「どちら様ですか〜?」

 ドアを開けると、そこには澪がいた。


 「学ぅ〜…。今日はごめんなさい」

 少し目に涙を浮かばせ謝ってくる澪。おそらくおばさんに怒られたのだろう。これに懲りて僕の弁当を食べるのをやめてもらいたいものだが…。


 「これ、作ったの。学のお弁当食べたお返しだよ」

 澪が両手で持っていたのは少し小さな鍋の容器。おばさんが作って持たせてくれたんだろうか。これは心配をかけてしまったな。


 「ありがとう。おばさんによろしく言っておいてくれ」

 「え? 私には?」

 「ん? これおばさんが作ったんだろ?」

 「違うよぉ! 私が作ったの!」

 

 そう言って手に持っていた箸で鍋の中から具材を取り、僕の口に突っ込んでくる。口に入れた瞬間に肉の旨みとタレの甘味が相まって…これは肉じゃがの肉か⁉︎


 「これ…お前が作ったのか? 本当に?」

 「…そうだよ。美味しい?」

 「……悔しいけど、美味い」

 「へへっ」


 両手で持った鍋を俺に私帰ろうとする澪。振り返った時に指の至る所に絆創膏を貼っているのに気づいた。慣れない料理に苦戦苦闘しながら一生懸命に作ってくれたんだと理解した。このジャガイモには澪の思いが詰まってるからこんなにも美味しいんだと。


 「母さん、これ、澪がくれたよ」

 僕が母さんに呼びかけ鍋をバケツリレーする。


 「ちょっと行ってくる」

 帰った澪を追いかけて家を出る。すぐ隣に家があるが、多分捕まえられる。玄関を出て道路に出ると澪が立ち止まっていた。


 「澪!」

 「学…」

 「あの…ありがとう。お前の思いは伝わったよ。一生懸命に作ってくれたんだな」

 「だって、貸してって言ったじゃん? だから返しただけだよ」

 澪に言われてようやくわかった。弁当を食べられた時、消費物に貸してはおかしいと思ったけど、こう言う事だったんだ。


 「そうか。お前実は頭いいのか?」

 「私? んーどうだろうね。学よりは頭いいかもよ?」

 「それは言い過ぎだろ。……あの、今日は色々言ってすまなかった」

 「いいよぉ。私の言葉不十分もあるしぃ。こうして美味しいって言ってくれたから…許す!」

 

 俺に向けられた笑顔は学校では見ない顔。俺だけに向けられた笑顔なんだと感じた。


 「あのさ…毎回弁当取られたらたまったもんじゃないし、僕が弁当作ってやるよ」

 僕の提案に目を輝かせ、小走りで近づいてきた澪。僕の顔にグイッと顔を近づかせ、鼻息がわかってしまうほど近づいている。


 「じゃあ明日はハンバーグがいい!」

 「ハンバーグね。早弁用に食べるなよ? 匂いが確実にでるからな」

 「はぁい!」


 笑顔で振り返り自分の家へと駆け足で帰っていく澪。なんだかんだで澪に弱いなぁと思ってしまう俺がいる。これが恋心から来るものなのかはまだわからない。


 幼馴染兼隣の席のギャルこと市ヶ谷澪は、俺の正論を全く聞かずこれからも俺を振り回すだろう…。

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