マジック・スターの切符

ビビビ

少年は奇跡を信じなかった

「お父さんね、今年も帰って来ないんだって」


 薄暗い十二月の夕方、ブランコに座って三木は言った。「次の体育、マラソンだって」 というくらいの軽さで。

 古びた黒いランドセルを背負って、キコキコとブランコを揺らす彼女がひどく小さく見えた。

 彼女の家庭はいわゆる父子家庭だ。母親と兄は彼女が二年生のときに交通事故で他界して、父親も地方に出張、出張の生活をしているそうだ。今は札幌にいるらしい。

 小学六年生の菅井は何も言えなかった。三木とは去年知り合った仲で、親も兄弟も元気で、葬式すら行ったことがない。そんな菅井が三木に気の利いたことを言えるはずもなかった。


「まあいいけどさ。クリスマス、おばあちゃんが来てくれるらしいし」


 三木はブランコから飛び降りた。


「よかったな」


 とりあえず言ってみたが、本当はどうかなんかわからない。菅井だったら嫌だが、三木が笑うから余計にわからない。


「でもやっぱり、"サンタさん"来てほしいなあ」


 彼女はしみじみとつぶやいた。

 菅井は、"サンタさん"がいないことは去年の冬休み明けに知った。三木にクリスマスプレゼントの話を振った時だ。

 三木は、二年生のクリスマスから一度も"サンタさん"は来ていない、と答えた。代わりに父親からの小包が届くようになった、とも。菅井は激しく後悔した。

 太陽の代わりに街灯が灯り、沈黙の代わりに風が鳴いた。クリスマスまで、あと少しだ。






 クリスマス前日の朝、日曜日で一日中休みなので、菅井は朝から使いに出された。商店街はクリスマス一色で、お家族連れやカップルで賑わっていた。それをみると、余計に三木のことを思い出してしまい、なぜか罪悪感を感じた。

 ケーキと、ツリーのてっぺんにつける星を買うと、福引券を一枚貰った。帰り道とは違ったが、少し遠回りして福引をすることにした。

 福引の列に並び、順番が来た。ガラガラと回すあれを引こうとする、と正面から声をかけられた。


「お前さん、何か悩んでらっしゃるね?」


 白髪で、ひげを生やした六十くらいのおじいさんだ。愛嬌のある馴染みやすい笑顔は、どこかで見覚えがあった。しかし、思い出せない。

 おじいさんが何者であるかより、口にしたことの方が菅井にとっては重要だった。


「なんで分かったんですか?」


「なに、長いこと生きてきたからね。子供のことがわかるようになってしまったんだ」


「へえ」


「もしよかったら話してくれないか?」


「子供のこと、分かるんじゃないの?」


「流石に悩みの内容までは分からんさ。君だって話したほうが楽になるだろう。ほれ少年、このしがないじじいに話してみなさい」


「実は……」


 菅井は三木のことを話した。このおじいさんには不思議なほどにするすると話すことができた。


「なるほど、君はその子をなんとかしてやりたいわけだ」


「そうですね。何にもできないけど」


「世知辛い世の中だねえ。まあ、福引でも引きなさい。いいことあるかもしれんから」


 やっぱり無駄だったかと思いながら渋々福引を引くと、いつもよりだいぶ軽い手応えでガラガラが回る。そして、飛び出してきたのは小さな金色の星だった。


「おや?そんな玉はないはずなんだけどね」


「なにかもらえるんですか?」


「いいや、何も景品はは用意されていないな。きれいな星だし、もらっておいたらどうだい?」


「うーん」


「クリスマスに星が出るなんて、いかにもいいことありそうじゃないか」


 おじいさんのゴリ押しによって、菅井その星を貰って行くことになった。








 商店街からの帰り道、菅井が駅前を通ると、一人の女の人がキョロキョロしながら噴水の前をうろついていた。手元にはスマホを持っていた。 おそらく道に迷っているのだろう。

 普段なら放っておくところだが、女性のストラップにぶら下がっている星のストラップが、先ほど福引で引き当てたものととてもよく似ている。だからだろうか、菅井はなにかに引き寄せられるように声をかけた。


「お姉さん、道に迷っているんですか」


 女の人は声をかけられたことに驚いたようで、一瞬ポカンとしていたが、すぐに 困った表情に戻った。


「そうなの。○☓貿易センタービルっていう建物知ってる?」


「それなら頭一つ飛び抜けている、あの高いビルです」


「ありがとう!助かったわ。大事な会議に遅刻しそうだったの」


「コロナなのに集まるなんて、大変ですね」


「海外の人とオンラインで会議する予定なの。さすがに国境をまたいで会うのはまずいからね。そういえばついでに札幌の人達もオンラインだったかしら」


「便利な世の中ですね」


「君言うことが爺臭いね…… そういえばお礼しなくっちゃ。うーん、でも何も持ってないのよね。あ、そうだ!こんなのでよかったら受け取ってくれない?」


「こ、これは」


 絆創膏だ。絆創膏なのはありがたいのだが、 その表面に印刷されているイラストが、筋肉ムキムキで、三つ編みで、スパンコールがキラキラしている仮面を身につけた女の人が、変身ベルトを食いちぎっている絵だった。


「特撮スーパー仮面ウーマンの絆創膏。娘が好きなのよ」


「あ、ありがとうございます。娘さんいらっしゃるのにクリスマスに仕事なんて、大変ですね」


「そうなのよ!奇跡的な速さで終わったら、何とか一緒にケーキ食べれそうなんだけどね」


「みんな帰りたいだろうし、それを言ったら意外と早く終わったりして」


「本気で言ってみようかしら」


「え、マジっすか?」


 やめたほうがいいんじゃ、という言葉は、自分が言いだしっぺの手前口には出さなかった。


「やってみないと分からないものね。ありがとう、僕。会議行ってくるわ」


「あ、はい、行ってらっしゃい……」


「よーし!十分で終わらせてやるわよ!」


 十分は無理だろ……

 なぜだかさっきよりも気合に満ちあふれた背中が去っていくのを、珍妙なものを見る目で見送った。











 菅井はフライドチキンを買うのを忘れていたことに気付いて、近くのスーパーに立ち寄った。

 会計を済ませてスーパーから出ようとすると、小さな男の子が植木の横で手を伸ばしながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねているのを見つけた。

 どこかで見た顔だなあ、と思って観察してみると、男の子が手を伸ばしているのが、クリスマスツリーに欲しいものを書いた短冊を飾る、七夕とクリスマスが混ざったような謎の木だと分かった。

 どうやらツリーに短冊を飾りたいらしい。男の子は、さっきからから同じようにぴょんぴょんと跳ねまくっている。

 そんなに跳ねていたら危ない、と思った矢先、 男の子が盛大に床にひれ伏した。

 あちゃー、と思っていると、男の子の頬が ヒクヒクと震えだした。

 これはまずいぞ、と思うと同時に、菅井は男の子に駆け寄った。


「おーい坊主、泣くな泣くな。どっか痛いのか?」


「手!」


 言われて見てみると、確かに手のひらを少し擦りむいている。


「うーん、じゃあ、これ貼ってやるから泣くな。

 痛いの痛いの飛んでいけだ」


 菅井は、さっき女性にもらった絆創膏を手のひらに貼ってやる。


「うわぁぁぁああ!特撮スーパー仮面ウーマンだ! ありがとう、お兄ちゃん!」


「お、おう。喜んでくれたなら、いいんだ……」


 この微妙なヒーロー(ヒロイン)がなぜ人気なのかはよく分からなかったが、とりあえず問題は解決した。


「お前、その短冊飾りたかったんだろ?

 貸せよ。飾ってやる」


 男の子の短冊には、


『お父さんがクリスマスパーティーに間に合いますように』


 と書いてあった。どこの家も忙しいんだなあ、と思いながら三木のことが頭をよぎった。


「あれ、菅井じゃん」


 聞き慣れた声がして、振り返る。


「原口?」


 男の子が一目散にクラスメイトの原口にかけていき、抱きついた。


「おにーちゃん!ねーねー見て見て!このお兄ちゃんが絆創膏くれたんだよ!あと短冊も飾ってくれたんだ!」


「そうだったのか。サンキューな!そういえば、三木が誰かのこと探してたぜ。お前じゃねえの?」


「なんで俺なんだよ」


 質問したのは菅井の方なのに、なぜかが原口の方が首を傾げた。


「お前んちの近くでうろうろしてたからな。三木と、結構仲いいだろ」


 原口は何の屈託もなく言い放った。


「まあ、どうせ今から家に帰るから、会ったら声かけてみるよ」


「さっき別のところに向かってたから、今行ってもいないと思うぞ。そこら辺で遊ぼーぜ」


「いいぜ。買ったものを家においてからな」


 菅井が買い物袋を見せると、原口はにかっと笑った。


「おう。じゃあ、あとでここらへんに来てくれ」


「菅井兄ちゃん!これあげる」


 突然原口の弟がなにか手渡してきた。

 ストラップだ。さっき菅井が福引で引き当てた星にそっくりだ。おそらくさっきの女性のと同じもの。

 同じようなのを持っているんだけどな、と思いながらも、この小さな男の子の好意が嬉しくて、受け取って一旦別れた。




 菅井は原口兄弟と遊んだあと、三木を探して、遠回りして家に帰った。日が落ちかけているが、まだ怒られるほどではない。

 三木が菅井を探していたと決まったわけではないし、あわよくば会えればいいという程度の考えでうろついていたが、三木の家と菅井の家のちょうど中間地点にあるいつもの公園。

 彼女が一人ブランコに腰かけているところを見つけた。


「よう、三木。こんなところで 何してんだ?」


 一番気になったのはで何しているのか、ということだったが、そんなことを聞くことはできなかった。


「よかった。ちょうど君のこと探してたんだ。

 クリスマスケーキ、しょぼいけど、よかったら食べてよ」


「ケーキ?俺に?」


 三木は大きな紙袋から、小さな紙袋を一つ取り出す。


「私が作ったんだけど、ちょっと計算違いがあって余っちゃって。女友達にも配ってた ところだったの」


「ありがとう」


 受け取って紙袋の中身を見ると、小さなパンケーキが三枚重なっていて、その上にイチゴとクリームが塗られている。

 菅井は、大きな紙袋と小さな紙袋を見比べた。

 大きな紙袋は、小さな紙袋がちょうど三つ収まるくらいの大きさだ。つまりは三人分。

 嫌な予感がした。

 三人分。ーー三木と、お父さんと、それからおばあちゃんの分ーー

 恐る恐る三木の目を見る。目の横に涙の跡があった。

 思わず後ずさる。その時、ポケットのなかでぶつかったらしい、二つの星が澄んだ音を奏でた。

 菅井はいても立ってもいられなくなった。


「三木、これやる!サンタじゃねーけど、プレゼント!」


 勢いよく二つの星をポケットから引っ張り出す。片方には紐なんてついていなかったはずなのに、首にかけるのにちょうどいいくらいの長さの、鮮やかな赤い糸が輪になってついていた。


「綺麗なネックレス……!もらっていいの?」


「いい。俺の幸運なのか不運なのかはわかんないけど、福引の中から出てきた。

 クリスマスに星が出るなんて、いいことありそうだろ?」


「うん……ありがとう!」


 三木はにっこり笑った。


「おーい!」


 公園の入り口の方から、男の人の声が聞こえた。

 三木が目を見開く。


「お父さん!どうして!?」


「会議が早く終わったんだ。

 札幌からそこの貿易センタービルとオンライン会議だったんだが、五分で終わったから、急いで飛行機とって、すぐにこっちに戻ってきた」


 五分って早すぎないか?


「じゃあ一緒にクリスマスをお祝いできるの?」


「できるぞ。今まですまなかったな。

 ばあちゃんは電車遅れてたみたいだから、今から一緒に迎えに行こう。帰りにケーキも買おう」


「うん!」


「おーい、菅井!」


 またしても公園の入口から声が聞こえた。

 見ると、原口がこっちに向かって駆けてくる。


「三木と会えたのか。よかった、よかった」


「おう。弟はどうしたんだ?」


 原口は心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


「それがさあ、家に帰ったら、父ちゃん帰ってきてたんだ。あいつは大はしゃぎで、今頃遊んでもらってるよ」


 つられて菅井も笑顔になった。


「そいつはよかった。三木のお父さんも早く帰ってきたみたいなんだが、なんでだろうな?」


「三木の父ちゃんと俺の父ちゃん同じ会社だからな。

 会議で、 今日はクリスマスだから、さっさと終わって家族と過ごしましょう、って言い出した人がいたらしいんだ。

 面白い人がいるもんだよな」


 ふと、駅前であった女性の顔が浮かんだ。

 まさか、ね。


「君が菅井君かい?」


 いきなり三木のお父さんに尋ねられて、とまどいながら答える。

 

「はい、そうです」


「娘がいつもお世話になっているようで。これからも仲良くしてやってください」


 物腰の柔らかい笑顔に、菅井も原口からもらった笑顔で返事する。


「こちらこそ」


「ところで、二人ともその星はどこで手に入れたんだい?」


「私は菅井からもらったの」


「俺は福引で当てたり、原口の弟からもらったり、です」


「そうか。大した意味はないんだけど、うちの製品だから気になっちゃってね」


「そうだったんですか」


 心の中で星と星が光った気がした。手の中にある星をそっと握り直す。


「じゃあ、日も落ちてきたことだし、家に帰ろうか」


「菅井くん」


 三木は、パッと見たことのない明るい笑顔を咲かせた。


「メリークリスマス!」


 菅井もつられて笑顔になる。それはまるで夜空に輝く二つの星だ。


「メリークリスマス!」






「サンタじいさん、随分大きな子供を選びましたけど、今年はあの子達でよかったんですか?」


 真っ赤な鼻のトナカイが、そりにサンタじいさんーー福引の場所にいたおじいさんーーをのせて、日本の夜景の上を走って言った。


「良かったとも。あの子は自分のためじゃなく、人のための願いを胸の内に秘めていた。

 それに、今回はワシだけの力ではないからのう」


 サンタは嬉しそうに目を細め、フサフサのヒゲを撫でた。


「サンタじいさんの力じゃない?どういうことです?」


「確かに私はあの子に魔法の星をあげたが、願いが叶ったのは、あの子自身が人のためを思って行動したからじゃ」


「なるほど、それはあなたの魔法の力が弱まっているから、そうしかできなかったではなく?」


「嫌なことを言うの。まあ確かに、最近は心がきれいな子が少なくなって、ワシの力は弱くなった。

 そのせいで世界中の子供達にプレゼントをあげることはできなくなったが、それでも、まあ、心配はいらんじゃろ」


 サンタは菅井たちのいる町を見下ろした。


「ああいう子たちがいてくれる限り、魔法はあり続けるんじゃから」







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